第34話:守護者の黄昏
光を失った右側からは、何の報せも届かない。
……『アジール』の診療所に差し込む朝日は
僕の視界を不格好に半分だけ焼き、届かないはずの右目の奥を
執拗なまでの『虚無』で疼かせた。
僕は、動かなくなった左腕を、無事な右手でなぞった。
間違いない、此処にあるのは確かな自分の身体だ。
……なのに、指先に伝わるのは
冷たい『シリコンの塊』に触れているような
無機質な『拒絶感』だけだった。
「こんなのが……『自由』の手触りか」
自嘲気味に呟いた声は、静まり返った病室に虚しく響いた。
……隣のベッドには
喉を包帯で幾重にも巻かれた『リア』が眠っている。
僕をこの世界へ繋ぎ止めるため、彼女が支払った『代償』
時折、彼女が苦しげに喉を震わせるたび
僕の胸の奥が『短絡』を起こした回路のように熱く成った。
「くそ……ッ……僕だけが消えるならそれで良かったのに」
弱りきった心が放った僕の『言葉』……直後
ガラン、と金属が床を叩く不快な音が、扉の向こうから聞こえた。
「1301……目覚めたのか」
現れたのは『カイン』だった……だが
その姿を見た瞬間、僕の『超感覚』は警鐘を鳴らした。
彼の右腕……かつて僕たちを幾度も救ってくれた
あの強靭な腕が、今は力なく胴体に固定されている。
……限界を超えて異常発達した生体回路が放つ光は
どす黒い紫に濁り、不規則な明滅を繰り返していた。
「カイン……その腕、まだ……」
「ああ、少しばかり『張り切り』過ぎてな。
『第十二世代の至高』と呼ばれたことも在ったが
そろそろ、年貢の納め時らしい……は、は……ッ」
『カイン』は無理に笑おうとした
だが、彼の頬の筋肉は痙攣し引き攣っていた。
そもそも、彼の肉体は『マザー』の管理下であれば
『永遠』に近い調和を保てたはずのものだ。
それを、僕たちのために……何度も、何度も
『正解』ではない、泥臭い『不正』と『不正解』で使い潰して来たのだ。
「ごめん。僕が……不甲斐ないから……」
「バカを言うな、お前らが血を流して買い取ったこの『空』を
誰にも奪わせないのが僕の役目だ……分かったか?」
そう言った『カイン』の瞳に、赤いノイズが疾走る。
その時、診療所の外から
地響きのような不気味な振動が伝わってきた。
……僕の欠けた視界は、一瞬だけ情報の波形を捉えた。
遥か北……『永久凍土』に閉ざされた
『マザー』の最後の遺産『自律型殲滅拠点:ヘルヘイム』
その場所が主を失った事を『異常事態』と判定し
『殺戮プログラム』を起動させたのだ。
「チッ……来たか。しつこい死神共め」
『カイン』が、動かなくなった右腕を左手で乱暴に叩いた。
この瞬間……かつては大きく、頼もしかった守護者の影が
夕暮れの光に溶けて、どこか寂しげに長く伸びていた。
「1301……『リア』を頼んだぞ。
ここから先は……俺にしかできない『掃除』の時間だ」
そう言って振り返った『カイン』の顔には
かつての熱き守護者では無く、自らを『盾』へと退行させようとする
冷徹で、あまりにも孤独な決意が宿っていた――




