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『無キ者(ノー・バリアント)』 ――五感を奪われた僕たちが、残酷な世界で『人間』になるまで。  作者: 黒崎 凱
第四章:ゼロ~喪失~

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33/50

第33話:『幽霊(ゴースト)』の帰還

――寒い。


此処には『上下前後』は疎か『時間』の概念さえも存在しない。

自らをデータとして解き放ちすぎた僕の意識は

情報の吹雪に晒され、端から少しずつ

『0と1』の塵へと還元され始めていた。


『リア』……『カイン』……


名前を呼ぼうとしても、声帯のない世界では

その『思考』さえノイズにかき消されそうになる……僕は。

このまま『情報の海の底』へと、音もなく沈んでいくのだろうか?

抗う事も出来ず……『嘘』を嘘のままにしてしまうの……だろうか? ――


『――よおっ!

相変わらず、情けねえツラしてやがんな? 坊主』


――不意に、背後から突き刺すような

乱暴で懐かしい『声』が響いた。

 

振り返ると、そこには『プラント』の最下層で消滅したはずの男

『第零世代』の『ゼロ』が……ノイズまみれの

立体投影映像ホログラム』のような姿で、不敵に笑って立っていた。


「ゼ、ゼロ……? なぜ、あんたが此処に……」


「ん? ……ここは肉体であって肉体じゃ無え

寄せ集めの機械で出来た、言わば『ゴミ箱』みてぇな所だ。


もっとわかり易く言うとすりゃあ

役目を終えたデータが最後に行き着く『吹き溜まり』だよ。


……お前が『ゼロ・ワン』の野郎に

『熱』なんて余計なもんを叩き込んだおかげで

俺の『残りカス』まで呼び覚まされちまったってわけだ……ハハッ! 」


『ゼロ』は、呆れ顔で僕の胸元を強く小突いた。

肉体などないはずなのに、そこには確かな

焼け付くような『痛み』があった。


「……いいか? 坊主。

『ホッ』として足元掬われてんじゃ無えよ。


お前の『身体うつわ』は、まだ泥の中でお前を待ってる。

お前の大切な『誰かさん』が、そんなお前を

文字通り『死ぬ気で呼び続けてる』のが聞こえねえのか?」


『ゼロ』が指し示した暗闇の向こう……そこには

幾千万の悲鳴を塗り潰すような、酷く掠れた

途切れ途切れの『音』が響いていた――


―― ァァ……ア……ア……ァ……


それは『旋律』ではない。

『祈り』ですらもない……唯。

一人の『少年』をこの世界に繋ぎ止めるためだけに

喉を焼き切り、魂を削りながら放たれる、泥臭い『叫び』だ。


「っ!? ……リアッ!!」


「ったく、やっと気づいたのかよ……さぁ行けッ!

ここはお前の居場所じゃ無え!!!


次に会うときは……本物の酒でも奢ってもらうぜ?」


瞬間……『ゼロ』は僕の背中を全力で『蹴り飛ばした』

 

激烈な衝撃――意識が、猛烈な加速と共に

情報の海を突き抜け、冷たい『重力』に捕らわれた。


……爆発的な光が網膜を焼き、火花を散らす神経系は

僕の魂を無理やり『肉体うつわ』へと縫い付けた――


「か、は……ッ! ……うぐッ!?

あ゛ぁぁぁぁぁッ!!!――」


――肺に流れ込んできたのは

噎せ返るような土の匂いと、生臭い血の味だった。

僕は……泥だらけの地面の上で、絶叫と共に目覚めたのだ。


「っ!!!……っ……ぁ……っ!!」

そんな僕を精一杯抱き締める力無い優しさ……『リア』が

音にならない叫びを上げ、僕の胸に顔を埋めていた。


……彼女の白い喉からは血が溢れ出し、僕の服を赤く染めていた。

僕を呼び戻すために、彼女は自らの声を

文字通り『使い果たした』のだ。


「リア……遅くなって……ごめん……戻った……よ……」


僕は、彼女を抱き締めようとして……『異変』に気づいた。

 

伸ばした左腕に、感覚がない。


視界の半分――右側の景色は

まるで『情報の海』に置いてきてしまったかのように

完全な黒で塗り潰されている。


……肉体を脱ぎ捨てると言う『禁忌』を犯した代償は

あまりにも冷酷に僕の身体を蝕んでいたのだ。


「自由ってのは……高額……だ……なぁ……ッ……」


欠けた視界の中で、僕は『リア』を強く、強く抱きしめた。

『右』の光を失い『左』の温もりを感じられなくなった

この不完全な身体こそ、今……僕が『人間』として生きている

何よりの最悪で最高な証明だった。


……帰ってこられたのは『奇跡』じゃない。

泥の中で、僕たちは寄り添いながら

唯、震える呼吸を重ね続けた。


神様マザー』を殺し『悪魔ゼロ・ワン』を鎮めた後の

あまりにも残酷で愛おしい『本当の空の下』で――

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