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『無キ者(ノー・バリアント)』 ――五感を奪われた僕たちが、残酷な世界で『人間』になるまで。  作者: 黒崎 凱
第三章:砂時計

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第28話:仮面の下の涙

爆炎と火花が舞い散る中、僕は空中要塞の指令室へと突き進んだ。

『バベル』のアンテナから放たれる黄金の光が

世界中のプラントの『リミッター』を次々と焼き切っていく。

送信の完了まで、あとわずかだ――


「フッ……遅かったな、1301」


指令室の中央『フェイズ』は逃げることもせず

椅子に深く腰掛けたまま、三つの赤い電子眼で僕を見据えていた。


僕は『振動剣』を突きつける。


「……『フェイズ』もう終わりだ。

『マザーの支配』は今、この瞬間にも崩壊している。

あんたが護ろうとした『絶対秩序』なんて

最初からどこにもなかったんだッ!」


すると『フェイズ』は低く笑った。

その笑い声は、スピーカーから発せられる『ノイズ』ではなく

ひどく掠れた『人間の男』のものだった。


「守る? ……私が『マザー』を守ろうとしただと?」


彼はゆっくりと、頭部を覆っていた無機質なヘルメット

三つの赤い眼を持つ『マスク』を取り外した。


その下から現れたのは……傷跡だらけの

老人とも言えるほどに疲れ果てた男の顔だった。


驚いたのは、彼の眼球そのものが摘出され

視神経に直接ケーブルが繋がれていることだった。


そもそも彼は『見て』いなかった。

唯、情報を『処理』していただけだったのだ。


「私は、かつて『マザー開発チーム』の一員だった男だ。

……『マザー』を完成させるという執念だけで

朽ちゆく肉体を機械に繋ぎ、狂気のような時間を生き延びてきた亡霊さ」


彼は、血の滲むような声で続けた。


「かつて、私には幼い『娘』がいた……彼女は

『プラント』の試作段階で『不適合者』として

私の目の前で『マザー』に……『処理』された。


論理ロジック』……という名の『命令ルール』に依ってな」


「そんな……なら、どうして

あんたはこんな『教団』を作ってまで『マザー』に従ったっ!?」


「違う……『従った』のではない。


……私は『マザー』という怪物を

誰よりも早く『完成』させたかったのだ。


完成し、全世界を飲み込めば

この世界には『不適合』などという概念すらなくなる。

全員が、等しく感情を殺し、等しく死ねる……それが私の『復讐』だった」


『フェイズ』の頬を、血の混じった涙が伝い落ちる。

彼は『マザーの信奉者』では無く、絶望が故に『マザー』という

終わりの一部になろうとした唯の『孤独な父』だったのだ。


だが、そんな『信念』とも『怨念』とも言える感情の中

彼は、焦点など合う筈のない眼窩を僕に向け

僕の鼻から零れ落ちる『どろりとした血』を

確かに『捉えた』……そして。


「だが……お前たちが現れた。

自らの寿命を削り、血を流してまで他者の『痛み』を背負う……

そんな、私の計算には断じて存在しない『計算外の熱』がな」


この瞬間、彼は『自爆スイッチ』へと手を掛け更に続けた。


「1301……お前たちの選んだ『自由』が

私の『娘』のような犠牲を二度と出さないと言うのなら

その『不確定な未来』に、私の命を賭けてやろう……」


「やめろ……ッ! あんたの『復讐』は、もう終わったんだ!

あんたもここで……ただの『人間』として生き直せるはずだろッ!」


【――送信完了

全プラント『リミッター解除』を確認――】


瞬間、響き渡った『案内人』の声。そのアナウンスと同時だった。

『バベル』の頂から、目も眩むような

『黄金の波動』が空へ向けて放たれる。


……僕の『超感覚ハイパー・センス』にも伝わった。

世界中を覆っていた重苦しい『支配』が

まるで風に吹き飛ばされるように、パツン……と消え去る感覚が。


嗚呼あぁ……感じる

『マザー』は完全に『沈黙』したのだ。

だが、喜びに浸る暇は無かった。


カチリ……『フェイズ』の指が

『終わりのボタン』を押し込んだのだ――


「フッ……行け『第十三世代』……これからは

『神』のいない……ただの『人間』として、生きろ……」


――直後、鼓膜を突き破らんとする轟音と共に

要塞の床が内側から弾け飛んだ。


「ぐっ!? フェイズッ――!!」


……連鎖する爆炎。

足元から崩落していく指令室……僕は、全身を焼かれる寸前

間一髪で砕けた窓枠から虚空へと身を投じた。


その刹那……風を切り

落下していく僕の目に焼き付いた『光景』……それは。


業火に包まれる玉座の中で、かつて『司教』と呼ばれた男が

『娘の形見』なのだろう古びたリボンを

愛おしそうに握りしめる、あまりにも『人間らしい姿』だった――


………


……



嗚呼あぁ……空にはもう、ドローンが一機も飛んでいない」


落下の衝撃さえ防ぐ余裕のない僕の身体を

くさび』から展開された青白い『反重力エネルギー』が

柔らかな『緩衝材』となって、ふわりと抱きとめてくれた。


だが……これは偶然の『奇跡』なんかじゃない。

あの『案内人』が差し出してくれた、不器用な『手』だ――


【――救助成功です。お疲れ様でした――】


「へっ? ……はははッ!

あんた、優しい所も……あるんだなッ……」


――直後、光の粒子と共に静かに地上へと降り立った僕を

『リア』と『カイン』が駆け寄って、力強く抱きしめてくれた。


二人とも鼻血を流し、息も絶え絶えだ……だけど

その瞳にはかつてないほどの清々しい『光』が宿っている。


「……終わったんだね」

『リア』が震える声で言う。


「いや……始まったんだ。

誰も『正解』を教えてくれない……僕たちの『人生』が」


くさび』の前……僕たちは

自分たちを『回路』にしようとした『父たちの墓標』の前で


初めて、自由な息を吸い込みそう言った――

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