第20話:『神の遺言』或いは『最悪の産声』
『アジール』の空は、血のような赤黒い色に染まっていた。
『バロウズ』の放った『広域精神汚染電波』に依って
僕たちの『精神ネットワーク』は焼き切れる寸前だった。
……『共有』され続ける『仲間の絶叫』と
かつてないほどの『死の予感』……そこへ追い打ちをかけるように
『マザー』に依る総攻撃が始まった――
「な、なんだ!? ……これは……一体……ぎゃああああああああっ!!!」
――外壁の上『見張り台の兵士』たちが悲痛な叫びとともに
一瞬で焼失した直後……『掃除』のため
降り注いだ無数の光弾は『アジール』の外壁を大きく破壊し
逃げ惑う住人たちをも容赦なく呑み込んで行った。
「なッ……ハ、ハハ……何ということだ……アハハハハハッ!!!
漸く実権を握ったと思ったら……一体何なんだ?
……アハハハッ!!!
全部……全部消えちまえばいいんだ……手に入らぬ力などッ!!!」
『装甲車』の上……最悪の引き金を引いた『張本人』は
狂ったように笑った……だが。
直後……その背後に立った巨大な
『立体投影映像』は、彼の笑いを冷たく遮った――
【――愚かな。
汝ら、旧人類は……最後まで『自己矛盾』を解消できなかった――】
――嘲笑の如き発言と共に現れたのは
『プラント』の中枢で消滅したはずの『マザー』
その『代行母体』だった。
直後『共鳴者之断頭台』は
完全に『代行母体』に乗っ取られ……何故か
僕たちは苦しみから完全に解放された。
「な……何故……」
直後、動揺を隠せなかった僕の目へと映った……いや
『アジール全体に』投影された――
『記録映像』
――それは、僕たち『無キ者』が
何故『目が見えず』『音も聞こえず』
『声すら発せられない』状態で生み出されたのかという
『疑問』に対する、あまりにも酷い『答え』だった――
「な、なんだ、これは……っ!?」
『バロウズ』を始め……全ての人間の動きが止まった。
――眼前に投影された古めかしい映像は
旧世界の『指導者たち』が密室で交わした
最後にして、最悪の『合意』だった――
―――
――
―
「――諸君。我々は、戦争を止めることが出来ない。
それは、我々が『人間』だからだ……ならば。
人間を『人間で無くする』しかない……そうだろう?」
「ならば苛立つ原因となる『感覚』を奪えば良い」
「苛立つ原因が『他国言語』なら?」
「ならば『言葉』も奪え……互いを認識する手段を最小限すれば良い
何一切『知覚』しないなら、争いなどしないだろう」
「だが、それでは『発展性』がないだろう? ……」
「発展性か……よし、ならば『正しい選択』を行える者を残し
それを実行出来ない個体を『欠陥品』として『廃棄』しろ」
「それは良い……我が国の兵士も、そのような思考回路ならば
貴国などと手を組むことは無かったのだろうがな……」
「ふっ! ……お互い様だ」
―
――
―――
『合意』は、断じて『人類再興の物語』などでは無かった。
自分たちの愚かしさを棚に上げ
新人類を『平和という名の檻』に閉じ込めようとした
旧人類による壮大な『責任転嫁』だった。
「そんな……僕たちは……最初から
操り人形として……作られていた……のか……ッ……」
『カイン』が虚脱したように膝をつく
『リア』の瞳からも、光が消えようとしていた。
【――是。
そして……『第十三世代』たちよ。汝らは、その『最終工程』である。
汝らが『共鳴』を選んだ瞬間、汝らの個としての意志は消滅し
愚かな人類たちを管理する『マザーの末端回路』となる。
さあ『一つ』になりなさい……それが
汝らに与えられた唯一の救いです『痛み』は、二度とありません――】
立体投影された『マザー』の手が
光の繭となって僕たちを包もうとする……だが。
『救い』にも思える『マザー』の光の中、僕は思い出した。
『プラント』の廃棄場で出会った『ゼロ』の不敵な笑い声を。
『サヤ』の街で感じた『土の匂いと命の歌』を……そして
今、僕の手を握りつぶさんばかりに強く握っている
『リア』の『指の震え』を――
「『マザー』……あんたは、一つだけ『計算』を間違えた。
あんたは……良くも悪くも、微塵も変わらない。
だからこそ、僕たちに『正解』を与えれば
僕たちがそれに従うと思ったんだろう……でも、違う。
僕はもちろん『リア』も『カイン』も……『ルナたち』だって
僕たちは皆『不正解』を選び続けているんだッ!!! ――」
直後……僕は、自分自身の足元
『代行母体』が乗っ取った
『共鳴者之断頭台』のある足元に向け
『振動剣』を突き立てた。
……とは言え、物理的に届くような距離には無い事も分かっている。
だが、それでも僕は『突き立てた』のだ。
それは、ある種の『誇示』として
それは、僕の……僕たちの断固とした『決意表明』として。
「――僕たちは
あんたが作った『完成された平和』なんていらない」
【――何故?
『苦しみ』や『痛み』を経験せずに済むのですよ? ――】
「それは、違う……苦しくても、間違えても良いんだ。
『人間』は、皆『痛み』を抱えて生きている。
彼らを見ていれば分かる……歩けないと言う『痛み』を持ちながら
『エマ』は僕たちを認め承認し、人として認めようとしてくれた。
……其処に在った『心』は『争い』では無かったんだ」
【――『否定』
発言の意味を理解出来ません。
『個人の選択』を全体の思考と捉えるのは――】
「理解出来なくても良い……僕たちのこの『痛み』は自由のため
僕たちは『痛み』を抱え『人間』として生きていくんだッ!!!
『マザー』……僕たちは、あんたにも
『指導者たち』の『身勝手』にも従わない。
……幸せを掴むのも、苦しみを感じるのも
『個人』の自由であり意志だ。
全体のために生きるのも、自分のために生きるのも
それも全て『個人』の意志なんだッ!!!!! ――」
この瞬間、僕の発した言葉の全ては
ただの『強がり』だったのかも知れない……でも。
此処で強がらなければ『人間では無い』気がしたから。
此処で強がらなければ『人間には成れない』気がしたから。
此処で強がらなければ『人間としては生きられない』気がしたから。
僕は、精一杯の『強がり』を叫んだのだ。
【――それは『誤った選択』です。
『誤った選択』には『痛み』が伴い、人類歴史の崩壊を招きます。
『誤謬』を続ければ、世界は崩壊し――】
きっと『身勝手な理由』で作り上げられた『マザーの論理』に
これ以上『言葉』をぶつけても、意味など無いのかも知れない。
だけど……僕は決して『対話を諦めた』わけじゃない。
言葉で通じないなら、僕たちのこの『痛み』が
決して『エラー』なんかじゃないという事をどうにかして叩きつけたい。
でも『そうするに足り得る力』は圧倒的に不足している。
僕は、どうすれば――
「1301……私も一緒。
私は、貴方と同じ『痛み』に生きたい――」
――瞬間
『リア』は僕に触れた……正しくは、僕が『剣を握る手に』
自らのか細く美しい手を重ね……強く、優しい『歌』を流し込んだのだ。
「なッ……リア!?……こ、この力は……輝きは……」
……僕の持つ『痛みを伴う決意』に
『リア』の『全てを包み込む慈愛』が重なったこの瞬間
決して交わるはずのない二つの感情は『共鳴』し
剣を触媒にして『極大化』した……そして知った。
僕たちが行うべきは『繋がる』事では無く『塗り替える』事なのだと。
僕たちから放たれた意識の波動は
『代行母体』を逆侵食し
『共鳴者之断頭台』を急激に変化させた。
それは『身勝手なまで』に、容易く。
『希望之増幅器』と呼ぶべきものへと
容易く『変化』させたのだ――
【――不正なアクセスを確認
異常個体:『1301』及び『1309』……未知のデータ群の流入を検知――】
「これなら……今なら『届くッ!!!』
皆、僕たちの声を……そして『マザー』
僕たちの『選択』を聞けぇぇぇぇぇッ!!!――」
――直後
『アジールの住人たち』
『絶望する同胞たち』……そして、頭上の『マザー』へと。
僕は、リアと共に獲得した新たな力
『完全感覚』を使って
僕たちが見た『不完全で美しい世界』の光景を放射した――
冷たい風に吹かれる『痛み』
星空を見上げる『感動』
仲間を失う『恐怖』と
手を握り合う『温もり』
――それは『マザー』の『完璧な論理』では
処理しきれない『矛盾したデータ』の奔流だったのだ。
【――『論理矛盾』発生
『苦痛』と『幸福』の同時観測は……定義不能。
演算回路、オーバーフロー……ギッ……ガガガッ――】
『痛み』を知るからこそ『美しい』と感じる。
そんな『人間』の泥臭い『感情』を処理しきれなくなった
『代行母体』の論理中枢は内側から焼き切れていく。
――直後、世界から『音』が消えた。
空を覆い尽くしていた『ドローン群』の不快な駆動音が途絶え
まるで、ただの『重たい鉄の塊』へと戻ったかのように
次々と地上へ墜落していく。
投影されていた『マザー』の光さえ
硝子のように砕け散り……後に残ったのは
静まり返った『アジール』と、呆然と空を見上げる人々の姿だけだった。
「な、何が……今の光景は……俺たちは……勝った……のか?」
『ジン』の掠れた声……直後
僕は、ふらついた『リア』を抱きとめた。
……空の赤みは消え、水平線の向こうから『本当の太陽』が昇り始める。
『代行母体』は沈黙し
アジールは崩壊の淵で踏み留まった。
これは『無キ者』だった僕たちが
自分たちの足で……自分たちの声でこの世界を再び作り直していく決意だ。
僕たちは今、初めて『人間』になれたのだから。
【第2部・完】




