第62話 既視感が半端ないアンニュイ少女
「そ、それじゃあ行ってくるけど……本当に望くんは来ないの……?」
四月中旬の土曜日。
香澄に声を掛けられた妃菜は今日、クラスメイトの女子生徒数人と遊びに行くことになっている。
おめかしした妃菜が玄関で靴を履いてどこか寂しそうに振り返ってくるので、望は呆れ笑いを浮かべてしまった。
「いや、別に俺誘われてないし。ってか、女子連中の中に俺が一人ポツンといたら場違い極まりないだろ?」
「えぇ~、どうだろうなぁ~?」
妃菜が淡紅色の瞳を半開きにして、怪しむように見据えてきた。
「もうとっくに望テリトリーの男女比は偏ってるような気がしますけどねぇ……?」
望テリトリーってなんだよ、と思いながらも、望はここ最近で関りが深かった面々を思い浮かべてみる。
同棲している妃菜はもちろん、学校では相変わらず俊也と香澄。魔法少女活動関係でテュカ。直近では信号機魔法少女三人――美玖、亜莉沙、優子か。果たして一応敵対関係であるアフィスティアは入れても良いのだろうか。
さて、男女比は…………
「……確かに」
「望くんの女たらし」
「ふ、不可抗力だ……!」
妃菜がじとぉ、とした視線を向けてくるので、望は胸の前に諸手を挙げて抗議する。
「御使いやってるんだから女子と関わる機会が増えるのはしょうがなくないか!? 魔法少女ってその名の通り女子しかいないし!」
「そんなこと言って……普通に学校でも香澄ちゃん以外の女の子とも話したりしてるよね?」
「男の子とも話してますがっ!?」
普通に学校生活を送っているのだから、同じ学校の生徒――主にクラスメイトと喋る機会はあって当然ではなかろうか。
そこで望が積極的に女子生徒へ話し掛けているとかなら妃菜の指摘もわかるが、少なくとも望にそんなことをした覚えはない。
特待生ということもあってクラスメイトからわからない問題の解法を尋ねられるということも少なくないが、そういうときも女子生徒は大抵香澄に聞いているはずなので、学校生活における望の対人会話男女比率は、流石に男子生徒の方が割合が多いはずだ。
とはいえ、それを理屈で説明したところで恐らく妃菜はあまり納得しないだろうというのは、経験則的に確かだ。
「と、ともかく、今日はクラスの女子達と楽しんでこいよ。ほら、俺とは別にいつでも遊べるワケだし」
「ま、まぁ……それはそうかも……」
妃菜は横顔に垂れる髪を人差し指でクルクルと巻き取りながら呟く。
「じゃあ、行ってくるね……?」
「おう」
ガチャリと開いた玄関扉の向こう側に消えていく妃菜に手を挙げて見送った望は、内側から鍵を掛けた。
学校でそうであるように、基本的に妃菜は人前では気を張ってしまう。利他主義というべきか、周囲が望む美少女像を体現しようとする癖がある。そして、自分でも気付かぬうちに疲れをため込んでしまう。
もしかすると、こうやってクラスメイトと遊びに行くのだって、休日にまで妃菜に気を張らせてしまうことになるのかもしれないが、その辺りは香澄が上手く立ち回ってくれるはずだ。多分。
(ま、そんなところにまで俺が首を突っ込むのはお節介だしな。お世話とお節介は別物ですよーっと)
望はぐわっ、と両腕を天井に突き上げて大きく伸びをすると、その足を自室へと向けた。
「さて、勉強勉強」
名門私立校である英志院学園で特待生枠を死守するのはそう簡単なコトではないのだ――――
◇◆◇
「――とか言っておきながら、全然身が入らなかったぁ……」
いいところまで数学の問題集を進めたので、休憩がてら古文と漢文に手をつけようとしたのだが、今日はちょっとあの脳にスッと情報が入り込んでくる感覚が滞っている気がした。
なので、今はこうして家を出て適当に街を練り歩くことで血液の循環を良くしながら、片手に持った英単語帳の中身をインプットしている。
外の空気で心身ともにリフレッシュしながら学べるので、望的には非常にオススメの学習方法である。
ちなみに、道行く人に勉強してますアピールをして承認欲求を満たしたいワケではないので、表紙に不要な傷や汚れがつくのを防ぐためにも、お手製の紙製ブックカバーで包んでいる。
傍からは文庫本を読んでいるようにしか見えないだろう。よく見れば文庫本より少しサイズは大きいが、果たして人の読み物をそこまでジロジロと確認する人がいるかどうか。
「って、いつの間にかこんなところまで来てたのか……」
周りを見ていなかったわけではないが意識は手元に向けていたので、正確な位置情報を理解しないまま歩いていたせいで、ふと顔を上げれば住宅街突っ切ってその隣に流れる川の堤防までやってきていたことに気付く。
ここはまさに、少し前に妃菜達魔法少女が悪の組織の幹部――七罪冠の【傲慢】と激戦を繰り広げた場所。
そして、妃菜の妹であり、どういうワケかその自覚がない様子の【強欲】とまみえた場所。
すでにほとんどの花弁が散ってしまった桜並木の堤防から見下ろせば、河川敷にはまだ痛々しい戦闘の痕跡が残されている。
中でも妃菜がアラゾニアとの戦闘に決着をつけた際に抉った巨大なクレーターは目立っている。
じっ、とそんな光景を呆然と眺めていると――――
――カシャ、と。
シャッター音が聞こえた。
視線をやれば、初々しい若葉が所々に顔を出している桜の木を見上げて、スマホを横向きに構えている少女の姿があった。
背丈は妃菜より少し低いくらい。
立ち襟の白いフリルブラウスに膝上丈の黒いコルセットスカート。スラリと伸びる細い双脚は黒タイツに包まれており、上から羽織った薄手の黒コートがミディアムカットの灰色の髪と一緒に春風に靡いていた。
(え、なにあのカッコカワイイ美少女……)
美少女か美女かで言えば間違いなく前者。
可愛い系か綺麗系かならこちらも前者より。
ここまでは妃菜も同じだが、妃菜が儚い系の美少女だとするなら、視線の先に立っているその少女はアンニュイな雰囲気を纏っている。
ただ、望はそんな見覚えのないはずの少女にどうしてか既視感を抱かずにはいられなくて…………
(いやぁ、えぇ……? どっかで見たことある気がするんだけど、気のせいか……?)
すっごくモヤモヤするが、いくら記憶を掘り返してみても該当する人物が浮かび上がってこない。探そうとしても霧が立ち込めてくるような感覚。
と、望が無意識に少女を見ているうちに、少女も写真を撮りながら徐々に近付いてきて――――
スッ、と少女が向けたスマホのカメラレンズ越しに目が合った。少女はビクッと肩を震わせてから静かにスマホを下げる。隠れていた目元が見えた。
霧掛かったような紫炎色の瞳。
それがどうしてか望を捉えて不愉快そうに細められた。
「げっ……」
「……げ?」
初対面の少女の第一声に、望はちょっと傷付いた…………




