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家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~  作者: 水瓶シロン
第五章~信号機魔法少女編~

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第60話 シラフでその台詞は無理あるわぁ

「お兄さんも妃菜さんも、協力していただいてありがとうございました!」


 アフィスティアが去ったあと、彼女が渡り廊下に残していった人体模型を理科室――は鍵が掛かっていたので、取り敢えず部屋の扉前に置いてから校舎を出た。


 別れ際に美玖が礼儀正しく頭を下げてお礼を言ってくるので、望は遠慮がちに笑って肩を竦めた。


「あんま出来ることはなかったけどな。ちょっとでも役に立てたなら何よりだよ」


 強いて何か力になれたことがあったとすれば、それは夜の校内に尻込みする魔法少女達を引っ張っていったことくらいだろう。


「さて、ひとまずは一件落着って感じかな? 犯人もわかったし、あの口振りからしてもう人体模型を動かしたりもしないだろ」

「そう、ですね……」


 美玖が気まずそうに頷いてから、望の一歩後ろに心ここにあらずな様子で立っている妃菜をチラリと見る。


「あの人……悪の組織の幹部【強欲(アフィスティア)】は、妃菜さんの妹さん……なんですか……?」

「……そうらしい」


 望は妃菜の妹――由菜の姿を見たことがないので断言することは出来ないが、少なくとも妃菜はアフィスティアが由菜だと確信しているようだ。


「訳アリ、なのは見ればわかるけど……一体全体どんなワケがあったら魔法少女の妹が悪の組織の幹部なんかやることになんのよ……」


 腕を組んだまま眉間にシワを寄せる亜莉沙が、ため息混じりに言う。隣で優子が悲しげに眉尻を下げて呟いた。


「うぅ……辛い、ですよね……」

「妃菜のこと、心配してくれてありがとな」


 所詮は他人事。

 だというのに、まるで当事者であるかのように思い悩んでくれる美玖、亜莉沙、優子に望はつい嬉しくなって、順番にポンポンと頭を短く撫でていった。


「さ、もう遅い。明日も学校あるし、早く帰って休もう」


 高校生の望と妃菜もだが、特に育ち盛りの中学生三人にとって睡眠時間は非常に大切なものだ。何より、いくら魔法少女と言っても夜遅くに中学生が外出しているというのはよろしくない。


「寝不足になったら大変ですしね」

「そうね。流石に眠たくなってきたわ」

「つ、疲れがどっと押し寄せてきましたぁ……」


 美玖が困ったように笑い、亜莉沙が目元を指で擦り、優子が猫背になる。


「では、私達はこれで!」

「ああ。お疲れ様」

「お兄さん」


 去り際、美玖はジッと真剣な視線を望に向けた。


「もし私達がお力になれることがあったら、遠慮なく言ってくださいね」


 中学生ながらに魔法少女らしく頼もしい言葉に、望は一瞬目を丸くしたが、すぐにふっと口元を緩めて首を縦に振った。


「わかった。そのときは遠慮なく頼らせてもらうよ」


 望の返事に満足したようで、美玖はニコッと笑顔を残してから亜莉沙と優子と共に高く跳躍して夜景へと消えていった。


 その背中をしばらく見送ったあと、望は振り返って妃菜に静かに笑い掛ける。


「俺達も帰ろうか、妃菜」

「うん」



 ◇◆◇



 コンコンコン。

 控えめに木製の扉を叩く小気味良い音が望の自室に響いたのは、夕食も入浴も済ませてそろそろ寝ようかと考え始めていた頃だった。


 問題集とノートを広げた机に向かってシャーペンを握った手と頭を動かしていた望は、不思議そうに振り返って「妃菜?」と反応する。


 閉まった扉一枚でくぐもった妃菜の声が聞こえてくる。


「望くん、まだ起きてる……?」

「ん~、まぁ」

「入っていい?」

「別にいいけど……」


 どこか曖昧ながらも望の承諾を聞いた妃菜がガチャ、と扉を開けて入ってくる。


 襟首にレース刺繍と足首で揺れる裾にフリルのあしらわれた薄手のコットン生地のワンピース型パジャマを身に纏っており、その手にはヘアブラシが握られていた。


 望はそれを見て仕方なさそうに笑い、一応尋ねる。


「どうした?」

「今日は、望くんに髪……梳かしてもらいたい気分……」


 そして、ちょっと暗い気分。

 望は伏し目がちな淡紅色の瞳からそう見て取る。


(ま、由菜を追い掛けさせないよう引き止めたのは俺だしな……)


 望はシャーペンの尻を親指で押しながら先端を机に突いて繰り出されていた芯を仕舞い込むと、広げていた教材類をパタンと閉じて立ち上がる。


 振り返るともう妃菜は望のベッドにちょこんと腰を下ろして、脇にヘアブラシを置いていた。望は苦笑しながら傍によってヘアブラシを手に取ると、ベッドに乗り上がるようにして妃菜の真後ろに胡坐をかいた。


 これまでに何度妃菜の髪を梳かしただろう。

 少なくともとっくに「またか」とは思わなくなり、それが当たり前のスキンシップに感じられるくらいには櫛を通して手で撫でてきた。


「……ごめんな、妃菜」


 望は右手にヘアブラシを持ったまま、左手の指と指の間に妃菜の柔らかな白髪を繰り返し滑らせながら、絡まりがないかを確かめながら簡単に梳いていく。


「妃菜が妹をすぐにでも連れ戻したい気持ちはよくわかってるのに……引き止めた……」


 ううん、とすぐに妃菜が鼻に掛かった声で否定する。


「あそこで連れ戻そうとしても河川敷での二の舞になるだけだったから。それに、美玖ちゃん達も巻き込むことになっただろうし」


 望は右手に持ったヘアブラシを持ち上げて、妃菜の頭頂部から真っ直ぐ下へ毛流れに沿って櫛通していく。

 その度にふわっ、とトリートメントの香りが立って望の鼻腔を撫でた。


「由菜……自分は私の妹じゃないって、由菜じゃないって本当に思ってるみたいだった。嘘とか演技とか、そういうのじゃなくて……本当に、わからないみたいな……」

「俺も同感だ」

「……どうしちゃったの、由菜……」


 妃菜が俯きがちに呟く。

 望はヘアブラシを動かす手を止めずに考える。


(可能性としてはいくつかあるよな……)


 悪の組織による洗脳。

 何かしらのショックで記憶喪失。

 由菜と記憶を共有しない別人格。

 由菜と瓜二つの別人(ドッペルゲンガー)


 それらが可能か不可能かはわからない。

 科学では説明のつかないことも平気で起こるし行えるのが、この非日常な日常。


 しかし、どれもこれも推測でしかない。

 何の根拠もない状態で思い浮かぶ限りの可能性を列挙したところで、更に妃菜の不安を掻き立てることにしかならないだろう。


 望にそんな酷なことをするつもりは毛頭ないので、余計なことは言わなかった。


「はい、終わったぞ」

「……ねぇ、望くん」


 ん? と鼻を鳴らして返事すると、妃菜が後ろにもたれ掛かって望に体重を預けてきた。


「さ、寂しいなぁ……なんて……」

「……ぶっ!」

「っ、の、望くんっ……!?」


 耳の先を真っ赤にしながら不慣れにぎこちなく何を言うかと思えば、ベタにベタを通り越してベッタベタな本当に現実で使う人がいるのかどうかも怪しい誘い文句だった。


 もはやこの際本気か冗談かなど関係なく、望はたまらず笑いを吹き出してしまった。妃菜が今にも火を吹き出しそうな顔を慌てて振り返らせてくる。


「あっははははは! はぁ~! くっ、クククッ……腹痛てぇ……!」


 下手に上体起こしするよりも腹筋に効いている感覚に従って腹を手で押さえ、何とか笑いを押し殺そうとしてもしばらく収まらない。


 そんな望の様子に、妃菜が恥ずかしそうに口をパクパクさせていた。


「ふぅ~、ふぅ……笑ったぁ……」

「も、もぉうっ!」


 ズシズシと妃菜が繰り返し望の胸に頭突きを繰り返してくる。


「ゴメンって。あまりに棒読みだったし、色気も何もあったもんじゃなかったから――ぷふっ、ククク……!」

「ひ、酷いよぉ……」


 妃菜が拗ねたように望を睨みつける。

 望はまだ気を抜くと込み上げてきそうになる笑いを何とか抑えながら、こちらを向く額を手加減せずに指で弾いた。


「痛ったぁ……うぅ、望くんがDVしてくるぅ……!」


 痛みからか羞恥心からか、薄らと涙を滲ませて額を手で押さえる妃菜に、望は悪びれる素振りなど一切なくむしろどこか清々しい表情で言った。


「自分を安売りした罰だ」

「や、安いうちに買えばいいのに……お買い得だよ……」


 もう一発いっとく? と望が右手の親指に中指を引っ掛けるように構えると、妃菜はブンブンと首を横に振った。


「はぁ、もっと売り込み上手になってから出直してこい」


 妃菜が下を向きながら尖らせた唇で呟く。


「……寂しい気分は、本当だもん」

「…………」

「今晩一人は……ちょっと嫌かも……」

「俺にどうしろと……」

「じゃあ、せめて添い――」

「――寝は攻めてるわ」


 望は掌を向けて否を突きつける。

 とはいえ、目の前の捨てられて行き場のない子犬のような表情の妃菜を放っておくことも出来そうにない。


 望は眉間にシワを寄せて唸りながら、妥協に妥協を重ねて現状許容出来るギリギリの案を提示した。


「……う、うぅん……じゃあ、布団別々なら、なんとか……一緒の部屋で寝るくらいは、許す……」

「ほ、ホント……?」

「んまぁ……」

「っ、待ってて……!? お布団持ってくるからっ……!」


 妃菜は身軽にベッドから飛び降りると、とたとたと小走りで望の部屋を出て行った。


 残された望は「ふぅ……」と細長く息を吐いて背中からベッドに倒れ込む。そして、顔を隠すように腕を引き付ける。


「ったく、人の気も知らないで……魔法少女め……」


 そんな静かな呟きが、部屋の空気に虚しく溶けた――――

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