第55話 こちとら日々理性鍛えてるようなもんですからねぇ、ええ!
「……望くんのバカ」
「すみませんでした……」
帰宅からおよそ二十分後。
妃菜はリビングソファーの端に座らせた望の膝を頭の下に敷き、望に背を向ける形で横になっていた。
妃菜のネガティブメンタルの推移としては以下の通り。
・望が帰ってこないことへの不安と寂しさ。
・連絡がつかないことによる心配。
・どんどん良くない方向へ思考が働き、自分の傍にいる人がいなくなるトラウマが顔を覗かせる。
↓
・ひとまず無事が確認出来たことによる安堵。
・帰宅直後知らない女の匂いに困惑。
・心配していた自分への嘲笑、望への怒り。
・望が無事に帰ってきてくれた嬉しさと負の感情がごちゃ混ぜになり、涙腺崩壊。
↓
・望が誠心誠意謝罪して妃菜を宥め、偶然出会った美玖達との事情をしっかりと説明し、取り敢えず妃菜の溜飲が下がる。
と、紆余曲折を経て、今は比較的感情の波が落ち着いている。正確には、一度感情を溢れさせた手前すぐに気を取り直すのは体裁が悪いので拗ねてしまっている、という状態ではあるが。
まるで、鎮火し終わったばかりでまだ少し熱の残っている火事現場だ。
「望くん、手が止まってる」
「はい、すみません……」
妃菜に注意され、望はいつの間にか止まってしまっていた手をすぐに動かし、自分の膝の上に置かれている妃菜の頭を優しく撫でる。
事情説明を終えてから、妃菜の指示でかれこれ五分はこうしていた。
手元に視線を落とせば、妃菜の後ろ頭半分と少しだけ横顔が見えるが、やはりまだその表情は明るくない。唇は不服そうに尖り、どこかつまらなさそうに目が細められている。
「妃菜、ゴメンな……?」
「望くんは私の御使いなんだよ……?」
「はい……」
「それなのに……その場の流れとは言え、他のおん……魔法少女と密室でなんて。それも二人きりを超えて両手に花どころか三人となれば花束だよ……」
「密室じゃなくて個室ですが……」
「似たようなモノだよ」
「印象だいぶ変わってくるけど……!?」
健全と不健全の境界線は譲れない望だが、妃菜は相変わらずムスッとした表情のままだ。
「テュカと言いその子達と言い、望くんって小さい女の子が好きなんでしょ。だからもう私のことなんて飽きちゃって乗り換えようとしてるんだ……」
「ちょ、おい、俺はロリコンじゃないぞ!? そりゃまぁ、もちろん小さくて可愛らしいなと思うことはあるかもしれないけど……そこに他意はない!」
望が断固としてロリコン疑惑を否定すると、妃菜が少し頭を転がして上を向き、望の顔に疑わしげな視線を向ける。
「口ではどうとでも言えるよね」
「お、俺の信用ぉ……」
「本当のところ、幼気な魔法少女三人を連れ込んで何してたんだろうね? 三時間も。一人に一時間使ったの?」
「ちょぉっと妃菜さん!? それ魔法少女的にかなりアウトな発言じゃありませんっ!?」
しーらない、と妃菜は再び望から顔を背けてしまった。
帰り道で美玖と出会い、カラオケで亜莉沙と優子も交えて最近複数の学校で発生している怪奇現象についての相談を受け、余った時間に少し歌った。
望はそうきちんと説明して理解を得られたと思っていたが、疑心暗鬼になっている妃菜の目には、すべてが疑わしく見えてしまうのだろう。
どうしたら機嫌を直してくれるのか。
このまま言われた通り頭を撫で続けていればいつかは元通りになるのか、それとも時間がゆっくり解決してくれるのか。
望が困ったように眉を下げていると、妃菜がポツリと呟いた。
「……ゴメン。面倒臭いよね、私……」
「い、いや。そんなことはないけど……」
「ううん、わかってるの。頭では。望くんはちゃんと帰ってきてくれたし、ちゃんと謝ってくれたし、ちゃんと説明してくれた。嘘もついてないってわかってる。なのに、はぁ……」
望の膝を枕にして横たわったまま、妃菜がソファーの上で膝を抱える。
「……感情がね、納得してくれないの。望くんは何も悪くなくて、私の問題なのに……やりきれなさみたいなのを望くんにぶつけちゃって……ホント私、馬鹿みたい……」
妃菜がどんどん自罰的な思考に走り始めているのを見て、望は少し呆れた風に笑う。
「そんなこと言って自分を傷付けてたら、黒魔力溜まっていっちゃうぞ?」
「……だって本当のことだもん」
望は妃菜の頭を撫でていた手で横顔に掛かっていた白髪をサッと退ける。強張った表情を少しでもほぐせればと思い、晒された白い頬に指の側面で優しく触れた。
きめ細やかな白肌でスベスベ。
そして何より、柔らかい。
「前から思ってたけどさ。妃菜ってふわふわした雰囲気してる割に、意外と独占欲強いよな?」
少し可笑しそうに笑う望。
妃菜は一瞬ムッとなった表情を見せるが、すぐに目を伏せて「……ごめんなさい」とか細く謝った。
望は肩を竦める。
「何で謝るんだよ」
「だって、面倒臭いでしょ……?」
「ぜーんぜん?」
「……嘘」
「妃菜はアレだな。男心というものを全然わかってないな」
ややおどけた口調で望がそう言うと、妃菜は顔を背けたままチラリと視線だけを寄こしてくる。
「断言しよう。可愛い女子に独占欲向けられるほど大切にされて嬉しくない男子はいないね」
「……望くんも?」
「そりゃ俺も健全な男子高校生ですから」
妃菜の顔が再び上を向く。
淡紅色の瞳を不安げに揺らして望を見つめている。
そんな視線の先で、望は気恥ずかしさを紛らわすようにコホンとわざとらしき咳払いしてから言った。
「だって、まぁ……アレだろ? 違ってたらめっちゃ恥ずいし勘違い乙って感じなんだけど……その、俺が他の魔法少女といたから……嫉妬、みたいな? してくれてたんだろ……?」
とても一昔前の少女漫画に登場するようなキザなヒーローみたく、平然と聞いたり意地悪く言ってみせたりは出来なかった。
言ってて今すぐ逃げ出したいくらいには恥ずかしくて顔が熱くなるが、それでも何とか少し目元に力が入るくらいに我慢して妃菜を見下ろす。
すると、キュッと唇を噤んで視線をどこかに逃がした妃菜の顔が紅潮し、耳の先まで赤くなっているのが見える。
妃菜の頬に触れる指が、高まる熱を確かに感じ取る。
「そ、そういうの……可愛いって思うだろっ、普通……男子なら……」
鏡で確認するまでもなく、望は妃菜に引けを取らないくらい顔が赤くなっているだろうと自覚している。
それでもかろうじて妃菜の顔を見続けられているのは、妃菜が目を逸らしているお陰。
バクバクと五月蠅い心音が理性を削り取り、普段であれば言葉に出来ないようなことまで口を衝いて出てしまう。
「あ、あと、言っとくけどな……三時間くらい女子と個室で一緒に過ごすくらい、四六時中どっかの誰かさんと一つ屋根の下にいる俺からしたらどうってことないっつうの……!」
激しい動悸が羞恥心から来るものなのか、それとも苛立ちから来るものなのかわからなくなりながら、望は細めた目で妃菜を睨みつけた。
指を動かして熱くなった妃菜の頬を何度か擦る。妃菜が「ひゃっ」とくすぐったそうにギュッと目を瞑るのを見ても止めず、手を滑らせて真っ赤な耳を触り、そのまま顎から首筋のラインを伝いながら撫で下ろす。
スゥ……と喉元から肩口へ鎖骨を指の腹で辿ったところで、パチリと潤んだ淡紅色の瞳が見開かれて、望と目が合った。
「の、望くんっ……!」
許しを請うてすがるような。
それでいて何かを期待しているような。
熱を孕んだ視線。
望はその瞳をジッと至近距離から覗き込んで言った。
「理性が固くなくてこんな生活やってられるか……バカ……」
「~~っ!!」
それはもう見事に顔を真っ赤に変身させた妃菜は、これ以上顔を見られまいと望の方に身体の向きを変え、そのままお腹に顔を埋めて隠すようにして、ぎゅぅと抱き付いてきた。
熱が冷めるまで、またここから更に時間が掛かりそうである…………




