第53話 あ、帰りが遅くなるって連絡してなかったな……
「実は私達の調査に、お兄さんにも協力してほしいと思ってるんです!」
少々勢い余って前のめりになりながら言ってくる美玖を落ち着かせるように、望は掌を向けながら尋ねた。
「えっと、調査っていうのは?」
美玖が話してもいいか確認を取るように、テーブルの向こう側に座る亜莉沙と優子に目配せすると、両者からコクリと頷きが返される。
それを見てから、美玖は居住まいを正して再び望の方を向いた。
「実は私と優子の学校――西野方中学では、最近よく七不思議の話題で盛り上がっていて……」
「七不思議って、トイレの花子さんとか夜中に歩く二宮金次郎像とかの……アレ?」
認識が合っているか望が確認すると、美玖は「はい」と首を縦に振った。
「そんな感じの学校の七不思議が西野方中学にも一応あるんですが、その一つに動く人体模型というのがありまして……」
「そんなベタな……」
「時代も時代で、もはやあってないような七不思議だったはずの動く人体模型が、実は……ここしばらく本当に動いているんです!」
「うっそん」
驚いて欲しかったのか一呼吸の間を置いてズバリ言ってきた美玖だったが、残念ながら望は希望通りのリアクションを見せてあげることが出来なかった。
「ほ、本当なんですよぉ!」
「えぇ……」
「だって、優子も見たよね!?」
美玖は同じ中学で一学年下の優子に話を振った。優子は一瞬ビクッと身体を震わせたが、すぐに肯定するように遠慮がちに頷いた。
「は、はいぃ。でも、その……実際に動いているところを見たワケじゃなくて、理科室に置かれているはずの人体模型が、どうしてか毎朝どこかの教室に移動してて……それを見たということですが……」
望は腕を組んで唸った。
「それは何と言うか、気味が悪いな……」
一瞬誰かのイタズラではとも思ったが、理科室にある人体模型が朝に教室にあるとなると、動いているもしくは誰かが動かしているのは、学校を閉める前の見回りが終わったあと。つまりは夜。
一回や二回なら誰か生徒が悪ふざけで夜の学校に忍び込み、人体模型を動かしたのではとも考えられるが、それがここしばらく毎朝となるとイタズラの範疇を超えている。
考え込む望の隣で、美玖が落ち込んだ表情を見せた。
「その人体模型は誰かの席に立つように置かれていて、昨日なんてその席の女の子が怖くて泣き出しちゃったんです……」
「まだそれが美玖達のところだけだったら良かったんだけどね」
はぁ、とため息を吐いて脚を組み替えながら亜莉沙が言う。
「その手の怪奇現象が、他のいくつかの学校でも噂になってるのよ。幸い私のところにはないんだけど」
「なるほどな。それでいよいよ解決しないといけなくなってきたワケだ」
そうなんですっ! と美玖がギュッと望の手を両手で包むようにして握った。
「なので、是非お兄さんにも協力してほしいんです!」
「ま、待て待て。事情はわかったけど、俺に出来ることなんて何も……あ、なるほどな! 妃菜――強い魔法少女に応援に来てもらいたいから、御使いの俺に取次ぎを頼みたいってことか!」
魔法少女と違って特に戦力にならない自分を頼ってきた理由を察して納得する望に、美玖はしばらくポカンとしていた。
数秒の沈黙を保ったのち、神妙な表情に変わる。
「……確かに、あの人に来てもらえるなら心強いですね……!?」
「そのつもりで俺に接触してきたんじゃないんかい!?」
たまらずツッコミを入れてしまう望。
美玖は曖昧な笑みを浮かべながら言った。
「えへへ、すみませんそこまで頭が回ってなくて……ただ、あの戦いでのお兄さんの指揮が凄く心強かったので、偶然お見掛けしたときに協力してくれたら嬉しいなって思ってしまって……」
美玖の話に同意するように、亜莉沙と優子も頷いた。
「そうね。状況判断っていうの? おにーさんそういうの得意そうだし、手伝ってくれるとありがたいわね」
「そ、それに……夜に私達だけで調査するのも、ちょっと心細いので……」
中学生女子三人からのお願い。
望は「うぅん……!」と眉間にシワを寄せながら、ここでノーとは言えないよなと悩む。
それに、いくら魔法少女が超人的な力を持っていると言っても、その中身はこの三人――どこにでもいる普通の中学生。
治安はそんなに悪くないとはいえ、夜の調査に中学生の女子だけで街に向かわせるというのも何かと不安が募る。
(ま、まぁ、保護者は必要かぁ……)
望はふっと口元を緩めて自分の手を握る美玖の両手の上に、ポンと空いている方の手を乗せた。
「わかった、協力する。あと俺が契約してる魔法少女にも来てもらえないか頼んでみるよ」
パァ、と美玖の表情が明るくなる。
女子三人で嬉しそうに顔を見合わせたあと、美玖が代表してとびきりの笑顔を見せてきた。
「ありがとうございます! お兄さん!」
◇◆◇
「あ、そうだ」
折角だからと話し合いのあと何曲か歌ってカラオケボックスを出たところで、望がふと思い出したように三人に声を掛ける。
「この前の悪の組織の幹部との戦いで力を貸してくれたこと、ずっとお礼を言いたかったんだよ。あのときは凄く助かった。ありがと」
望が感謝を伝えると、美玖が少し慌てたように諸手を振った。
「いえいえ、そんなお礼だなんて! あれが私達の務めなので!」
美玖の隣で亜莉沙が腕を組んだまま肩を竦める。
「そうよ。というか、あれくらいしか役に立てなかったしね」
一歩下がったところで優子も胸の前で両手を握り締めながら言う。
「む、むしろ私達の方が感謝してるくらい、です……!」
三人の反応に、望は少し呆れたように笑った。
(魔法少女は皆こうなのか? まったく、妃菜もそうだけど変に謙虚というか、なんなら卑屈というか……)
望は三人に一歩歩み寄ると、右手を伸ばしてポン、ポン、ポン、と順番にその小さな頭を優しく撫でていった。
「お、お兄さん……?」
「ちょ、なによ……!?」
「はわぁ……!」
戸惑う三人に、望は優しい口調で言う。
「あの戦いだけじゃない。日々その小さな身体で街を守ってくれてるだろ? それだけで充分すぎるほどに凄いことだし、そのお陰で俺達は毎日平和に過ごせてる。だから、俺が返してやれるものはほとんどないかもしれないけど、せめて感謝くらいは素直に受け取ってくれると嬉しいかな」
望の言葉に、美玖は気恥ずかしそうにはにかみ、亜莉沙は赤くした顔でそっぽを向き、優子はギュッと目蓋を瞑っていた。
「じゃ、今日はこの辺で」
言いたいことを言い終えて、望はひらりと手を挙げてから駅に向かって行った。
「あ、妃菜と相談してからまた連絡する~」
歩きながら背中越しに振り返ってそう付け加えると、美玖の「はいっ、お待ちしてます!」という返事が聞こえた。
すっかり望の姿が見えなくなった頃、まだ二人とカラオケボックスの前に佇んでいた美玖は、部屋を出る前に望と交換したメッセージアプリ画面に視線を落として、薄っすらと赤らんだ自分の顔を自然光で反射させていた。
「私からも、送って良いのかな……」
その呟きは、亜莉沙と優子には聞こえていなかった――――




