第37話 大学生になったら塾講のバイトでもしてみるかな
「早く終わらせて話の続きをしないとね」
望から魔力を受け取った妃菜が巨人の右肩に立つアラゾニアを見据えると、アラゾニアは「あぁ?」と不愉快そうな視線を返してきた。
「早く終わらせるだぁ? それはぁ……こっちの台詞なんだよバーカぁ!!」
アラゾニアが叫ぶと同時、巨人が一本の左腕を大きく振りかぶって拳を固め、それを妃菜に向かって真っ直ぐ放ってきた。
「望くんは下がっててね」
「わかった」
妃菜は望の前に一歩踏み出すと、長杖の先端をピッと迫りくる拳に向けて魔法陣を展開し――――
「私はもう、なすすべなくやられるだけの魔法少女じゃないよ」
ズバァアアアンッ!!
駆け抜ける白い光の奔流。
高密度の魔力のレーザーが、巨人の左拳を吞み込んでそのまま腕諸共消し飛ばした。
四つ腕の巨人はその一本を奪われた。
「な、なにぃ……!?」
「グオォウ……!」
アラゾニアの驚愕の声と、巨人の唸り声が重なる。
「雑魚の分際で、この俺のシャドウを……!」
「妃菜は雑魚じゃなかったってことだ」
「あぁ!?」
苛立つアラゾニアが高い位置から睨みを利かせてくるが、望は物怖じすることなく淡々と語る。
「確かに去年お前が戦った妃菜は弱かったんだろう。だが、それを雑魚と断じたのは誤りだ。初めはか弱い稚魚は日を追うごとに成長していく。まして荒波に耐え辛い逆流を泳ぎ続けてきた妃菜が弱いワケがないんだよ」
妃菜の妹を連れ去った相手。
日々街とそこに暮らす人々を守ってくれている魔法少女を嘲るヤツ。
そんなアラゾニアに望も当然のように怒りを覚える。
「お前の敗因は、雑魚と稚魚の見分けがつかなかったことと、そんな稚魚の成長を侮ったことだ」
「さっきからベラベラと何の力もねぇヤツが語ってんじゃねぇぞ! オレ様の敗因だぁ!? すぐにでもこの雑魚を捻り潰してテメェの理屈が間違いだったとわからせてやるよぉ!!」
やれっ!! とアラゾニアが手を振るうと、呼応するように巨人が一足踏み出して二つの右拳を繰り出してくる。
拳はゴゥ、と空気を嬲って唸らせるが、跳躍して身を捻った妃菜はひらりと躱す。空中で体勢を安定させづらいにもかかわらず、すぐに長杖をライフルのように構えると、その先端を巨人――ではなくその肩に乗るアラゾニアに定めた。
「ふっ――」
ビュン、ビュン、ビュンッ!!
すぐさま魔力の弾丸が三連射され、狙い違わずアラゾニアに向かって飛んでいく。
「くそっ……!」
寸前のところで巨人が左腕を持ち上げて弾丸を受け止めるが、アラゾニアは忌々しそうに目を細めて叫んだ。
「調子に乗るなよ雑魚がっ! その程度の攻撃、オレ様のシャドウには豆鉄砲も同然なんだよっ!」
事実、三連射された妃菜の魔力の弾丸は巨人の腕を少し穿った程度で致命傷というのは程遠いものだった。
しかし――――
(妃菜の大技なら腕を丸ごと吹っ飛ばしたように、あの巨人にも充分致命傷を与えられる。そのためにはどうにか隙を作りたい……)
戦えないなら考えろ。
力がないことに甘えるな。
何も出来ない自分を良しとするな。
望は自分を奮い立たせて、戦場から一歩下がった場所で頭をフル回転させた。
(巨人の足元、地面が凹んでる……足跡がつくってことは体重が存在するのか。それもあの巨体に相応しいだけの圧倒的な質量が。妃菜に左側の片腕を消し飛ばされてから動きが少しぎこちないのも、右半身と左半身で重さが変わって重心が取りづらいからか……)
人間でも同じだ。
失くした手足の代わりに義足や義手を作る際、寸法だけでなく重さをきちんと調整するのは重心のズレで日常生活に支障をきたさないようにするため。
それがあの巨体で元は四つ腕ともなれば、重さの変化による影響は人間のそれと比べ物にならない。
(あんな黒魔力の塊みたいなのにどうして巨大な質量が発生しているのか理屈はサッパリわからんが、そんなものどうでもいい……!)
望は身を翻して走り、後ろで戦闘不能となった魔法少女を安全な場所に運んで寝かせていたまだ動ける魔法少女三人に声を掛ける。
桃色、緑色、黄色と戦うところを何度か見たことがあるカラーバリエーションなので、もしかすると普段この辺りの街を守ってくれている魔法少女なのかもしれない。
「すまん、三人に協力してほしいことがある」
「は、はい! 何でしょう!?」
ぱっと見た感じ三人とも年下な印象であったし、何より緊急だったため敬語を省いたが、機嫌を損なった様子はなかった。
代表して桃色魔法少女が望の前ににどこか畏まった態度で立った。
「見たところ三人には御使いがいないようだが、魔力補助なしであと何回大技が使えそうだ?」
「え、えぇっと……」
桃色魔法少女が振り返り、緑色と黄色の魔法少女らと顔を見合わせてから申し訳なさそうに答えた。
「三人とも、あと一回が限界ですね……」
「……充分だ」
「え?」
望はニヤリと笑い、今妃菜が一人で相手取っている巨人へ――正確にはその左脚を指差した。
「三人の大技を合わせれば、あの巨人の右脚一本くらいなら吹っ飛ばせるんじゃないか?」
望の言葉に黄色魔法少女が腰に手を当て、小首を傾げながら反応した。
「おにーさんの言う通り、多分出来るわ。でも、右脚一本どうにかしたところで、あの巨人が倒せるワケじゃないでしょ?」
「大丈夫、トドメの一撃は妃菜の役目だ」
中学生か高学年の小学生かわからないが、望は出来るだけわかりやすく力学を説明した。
「巨人のを左右の半身に分けて考えてみてほしい。今左腕が一本ないから右半身の方が重くなってるよな? つまり、その分右足で強く踏ん張ってることになる。そうしないと身体が傾いちゃうからな」
確かに……、と神妙な表情を浮かべて並んでいる三人の魔法少女を前にして、望は学習塾の先生にでもなったような心地になる。
「じゃあ、踏ん張らなきゃいけない右足がなくなったらどうなると思う?」
そう尋ねると、緑色魔法少女が「は、はい……」と遠慮がちに手を挙げるので、やはりどこか授業をしている先生のような気分で視線を向ける。
「右側に倒れると思います……」
「正解」
ポン、と何気なく望が正答した緑魔法少女の頭に手を乗せると、嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような笑みを浮かべ、他二人が羨ましそうな視線を向ける。
「そして、アレは人型。人は倒れたら手をつくよな? つまり、あの巨人を右側に倒せば――」
望がそこまで言うと桃色魔法少女が「あっ!」と気付きを得たように声を出す。
「二本もある右腕を封じられます!」
「その通りだ」
今度は桃色魔法少女の頭にポンと手を乗せる。
「えっへへ」
「わ、私もわかってたし!」
はにかむ桃色魔法少女の隣で黄色魔法少女が張り合うように声を出すので、望がそちらへ目をやって尋ねる。
「じゃ、俺のやりたいことわかるよな?」
「もっちろんよ」
黄色魔法少女はどこからともなく装飾豊かなハンドガンを取り出して右手に持つと、得意気な表情で望の背後――巨人の右脚を指すようにして銃口を向けた。
「私達で巨人の右脚を吹っ飛ばして転ばせる。右腕を二つとも使えなくしたら、その隙をついてあの魔法少女がトドメを刺す――でしょ?」
「ああ、その通りだ」
ポンポン、とその頭を優しく叩いてやると、黄色魔法少女は「子供扱いしないで」と文句を言いながらも頬に朱を差していた。
「よし、それじゃあ……アイツの余裕がただの油断だったってことを教えてやろう」
「はいっ!」
「えぇっ!」
「はいぃ……!」
望の指示で、三人の信号機魔法少女が構えた――――




