第36話 悪の組織の幹部が自分で戦わないのはお決まりです
「どこ……由菜はどこっ……どこへやったぁあああっ!?」
響く妃菜の怒声。
同時に突き出した長杖の先端から魔力の光線が一筋迸る。
その攻撃は、堤防に腰を下ろしていた男――かつて魔法少女らを返り討ちにして街の一角を更地にし、妃菜の妹である由菜を連れ去った悪の組織の幹部へと狙い違わず飛んでいった。
しかし、光線は堤防の一部を削り取って土煙を舞い上がらせただけで、男は寸前のところで跳躍するように回避し、河川敷に降り立つ。
「おいおい随分野蛮な魔法少女もいたもんだなぁ?」
男はヘラヘラと笑いながら、両手をポケットに突っ込んだまま妃菜と対峙する。
その後ろで他の魔法少女達も様子を窺うように臨戦態勢を取って控えているが、男は脅威とすら思っていないように余裕の態度。
「オレ様、何かお前に恨みを買われるようなことしたっけかぁ?」
男にとって妃菜は数多くいる魔法少女の一人に過ぎず、顔や名前を覚えているわけではない。
しかし、妃菜にとって男は自分の妹を連れ去った張本人であり、そのためにこの一年間闇堕ち寸前まで無茶をしてシャドウを狩りまくり、悪の組織の動向を追っていたのだ。
「由菜は……去年貴方が連れ去った魔法少女はどうしたの……!? どこにいるの!?」
男は一瞬何の話だとでも言いたげに片目を細めたが、すぐに思い至ったようでわざとらしく空を仰ぎ見た。
「あぁ~、アイツね! え、なに? お前、アイツの知り合いかなんか?」
「……由菜の姉だよ」
「は、ははは……ギャハハハハハッ! なるほど、なるほどねぇ~!? そっかそっかぁ、ってことはもしかして去年の戦いでお前もあの中にいたのかぁ!」
男は存分に笑い声を上げたあと、顎を突き出したまま下目で妃菜を嘲るように睨む。
「妹がオレ様に連れ去られるところを、満足に動くことも出来ずにただ指を咥えて見てたってワケだぁ?」
「……っ!」
「あーあ、アイツも可哀想に。こんな姉貴じゃ、いつまで経っても助けになんか来てもらえそうもないなぁ~」
ブワァッ! と妃菜の身体から魔力が立ち昇る。
「っ、妃菜、アイツの挑発に乗るなよっ……!?」
魔力による風圧で目を細めながら望が落ち着かせようと試みるが、その声は虚しくも届かない。
妃菜の横顔は険しく、もはや殺意に振り切れているとさえ言える怒気の籠った鋭利な眼光を男に向けていた。
(くっそ、この状況で冷静になれって方が無理だよな……!)
焦燥感を抱く望とは裏腹に、男は冷静さを欠いている妃菜の様子に口元を愉快に歪め、両手をバッと横に広げながら叫んだ。
「ギャハハッ! さぁ、ボスに最も厚き忠義を誓いしこのオレ様、七罪冠の一翼【傲慢】の凱旋だぁ! 巻いた餌にワラワラ集まってきた魔法少女共ぉ! 存分に黒魔力の贄になってくれやぁあああ!」
ダンッ! と男――アラゾニアがその場を強く踏みつけると、禍々しい黒い光を放つ巨大な魔法陣が展開され、先程のシャドウの軍勢を生み出していた中核をも容易に凌ぐ領と密度の黒魔力が集束し、形を成していく。
みるみる大きくなっていくその黒魔力を前にして、魔法少女らが一斉に攻撃を開始した。
宙に軌跡を描いて飛ぶ魔力の塊。
接近して畳み掛ける魔法少女の拳や剣。
それらが凄まじい勢いで増大していく黒魔力の塊に襲い掛かるが、表面が少し削れるばかりでたいした効果はなさそうだった。
そんな様子を前にアラゾニアは呆れ半分、嘲り半分といった具合に目を細めて口を歪める。
「相手の準備が整う前に攻撃するとか、様式美がわかってねぇ連中だなぁ? まぁ、いいや。もう完成した」
魔法陣が消え、代わりに姿を成したのは全長十メートル近くはあるかという四つ腕の巨人を模ったシャドウ。
見た目的にも、雰囲気的にも、存在を形成する黒魔力の量と密度的にも、その辺りで自然発生するシャドウとは比較にならない強敵であることがビリビリと伝わってくる。
「さぁ、捻り潰しちまえ!」
「グオォオオオ!!」
巨大な洞窟が風で唸るような雄叫びを上げた巨人が、右側の双腕で接近していた魔法少女二人を殴り飛ばした。
寸前で防御姿勢を取った魔法少女だったが、圧倒的な体格と質量を前に、なすすべもなくピンボールのように吹っ飛ばされ、地面を転がった。
他の魔法少女らが魔力の弾丸を、矢を、光線を放って遠距離攻撃を試みるが、やはり巨体の表面を浅く削ぐ程度。
「グゥゥ……」
巨人は四つ腕で河川敷の地面を掴み上げると、大量の土砂瓦礫を取って大きく振りかぶり――――
「グオォオオオッ!!」
――投擲した。
「っ、望くん私の後ろへ!」
「ああ!」
妃菜が長杖を前方に掲げて瞬時に魔力による障壁を展開。
ズガガガガァッ!! と大量の土砂が物凄い勢いで襲い掛かり、辺り一帯に散弾銃でズタズタにしたかのような大小様々なクレーターを刻んだ。
バリアを張った妃菜とその後ろに身を低くしていた望は無傷だったが、他の魔法少女らは周囲で身体を放り投げていた。
完全に意識を刈り取られた者が二名、何とか立ち上がろうとする者と、立ってはいるが負傷して満足に戦えそうもない者が合わせて三名。
「おいおい! ちょっとは強くなったかと思ってたが、結局雑魚ばっかだな魔法少女ぉ?」
巨人の手を昇降機代わりにしてその右肩に乗ったアラゾニアが、巨人と同じ高い目線から見下ろしてくる。
「いやぁ、ちまちま街を襲撃して黒魔力収集するより、やっぱ一ヶ所に魔法少女集めてお前らから魔力ぶん取った方が遥かに効率的だわぁ!」
優勢ゆえの余裕か、アラゾニアの口からベラベラと語られる話を聞いて、望は密かに疑問に思っていたことに納得がついた。
(最初から魔法少女が狙いだったってことか……通りで人為的にシャドウを大量に発生させた割には、たいして人のいない河川敷を選んだワケだ。数十人程度の住人の感情が生む魔力よりも、魔法少女一人が持つ魔力量の方が多いもんな……)
そして、戦場を河川敷という開けた場所にしたのは、巨人を生み出して高所の有利を取る際に、魔法少女が足場として使える建物がない方が良いとでも考えたのだろう。
搦め手の使えない単純な正面戦闘が行える環境が作り出されている。
(けど、それはこっちにとっても好条件。妃菜も純粋に火力で押し切る戦闘スタイル……相性は悪くない……!)
「妃菜」
「の、望くん……!?」
力一杯握り締められていた妃菜の拳を解くように、望がそっと手を触れさせる。
突然の感触に驚いたように、険しかった妃菜の表情が望の方を向いて少し緩んだ。
「もし俺に特別な力があるなら代わりにアイツをぶっ飛ばしてやりたいが、残念ながら俺が格好つけられるほど、ご都合主義じゃないみたいでな」
自分の力のなさを悔やむように、力なく笑う望。
「どうやらその役目は妃菜、お前にしか務まらないらしい。だから――」
触れ合った手を介して望の魔力が妃菜に注ぎ込まれる。
本日二度目の魔力補助。
これまで経験したことのないほどの虚脱感が襲うが、せめて背中を押すくらいのことはしようと耐える望。
「……俺に出来るのはこのくらいだ。あとは妃菜が思いっきり、あのやたら鼻につく傲慢野郎をぶっ飛ばしてやれ」
「……ふふっ」
昂っていた殺意が宥められ、妃菜に普段の柔らかい笑顔が戻る。
「じゃあ、ぶっ飛ばしたらご褒美だよ?」
「んあ~、戦いの前に終わったあとのことを話すと負けフラグだから、ノーコメントで」
望がおどけた様子で肩を竦めてみせると、妃菜が「えぇ~」と不服そうに半目を作るが、すぐに可笑しそうに吹き出した。
「でもまぁ、そういうことなら――」
怒りも憤りも確かにある。
しかし、それは一旦胸の内に仕舞い込み、冷静でいて油断のない視線でアラゾニアを見据える妃菜。
「――早く終わらせて話の続きをしないとね」




