祝福の扉、開かれる日へ
窓から差し込む春の陽射しが、机の上をやさしく照らしていた。
その日、リリサンドラ・ヴァレンティーナ――リリーは、机に向かって真剣な顔をしていた。筆を握る手はきちんと姿勢を保ち、インクの滲みひとつない文字をつづっていく。
(さて……今年は、きちんと「わたくしのお友達」としてご招待しませんと)
そう、もうすぐ彼女の誕生日だった。6歳の誕生日は、貴族子女にとってひとつの節目――初めて公に披露される“子供向けの社交イベント”でもあった。
「ふふん、楽しみにしていてくださいな、皆さま」
彼女がまず手に取ったのは、淡いレモン色の封筒。
(まずは、カタリナ様へ)
文字は丁寧に、けれどどこかほのぼのとした筆致で綴られていく。
『親愛なるカタリナ・アーデン様
その後、いかがお過ごしでしょうか?
もしよろしければ、わたくしの誕生日会にご出席いただけませんこと?
おいしいお菓子をご用意して、お待ちしておりますわ』
――リリサンドラ・ヴァレンティーナより
(カティには甘いものがたくさんあるって書いておけば大丈夫ですわね)
次に手にしたのは、薄緑の封筒。
(お次はレオンハルト。彼には……“怖くないですよ”って空気を出しておきませんと)
『レオンハルト・ドレヴァン様
お元気でいらっしゃいますか?
よろしければ、今度のわたくしの誕生日会にいらしてくださいまし。
ご無理のない範囲でけっこうですので、ぜひ、お顔を見せていただけましたら嬉しですわ』
(これで、気負わずに来てくれるはず……たぶん)
そして、宰相の息子、セラフィアン・カリュステルには――少し悩んだあと、すらすらと書き始めた。
『セラフィアン様へ
以前は勉学において楽しい時間をありがとうございました。
わたくしの誕生日会にて、お菓子と音楽のひとときをともにしませんこと?
あなたのように聡明な方にこそ、ぜひ味わっていただきたい甘味がございますのよ?』
(ふふ、きっと“なんだと?”とか言いながら来るに違いありませんわ)
そして、最後に――王子、アリステリオン・グレイフォックスへの招待状。
(……正直、呼びたくないという気持ちもありますけれど)
リリーはわずかに筆先を揺らしながら、迷いを含んだ表情で便箋を見つめた。
(でも……主催者としては、やっぱり“呼ばない”わけにはいきませんわよね)
『アリステリオン殿下へ
貴いご公務のなか恐縮でございますが、
ささやかながらわたくしの誕生日会を催すこととなりました。
もしご都合がよろしければ、お立ち寄りいただければ幸いです』
(社交辞令の極地、完成ですわ……!あぁ〜本当に来るのやめて欲しいけど…はぁ…)
実際、その頃王宮では――
「……ふうん、ヴァレンティーナ家の令嬢から招待状か」
アリステリオンは受け取った紫封筒を開きながら、肩をすくめた。
「王太子として行かないと失礼か……まあ、暇ではないけど。行ってみてもいいかもな。例の“菓子”も気になるし」
思い出したのは、あのプリンの味。まだ子供である彼にとっても、“あれは革命だった”。
「どんな新作があるのか……いや、別に楽しみにしてるわけじゃないけどさ」
書斎の隅で、アリステリオンはそっぽを向きながらも微かに笑った。
招待状を書き終えたリリーは、その足でドレス部屋に向かった。
「今年のドレスは、少しだけ大人っぽくしたいですの。ほら、魔法も勉強してますし」
専属の仕立て職人たちにそう宣言すると、さっそく布地の山が広げられた。
「……わたくし、紫にしたいですわ。淡い――そう、ライラックのような色。ふわっとしていて、けれど
気品があって……裾には小さな銀糸の刺繍を入れてくださいな」
「あらまあ、なんてお似合いになりそう!」
「お嬢さまの瞳の色にもぴったりですこと!」
生地を重ね、花びらのように広がるスカートラインを想像しながら、リリーの胸は高鳴っていた。
(皆さまに、最高の一日を過ごしていただきますわ。そのためにも、全力で準備しませんと!)
彼女の誕生日――それは、ただの祝い事ではない。破滅フラグの回避、そして“新たな人間関係”というゲームの鍵を握る舞台でもあるのだから。




