甘やかな挑戦、ショートケーキの奇跡
「ああもう、なんだか負けていられませんわ!」
リリーはキッチン――いえ、正確には“屋敷の厨房”で腕まくりをしていた。とはいえ公爵令嬢が腕まくりをする姿は、使用人たちからすれば十分に驚きである。
(前回のプリンとカステラは、たしかに好評でしたけれど……。王子、あれでもまだ余裕がありそうな顔してましたもの)
思い出すのは、前回のお茶会での一幕。アリステリオン王子が「次は何を?」と、どこか楽しげな目をしていたあの瞬間。
(……ならば、次はもっと驚かせてみせますわ!)
リリーは両手を腰にあて、凛と宣言する。
「今回は、わたくしの全力をかけて"ショートケーキ"を再現いたします!」
使用人たちが小さくざわめくなか、彼女は先日作ったカステラのレシピを取り出す。ふわふわに焼き上がったあの生地――それをもっと軽やかに、そしてよりしっとりと改良する必要がある。
「卵白を別に泡立てて……メレンゲでふんわり感を出すのがコツですのよ。こう、シャカシャカと……!」
小さな手で泡立て器を振る姿に、使用人たちは目を見張った。いつものお淑やかな令嬢はどこへやら、そこには情熱を燃やす菓子職人のような姿があった。
「次に……生クリームですわ!」
ここが一番の難所だった。なにせこの世界では「生クリーム」なる発想そのものが存在しない。乳からバターを作る文化はあるが、それを“泡立ててふわふわにする”など想像もされていない。
「牛乳の上澄みだけを冷やして、攪拌して……と、こうなりますの。できた! これこそ理想の、生クリーム!」
そして、仕上げに――
「いちご。幸い、庭園の温室で育てていたものがありましたわ」
新鮮な赤い果実を丁寧に洗い、スライスし、ふわふわのスポンジと白いクリームの上に、宝石のように飾っていく。
「ふふっ……我ながら、完璧ですわ!」
完成したのは、ふわふわのスポンジに甘さ控えめの生クリーム、そしてみずみずしいいちごが乗った、まさに“令嬢の夢”とも言うべきショートケーキだった。
「まあ……リリー、これはあなたが?」
昼下がりのおやつの時間。ダイニングには母のクラリッサ、公爵である父アルベルト、そして兄ユリウス、それにまだ幼い弟ルシアンが揃っていた。
テーブルの上に並べられたケーキを前に、一家はしばしの沈黙ののち――
「……いただきます!」
一斉にフォークを口に運ぶ。
「…………!」
「こ、これは……!」
「ふわっふわで、くちどけが……ああ、クリームが軽い……!」
「おねえたま、すごーい! すごい!」
ユリウスが目を見開き、フォークを止めたままぽかんとしていたのを見て、リリーはにこりと笑う。
「どうですの? ふふ、精魂込めて作りましたのよ」
父がぐっと拳を握りしめ、感激の面持ちで言った。
「リリー……お前はもはや、この屋敷の宝だ。いや、セレスティア王国の宝だな!」
「そんな大げさな……!」
母はうっとりとした顔でうなずいた。
「このケーキ、誕生日会で皆に出したらきっと喜ばれますわ。きっとアリステリオン殿下も!」
「……あら、それは良いアイデアですわね」
リリーはにんまりと微笑む。
(家族仲も良好ですわ。これでまた一歩、“破滅フラグ回避”に近づきましたわ!)
しかし、それはまだ知らぬ未来。
令嬢のケーキ作戦は、こうして家族の胃袋を完全に掴み――
そのまま、来たる誕生日会という“新たな戦場”へと続いていくのであった。




