お勉強は公爵令嬢の生存戦略
午後の陽光が差し込む書斎の一室で、リリサンドラ・ヴァレンティーナは整然と並べられた教材を前に、静かにペンを走らせていた。
読み書き、歴史、算術、地理に加えて、王国の法や礼儀作法。貴族の子女に求められる基礎教養は、それはそれは多岐に渡る。
「ええと……五大貴族の序列は……公爵、侯爵、伯爵……」
と、口元でぼそぼそと呟きながら、リリーは問題集をすらすらと解いていく。
「リリサンドラお嬢様、今日もまた素晴らしい出来ですわ」
家庭教師の婦人が感嘆の声を上げ、ぱちぱちと拍手を送る。
「まさかこれほど早く、算術の応用問題まで終えてしまうとは……!」
「ふふ……まあ、わたくし、少しばかり覚えがよろしいだけですわ」
(いや違いますわよ!? これは前世の義務教育で叩き込まれた記憶があるからですのよ!?)
笑顔の裏で、リリーは額に冷や汗をにじませていた。
本当のところ、勉強が“好き”というわけではない。けれど、ゲームの記憶がぼんやりと語っていた。
──知識のない悪役令嬢は、周囲に利用され破滅する。
──令嬢たるもの、教養は武器。侮られたら終わり。
それらの不穏なキーワードが、脳裏に鈴のように鳴り響いていた。
(勉強しないと、死にますわ……! 本当に、冗談じゃありませんことよ!?)
「では次は、王国内の主要な街道網と貿易拠点についての講義です」
「はい、よろしくお願いいたしますわ」
こうして今日も、リリーの机に向かう日々は続いていく。
本人の本心はさておき──
「お嬢様はきっと、歴史に名を残す天才になるでしょうね……!」
家庭教師の誤解は、ますます深まるばかりだった。




