はじめてのおやつと呼び名と
カタリナ――と名乗った彼女は、まだ少しだけ緊張しているようだったが、手をつないでテーブルをまわるうちに、頬にふんわりとした笑みが浮かぶようになっていた。
「こ、このお紅茶……すごく香りがします……!」
「ええ、たぶんローズヒップにバニラが少し。とても上品な香りですわよね」
「うん……リリーさんは、物知りですね……」
「まあ、お嬢様たるもの、知識もお作法も一流でなければなりませんものね?」
ちょっとだけ得意げに言ってから、リリーはくすっと笑った。カタリナの緊張がほぐれてきた証拠に、彼女の目がまっすぐこちらを向きはじめていたのが、何よりうれしい。
テーブルには美しく整えられた焼き菓子が並び、サンドイッチにチーズ、甘い果物も彩りを添えていた。
けれど、どれも少しだけ華やかさや技巧に寄りすぎていて――リリーの目には、「素朴な美味しさ」に欠けているように思えた。
そこで、リリーはふと思い出したように、ハンドバッグから包みを取り出した。淡い桃色のリボンで結ばれた小さな布包み。
「そうだわ。わたくし、少しだけ自家製のお菓子を持ってまいりましたの」
「お、お菓子……!?」
カタリナの瞳がきらきらと輝いた。
「ええ。庶民的かもしれませんけれど、でも、わたくしは好きですの。カステラっていうのですけれど、ご存じなくて?」
「かすてら……? 聞いたことない、です……」
「ふふ。それなら余計に、食べていただきたいですわ。ぜひ一緒に」
そう言って布包みを解くと、しっとりとした黄金色の焼き菓子が顔を出した。小さく切り分けられた一切れを、リリーはそっとカタリナへ差し出す。
「ど、どうしよう……お、お上品に食べないと……」
「大丈夫ですわ、今は友達同士の“おやつの時間”ですもの。気楽に召し上がれ」
カタリナはおそるおそる一口、カステラを頬張った。
「……ん……お、おいしい……! ふわふわで、甘くて、やさしくて……!」
「ふふっ、よろしければお代わりもございますわよ」
ぱあっと輝いたような笑顔に、リリーの心もあたたかくなった。
この世界にも、こうして心の通う時間がある。血筋や家柄ではなく、ただ「同じ時間を笑い合う」関係が。
「ねえ、リリーさん」
「はい?」
「えっと……その……あの、わたしのことも、“カティ”って、呼んでくれたら……うれしいな、って」
「まあ……!」
思わず手を口元に当てるリリー。けれど、すぐにぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべる。
「それはとっても素敵ですわね、カティ。ふふ、よろしくてよ」
「うんっ……! よろしくね、リリー!」
ちいさなカステラのひと切れが、ふたりの間にしっかりと橋をかけた――そんな気がした。
楽しく、穏やかで、やわらかな午後。
けれどその空気に、ふと――ひと筋の影が落ちた。
扉の向こうで、控えの使用人がひとり、会場の奥へと足早に向かっていく。誰かに耳打ちする気配があり、その令嬢の顔が驚きに染まる。
リリーはカティと笑い合いながらも、どこか背筋に冷たいものを感じた。
(……まさか、また“あの方”が……?)
胸の奥がそわそわと騒ぎ始める。
だが今は、まだ何も起きていない――そう、自分に言い聞かせながら、もうひと口、カステラを口に運んだ。




