風の気配とふたりの出会い
その日は、穏やかな風が庭園を包んでいた。 リリサンドラ・ヴァレンティーナは朝から少しだけそわそわしていた。というのも、今日は魔法の指導をしてくれるエリク先生が「今日は見学者を連れてくる」と言っていたからだ。
「見学者……どなたかしら? 先生のお知り合い?」
「まあ、見ればわかるでしょうな」とだけ言い残し、エリク・ヴァルハルトはいつも通りの笑顔で庭に現れた。
そしてその後ろには、ひょこっと隠れるようにして、ひとりの少年が立っていた。
「……ど、どうも」
淡い緑色の髪を短く整えた、まだ幼さの残る顔立ち。瞳はやや伏し目がちで、何やら物陰に隠れる小動物のようにおどおどとしている。
「あら、ごきげんよう。リリサンドラ・ヴァレンティーナと申しますわ。あなたは?」
ぺこりとお辞儀をしながらも、少年はなかなか視線を上げてこない。
「……レオン、レオンハルトです。レオンハルト・ドレヴァン……です」
「あら、ドレヴァン家……魔術師の名門ではなくて?」
「え、ええと……そ、その、はい……」
あまりのもじもじぶりに、思わず「かわいらしい」と口から出そうになるのをこらえた。
「彼は私の孫でしてな。今は宮廷魔術師の養成課程にいますが、今日は修行の一環として見学に連れてきた
のです」
「まあ、それは素敵ですわ!」
リリーはぱっと笑顔を浮かべて、レオンハルトに向き直る。
「わたくし、今日は初歩の火魔法を練習いたしますの。よろしければ、ご一緒にどうかしら?」
「……あ……えっと……う、うん」
小さな声で返事をするレオンハルト。その顔はまだ緊張の色が濃かったが、彼の目が、リリーの手元をじっと見ていることに彼女は気づいた。
そして、魔法の練習が始まった。
「──このように、魔力を指先に集めて……意識を火の精霊に向けて、集中……」
ぽんっと、小さな火の玉がリリーの掌に生まれた。
「わあ……」
ようやくレオンハルトが声を上げた。
「すごく、きれい……それに、安定してる。魔力の質が全然違う……」
彼の声は小さいながらも、目だけはきらきらと輝いていた。
「ふふ、ありがとう。あなたも、やってみる?」
「ぼ、ぼくなんか……そんな……でも……うん、やってみたい……」
おずおずとした態度はそのままだが、魔法という共通言語がレオンハルトの殻を少しずつ壊し始めていた。
そして練習の後。
「そうだわ。これ、よろしければ召し上がって?」
リリーは、先日焼いて余っていたカステラの小包を差し出した。
「き、君が……作ったの?」
「ええ。趣味ですのよ。ふふ、庶民的すぎますかしら?」
「ち、ちがっ……すごい……ありがとう……」
照れたように受け取ったレオンハルトは、ぺこりと何度も頭を下げた。
その様子に、リリーは思わずくすっと笑った。
(あら……なんだか、友達ができる予感……?)
淡い緑の髪、優しげで人見知りな少年。 ……どこかで見たことがあるような、ないような。
(……あれ、もしかして……彼って、ゲームの攻略対象だったりして?)
一瞬だけ脳裏をよぎったが、すぐに自分で首を振る。
(な、ないない。そんな都合よく、周囲にゴロゴロと攻略対象が転がってるはずありませんわ!)
「ふふっ。わたくし、今日も素敵な一日を過ごしましたわ」
カステラを嬉しそうに抱えて帰っていくレオンハルトの背中を見送りながら、リリーは胸いっぱいにほのぼのとした幸福感を抱いていた。
──そしてその日、ひとつの小さな友情が芽吹いた。




