黄金のふわふわ革命
「……甘いものは、正義ですわ」
ぷりんの大成功から数日後、リリサンドラ・ヴァレンティーナは、再び甘味のことで頭をいっぱいにしていた。 やることは多い。勉強に魔法の訓練、体力づくり、そして王子との思いがけない邂逅……だが、こういうときこそ、癒しが必要なのだ。
「ふふ……次は、もっと皆様が感動するようなものを作って差し上げますわ」
ぷりんは柔らかでなめらかだった。けれど今度は――そう、ふわふわでしっとりした、焼き上がりが美しいお菓子を。
目指すは、“カステラ”。
記憶の奥に残る、黄金色のしっとりケーキ。前世で職場に差し入れられていたあの、甘くて優しい味わい。 仕事帰りに買っていたパック入りのやつでさえ、今思えば宝物のようだった。
「材料は……卵、小麦粉、砂糖、それから……あら、牛乳と蜂蜜も加えてみましょうか」
そして厨房にて、再び職人リリーが目を覚ます。
「お嬢様、また……厨房で何かを?」
「あら、ええ。今日はわたくし、ふわふわの魔法を焼き上げる予定でしてよ」
「……魔法、ですか?」
「心をとろけさせるお菓子、それこそ魔法でなくて?」
やや混乱気味の料理長をよそに、リリーは袖をたくし上げて泡立て器を手に取る。 最も難関なのは、卵白の泡立てだった。
「これが、空気をふくませる作業ですのね……っ」
手首が痛くなるほどシャカシャカと混ぜる令嬢の姿に、侍女たちはざわめいた。
「お、お嬢様、それは我々が――」
「だめですわ。これは、心を込めて泡立てねばなりませんの!」
かくして、腕がぷるぷるになるまで混ぜ続け、ようやく理想のメレンゲが完成。 泡立て器に逆さまにしても落ちない、ふんわり角の立った白い宝石のような泡。
「ふふっ、完璧ですわ。まるで雪の精のよう……なんてロマンティック」
それを慎重に卵黄生地と混ぜ、型に流して、いざオーブンへ――!
「お願い、うまく膨らんで……!」
時間が過ぎるのを忘れて祈るように焼き上がりを待つことしばし。 厨房中に漂いはじめる、甘く香ばしい匂い。
「焼けましたわ……!」
黄金色に焼き上がったカステラは、表面はつややかで、ナイフを入れるとふんわりとした断面が顔をのぞかせた。
「これは……!」
そこにちょうど現れたのが、またしても父様・母様・兄様の三人。
「リリー、また何か作ったのか?」
「はい。本日は“かすてら”をお届けいたしますの。どうぞ、お召し上がりくださいませ」
小さく切り分けたひと切れを渡すと、父様が最初に口へ運んだ。
「……これは……うむ、これは……!」
「甘さが上品……でもしっかりしてるわ! なんだか、口の中が温かくなる……!」
「ふわふわして……軽いが、満足感がある。……リリー、これは凄いな」
三人そろって大絶賛。兄に至っては無言で三切れ目に突入していた。
「ふふ。わたくし、皆様に笑顔になっていただけるのが何より嬉しいのですわ」
「リリー、これは贈り物にも使えるかもしれん。誰に出しても恥ずかしくないぞ」
「えっ、それは……そんな……!」
少し頬を染めながらも、リリーは満面の笑みで頷いた。
「今度は……次の社交の場にも、お持ちいたしましょうかしら。ふふっ」
その日、ヴァレンティーナ公爵家の食堂に“ふわふわ革命”が起こった。
そしてこの「カステラ」という菓子は、やがて社交界に静かな衝撃をもたらすことになる……のは、もう少し先のお話。




