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神谷戦記  作者: 八角の奇児
2007年篇
14/16

記録番号二二七番 —不審人物—

町の掲示板には必ずと言っていいほどヤン・スナーリ・カマーノの似顔絵、いや指名手配書が貼られていた。何の悪い噂の立たない南千住でさえそうだった。その者はどこに潜んでいるかわからない。捜索範囲は今や東京全土に広まっている。

「しかし、ヤツの居所はどこなのか。俺たちが動こうにも全く見当もつかない」

サクヤウヤは掲示板を見て忌々しげに呟いた。南千住コツ通り、トキャーケイの人形店のすぐ前の掲示板だった。

「サクヤウヤが自力で探しても仕方ないよ。情報がないんだからさ。こういう時に衛兵が役立つんだよ。頭数は揃ってるしね」

「そういうものなのか?」

「それが人間の常識だからね」

すると、トキャーケイはサクヤウヤの背中を叩いて店に戻っていった。

「はあ」

サクヤウヤは暇を持て余していた。なぜなら自分でできることが何一つないからだ。ヤン・スナーリ・カマーノを探そうにも自分の手に負えない。まずサクヤウヤが行動できていないということは記憶を司る神であるベルツですら彼または彼女の足跡を追えていない。そのため自分ひとりで探したところで見つかる目処も立たない。自分たちだけではどうにもならないが、今は衛兵からの報告を待つのみだった。

 サクヤウヤは人形店の奥の居間に行くと、本を読むトミン・ナーガの姿を見た。食卓に本を置き、片手でページをめくっていた。

「トミン・ナーガ、一体何をしているんだ」

サクヤウヤは問いかけた。異世界の住人が本を読んで何になるのか。理解ができなかった。

「何って、僕は字の勉強してるだけ」

トミンは呟く様に言った。まるで独り言だ。

「なぜ字の勉強なんてしようと思ったんだ。お前に必要あるのか?」

「暇だし、気分であちこちの文字を読みたくなったから。僕は僕の家に帰れると思ってないから。これから生きていく上では必要かもしれませんね」

「急に敬語になるな気持ち悪い」

「気分だから、仕方ない」

今日のトミン、あるいは最近の彼は都合の良い気分に寄りかかっているようだ。サクヤウヤとトミンの二人で見ている世界はあまりにも違いすぎる。だからサクヤウヤは踏み込んで口を出すことができなかった。

(トミン・ナーガはあまりにも不可解だ)

彼の本心はあまりにも読み易かった。しかし、サクヤウヤにはトミンに聞くべき疑問があった。

「トミン、ちょっと来てくれ。話したいことがある」

「え、僕今勉強してるんだけど」

トミンは半笑いだった。

「勉強は後でいいだろ。休憩だ休憩。一旦外に出よう」

「わかった。そっちを優先する」

トミンは本を閉じ、立ち上がる。そして壁に立てかけてあった戦斧を手に取る。

「いやいや、武器なんていらないから」

「でもそっちは剣を持ってんじゃん」

「それはそれ、これはこれ。別に戦いに行くわけじゃない。休憩ついでに戦うやつなんているか?」

「知らない」

トミンはどこかサクヤウヤを馬鹿にするような顔をしていた。こいつは何を考えているんだなんて考えているのだろう。お互い様だった。サクヤウヤは呆れてため息を吐くも、トミンと共に外に出た。

「ヤン・スナーリ・カマーノとは、どういう人物だったんだ?」

サクヤウヤはヤンの指名手配書が貼られた掲示板の前まで来た。

「サクヤウヤが知る必要ある? 僕にはないと思うけど」

「そりゃお前は奴のことを知っているからな。それとも、わざわざ語るほどでもないと言うのか? あと、質問に質問で返すな。話がややこしくなる」

「いや、でも僕は話す価値もないと思ってる」

なぜか話すことを渋るトミンにサクヤウヤはまた呆れる。そもそもそこまで期待していなかった。

「まず、話さないことに利益はあるのか?」

「もちろんない」

「じゃあ話したらどうなんだ?」

「僕はそんな気分じゃない」

サクヤウヤの口は開いたまま閉じなかった。トミンの目は死んでいる。彼はいたって平常な状態だった。それが平常であることが異常だった。

 二人が話をしている元に一人の衛兵が来ていた。

「おい、何を言い争いしている。暴れるようなら連行するぞ」

シュノスが二人の間に割って入った。サクヤウヤはまだ開いた口を閉じられないでいた。状況の整理に時間がかかった。一方トミンは店の奥に戻っていった。シュノスはそれを引き留めようと思ったが、できなかった。衛兵ながら、その奇人に話しかける勇気がなかった。

「シュノス、お前が来たということはそういうことだよな?」

「ああ、いい知らせを持ってきた。その似顔絵と一致する人物を捕らえた」

サクヤウヤは飛び上がる思いを抑えた。半神たるもの、高貴な振る舞いを行うべきだった。

「よし」

「流石の半神様もお喜びのようで何より」

サクヤウヤの目的は自分に与えられた使命を果たすことだった。使命というものは崇高なるものであり、彼の命に代えても遂行すべきことであった。その使命に一歩近づいたのだ。サクヤウヤは心から喜んでいることには違いなかった。

「是非案内してくれ。どこにいる?」

「墨田街区両国屯所に拘置されている。今すぐにでも行けるが、どうする?」

サクヤウヤはシュノスの言葉の前で一旦深呼吸をした。興奮して行動を速めることは得策ではない。焦らずゆっくり考えるのだ。そう自分に言い聞かせた。シュノスも顔色一つ変えずにサクヤウヤの返答を待った。彼も彼なりに半神への恐怖、未知への恐怖があるのだろう。サクヤウヤはトミンに視線を送った。トミンは頷いた。珍しく彼が大人しく誰かの言うことをすんなりと受け入れた。

「んあ、行くよ。僕も久々にヤンに会ってみたかったし」

サクヤウヤは内心喜んだ。制御が難しい奇人をこうもあっさりと連れていけるとは思っていなかった。

「準備は整った。いつでも行ける」

サクヤウヤはシュノスに呼びかける。サクヤウヤの目はやる気に満ちていた。

「両国屯所までの馬車を手配してある。もうじき来るはずだ」

「用意周到だな。ありがたい」

「半神の前だ。粗相はできない」

シュノスは愛想よく笑った。ただ、その言葉の裏には緊張の色も伺える。人間が半神と話すなんてことは滅多にない。自分より高位の存在とどう接すればいいかなど、普通の人間ではわからないことだ。

 しばらくすると、馬車がサクヤウヤたちの前に現れた。通りの連中はざわめきを起こしていた。このようなところに馬車が来ることは珍しい。いったい何があったのか。野次馬は溢れる好奇心に操られていた。

「さあ乗って」

シュノスは馬車の乗り口まで案内した。

「え? 歩いていくんじゃないの?」

トミンが的外れなことを言った。人間的な考え方ならば的外れではあるが、彼の場合は違うのかもしれない。

「これに乗っていくんだ。もしかして、馬車も知らないのか?」

「僕は知らない。自分の足で歩くんじゃないのか?」

「これに乗ればヤン・カマーノのいる場所まで歩かずとも行ける。分かったら大人しく乗るんだな」

トミンはそれ以上何も言わずに馬車の荷台に乗った。後に続いてサクヤウヤも荷台に上がった。

「出してくれ」

 外にいたシュノスが御者に呼び掛けた。すると、御者が馬車を引く馬二頭に鞭を打った。馬車は小刻みに揺れながら動き始めた。


 両国の空は曇っていた。サクヤウヤが馬車を下りて初めて思ったことだ。墨田街区、両国。ここからでも皇城が見える。皇城もそれほど大きく、両国もそれほど皇城と近い。町は発展していた。農業を営んでいるように見える人間などほとんどいない。いたとしてもここの人間ではないだろう。

「お待ちしていました、サクヤウヤ様。中に例の者がございます」

衛兵がサクヤウヤを出迎えた。この空がこれほど淀んでいるのはヤン・スナーリ・カマーノがそうさせているからだろうか、天空の神ファターが警戒しているからだろうか。

 サクヤウヤとトミンは屯所の中へ入る。衛兵が後ろから彼らを見守る。神聖な者には近寄り難いのだ。屯所の中には縄で柱に括りつけられた者がいた。坊主とまではいかないが短い髪と尖った耳、輝いた黒い目に少しだけ口角の上がった口。間違いなくヤン・スナーリ・カマーノだった。

「これは、本物か?」

サクヤウヤがそうこぼした。あまりにも容姿が変わらなさすぎている。それが不思議な位には。トミンの目に生気が現れる。

「ヤン・スナーリ・カマーノ。まだ生きていたとは。赤羽が存在するなら当然だが」

ヤンは顔を上げる。そして不気味に笑みを浮かべた。

「あひひひ。トミン・ナーガだって? あひひひ、懐かしい顔だ。やっぱその芋みたいな顔は忘れられないや」

サクヤウヤはヤンの言葉を受け止めるトミンの顔を伺った。しかしトミンは何も感じていないようだった。

「トミン、俺から質問させてくれ。おい、ヤン・スナーリ・カマーノ、どうやって赤羽を維持できている」

「あひ? あんたはトミンの何だ? もしかして半神か? そうか、ノムの仲間か......しかし、なぜトミンと一緒にいる」

すると、トミンが割って入った。

「おい! ノムさんを呼び捨てにするな! お前はそんな立場にないだろ」

彼はサクヤウヤの前で初めて感情的になっていた。

「あひひひ。ヤツは俺たちがこの地に足を踏み入れたときにはもう以前のヤツではなかった。なのに慕うはずもないだろ? あひ......ヒヒヒ......う......ぎゃあああ」

発狂したヤンはそのまま意識を失った。トミンは一歩引いた。この数年間で彼には何か異変が起きている。少なくとも以前とは様子が違う。トミンの中に様々な思考が巡る。

 屯所は静まり返った。しかし、そこにいた誰もがこれがただの静寂ではないと本能で感じていた。すると、ヤンの意識が戻った。そして必死に柱から動こうとした。

「寝ている間に何があったと言うのだよ。まあ、これくらい平気か」

ヤンは周囲を見回す。意識を失う前までサクヤウヤやトミンの顔を見ていたはずだが、まるでいま初めて見たような、彼らを怪しむような眼をしていた。

「ほう? 知らない者ばかりだ。では自己紹介からいこうか。フハハハハ! ハハハハ! 聞いて驚け! 我が名は、羞恥神タイ・セインだ!」

「タイ・セイン......?」

サクヤウヤは思わず復唱した。彼は別人になった。姿は変えずに。ヤンとは雰囲気が全く異なっていた。

「そこの者、こっちを見てただ突っ立っているでない。さっさとこの縄を解き給えよ」

タイ・セインと名乗るヤンはサクヤウヤを顎で使うようにそう言った。

「馬鹿なこと言うな。お前を捕らえた意味がなくなるだろう」

「「解け」」

突然のことだった。サクヤウヤの頭に直接タイ・セインの言葉が流れ込んだ。その言葉は短時間に数百回も、数千回も、あるいは数万回も繰り返され、サクヤウヤは頭を抱えた。トミンは今置かれている状況を理解できず、ただ茫然と彼らを見ることしかできなかった。

「「解け」」

その言葉が鳴りやむことはなかった。その隠しようのない暗示はサクヤウヤを動かすに至った。サクヤウヤはフラフラとヤンの括られた柱まで歩き、縄に手をかける。

「なにしてるんだよ。それじゃ逃げるだろ」

トミンの言葉もサクヤウヤには届かなかった。力ずくで引きはがそうとするも跳ねのけられた。そして、タイ・セインは解放される。

 暗示の解けたサクヤウヤは地面にへたり込んで肩で息をした。脳の整理が追い付かない。タイ・セインの言葉を取り除くことには時間がかかった。

「フハハハ! 愉快愉快。では、そろそろお別れの時間だ」

 タイ・セインは肩を回しながら言った。そして、両腕を広げると、彼の背中から漆黒の翼が生えた。その翼は徐々に根元から赤黒く染まっていった。

「ヤン・スナーリ・カマーノ! まるで別人だ! 何がお前を変えたんだよ」

トミンは一つしかない腕で殴り掛かった。タイ・セインは軽い身のこなしでそれを避けた。その身のこなしも軽すぎるように見えた。トミンの拳はタイ・セインの元居た柱にぶつかった。柱にはヒビが入っていた。

「もしかしてお前......どれだけの魂を取り込んだんだ」

「貴様には関係のないことだろう? では、さらばだ」

タイ・セインの元から巨大な衝撃波が広がり、木でできた床はバキバキと音を立てた。次の瞬間、彼の身体は重力を無視して垂直に急上昇した。凄まじい轟音と共に、強固な石造りであるはずの屯所の天井が、巨大な砲弾が通り抜けたかのように円形にぶち抜かれた。

「逃げるな!」

空が光り、雷が落ちる。轟音が身体を震わせる。サクヤウヤが咄嗟に放った雷撃も、タイ・セインが消えた後の空を切っただけだった。

 瓦礫に混じって雨が降り注ぐ。サクヤウヤが天井の穴を見上げると、空には紅い羽が一つ、ゆらゆらと舞い降りてきた。 追撃は不可能だった。

 羽は霧を放った。これでは屯所が赤羽と化してしまう。

「ははあ、こおりゃいいね」

トミンはその羽を手に取り、口に入れた。霧は収まった。

「お、おい、それでいいのか?」

サクヤウヤは慌てた様子でトミンに声をかける。

「逆にこうしたほうが僕にはいい」

「やはりお前は理解できない」

サクヤウヤは呆れつつも、トミンが頼もしく思えた。

「さて、ヤン・スナーリ・カマーノの行方を追わなくてはならないな。局所的な赤羽を探そう」

サクヤウヤとトミンは崩れ行く屯所を後にする。衛兵たちは置かれた状況に唖然としていた。


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