記録番号二二六番 —異端の技師—
「トキャーケイ、お前はどうしてそれほどワイストンに信頼されているんだ?」
素朴な疑問だった。そんな疑問をサクヤウヤはトキャーケイに投げかけた。鍛冶屋からの帰り道だった。
「うーん……大したことはしてないはずだよ。職人たちに道具を提供してるだけだよ」
トキャーケイは顎に手を当てた。歩みは少し、遅くなった。
「お前人形技師だろう? なのになぜ道具を作ってるんだ?」
「俺の家は道具鍛冶をしてたんだ。その名残さ。
元々俺は東京人じゃなかったんだ。俺が小さい頃、長野が東京の領地になった頃に父の腕が買われて東京に移り住むことになったんだ。だから俺の家族は東京では異端だった。友達と呼べる人間は当時全然いなかったけど、父の影響で技術屋の知り合いはかなりいたんだ。父の腕は東京でも通用してたようで結構儲かってたらしい。
俺が成長してくると父は俺に家業を継がせようと道具鍛冶を教えてきたんだよ。まあ俺もあの父の息子だから才能があってさ、数年で一人前になったんだ。そこからだよね、俺が技術屋に道具を売り始めたのは」
トキャーケイは誇らしげに話していると、サクヤウヤは眉をひそめていた。
「じゃあお前、今はなぜ人形も作っているんだ?」
「半分趣味だよ。道具屋を暫くやってると色んな人に会うんだ。その中の一人に人形屋がいたんだ。あの人形屋が人形を動かしているのを見て電撃が走るような感覚がしたよ」
「本当か? 気になるな、その感覚。一回体験してみてもいいか?」
サクヤウヤが口を挟んだ。彼の瞳には好奇の色が窺えた。
「ちょっと、ここで雷撃つのはやめてよ。今のはあくまで例え。本当に電撃が走ったら死んじゃうよ。でも、俺は人形に出会ってから変わったなあ。店はほったらかしてその人形屋で住み込みで働いて人形のことを学んだよ。人の体がこうなってるから人形を作る時にこうしなきゃいけないとか、少し離れたところから人形を動かすにはここにこう言う仕掛けを仕込まないといけないとか。あと、その人形に不備がないか実際に動かしてみたりもしたなあ。おかげで店に帰ってくる頃には空き巣に随分荒らされた状態だったよ。そこからだね、俺が自分の店で人形を売り始めたのは。自分のやりたいことを仕事にできるのは本当に幸せなことだよ」
「そうか、まあ……その、良かったな」
やりたいこと。サクヤウヤはこの言葉に引っ掛かった。彼にはやりたいことなどなかった。そもそもやりたいことを考えると言うことが頭になかったらしい。彼はただ、己が使命に従うままにこの世界にいる。それは彼が半神であるが故のことだった。だから、サクヤウヤはやりたいことをするという行為を想像できず、トキャーケイの幸せが理解できなかった。
「それに俺は道具屋だから必要な道具は作れば良くて結構安上がりなんだよね。半神の君にこんなこと話しても仕方ないか」
「当たり前だ。なんせ俺は半神だからな。人のことはわからない。そして人も俺のことをわからない」
サクヤウヤは自分の右手を眺めて何度か握りしめた。自分が人間でないことの自覚からくる一種の孤独、あるいは疎外感。神になりきることのできないゆえの葛藤、そして苦悩。人間らしくもあり、神の要素も持ち合わせる彼はそのどちらでもなかった。サクヤウヤの顔は曇って行く。すると、トキャーケイがサクヤウヤの肩に手を乗せた。
「君はただ、人に共感できないだけだ。人とはあまりにも異なる生活を送ってきたから、そういう日常での出来事とか、他愛もない出来事に差異が生じているんだよ。君は十分人間だ。だってほら、今もどこか悲しそうじゃないか。神はそこまで感情を露わにしない。むしろ感情を持っていないとさえ言われているんだ」
「だが、俺は半神なんだぞ!」
サクヤウヤは地面に向かって叫ぶ。なぜかトミンはサクヤウヤを見て面白がっている様子だった。
「君は人間から見れば確かに特別なものを持っている。崇められるほど崇高な存在だし、それゆえの知名度もある。ただ、ちょっと視点を変えてみれば、人間とそれしか違わないんだよ。君もここで少しでも生きていれば人の気持ちに共感できるようになるかもしれない。ちなみに俺だって人のことを完璧に理解することはできない。みんながみんな俺と同じわけじゃない。人間だっていろいろな種類がある。それらすべてを理解することなんて不可能なんだ。だから、君も難しく考えない方がいい」
「そうか、ならよかった」
サクヤウヤも少し落ち着いた様子だった。
「ただ、ちょっと人間の常識に慣れてもらわなきゃならないけどね」




