第9話:2万円の物品調達(相見積もり)と、費用対効果(コスパ)に号泣するドワーフの親方
第9話:2万円の物品調達(相見積もり)と、費用対効果に号泣するドワーフの親方
異世界生活3日目の朝。俺は安宿の薄暗い一室で、手元の革袋に入った銀貨を木のテーブルに並べ、深く、重いため息をついていた。
「……2万円か」
1銀貨が1食分、つまり現実世界の日本円にして約1000円の価値。
その為替レートに照らし合わせれば、20銀貨の価値はおよそ2万円ということになる。
命がけで致死性の疫病ガスが蔓延する巨大ゴミ山(不法投棄場)を駆け回り、軽トラックサイズの巨大ネズミを殲滅し、スラムの裏社会を平定して得た特別報酬の総額が、市役所の若手職員の月給の手取りすら大きく下回っているのだ。
「公務員の給与体系も大概だが、異世界の民間事業の相場は完全に崩壊しているな。独占禁止法の下請けいじめも真っ青だ」
俺は中指で眼鏡を押し上げながら、背後に直立不動で控えている三人のむさ苦しい男たち――巨漢の大剣使いガルド、痩せ細ったシーフのザック、初老の魔術師ボランを見回した。
スラムの顔役ドノバンたち三十人の荒くれ者は、現在スラムのバラック再建(インフラ整備)に従事させているため、今日俺の護衛として動いているのは初期メンバーのこの三人だけだ。
「いいか、お前たち。本日は我が班の『装備の近代化』、つまり武器と防具の調達を行う。しかし、現在の予算は20銀貨(2万円)。四人で割れば一人当たり5000円という極限のコストカットを強いられる計算だ。ホームセンターで安全靴と作業着の上下を買えば消し飛ぶ金額で、実戦に耐えうる装備を整えなければならない。無駄遣いは一切許さんぞ」
「お、おうっ! よくわからねえが、アニキの仰る通りにしやす!」
厳しい財政状況を理解しているのかいないのか、ガルドたちは忠犬のように元気に返事をした。
そうして俺たちがやってきたのは、グーテン街の職人区にある『鋼の顎武器工房』という、ドワーフが経営する武具屋だった。
重厚な鉄の扉を開けると、むせ返るような熱気と、鉄を打つ金属音が響いてくる。壁一面に無骨な剣や槍、防具が所狭しと並べられていた。
「いらっしゃいませー!」
カウンターの奥から顔を出したのは、そばかすがチャーミングな、三つ編みお下げのドワーフの少女だった。歳は15、6といったところだろうか。小柄だが、職人の娘らしくキリッとした快活な表情が可愛らしい。
チャンスだ。
俺の脳内で、ソノママゾンで購入したBunkoid版『絶対にすべらない!合コンでの必勝会話術100選』の第22章のページが眩く発光した。
――【ショッピングでは、物の真贋を見極める『審美眼』をアピールせよ。女性は、本質を見抜く知的な男の選択に『大人の余裕』を感じて惹かれるのだ】。
よし。ここで俺が、限られた予算の中から『隠れた名品』をスマートに見つけ出し、ドワーフの少女に「お客様、お目が高いですね!」と言わせてみせよう。
「ア、アニキ! これ見てくだせぇ!」
俺が完璧なモテ・プランを構築していると、ガルドが興奮した様子で一本の大剣を抱えてきた。
柄の部分に派手なドラゴンの装飾が施され、刀身には無駄に複雑な波紋が刻まれた、いかにもファンタジーチックな代物だ。
「これ、めっちゃカッコよくねえですか!? これさえあれば、俺もBランクのバケモノを一刀両断できそうな気がしやす!」
ガルドの言葉に、ドワーフの少女が愛想よく微笑む。
「そちらは飛竜の意匠を凝らした当店自慢の一振りです! お値段は銀貨30枚となります!」
「却下だ」
俺は即座に言い放ち、ガルドから大剣を取り上げると、冷酷な『市役所の物品調達担当者』の目で刀身を検分し始めた。
「まず、この柄のドラゴンの装飾。重心を不必要に手元に偏らせている上、凹凸が多すぎて振るう際に手の平に摩擦を引き起こす。実用性ゼロの無駄な装飾費がコストを30%は押し上げているな」
「えっ」
「さらにこの刀身の波紋。見た目は派手だが、異なる金属の接合面が甘く、強度が均一ではない。硬い魔物の骨を斬れば三回で刃こぼれを起こす。しかもこの複雑な形状は、汚れや血脂が詰まりやすく、日常的なメンテナンス(清掃)の手間を爆増させる。購入後の維持費と減価償却を考えれば、極めて費用対効果の悪い不良債権だ」
俺の情け容赦ない『一般競争入札における失格判定』のようなダメ出しに、ガルドはシュンと肩を落とし、ドワーフの少女は「ふりょう……さいけん……?」と目を白黒させて固まってしまった。
「おい、そこな優男。さっきから聞いていれば、随分と好き勝手言ってくれるじゃねえか」
突如、店の奥から地鳴りのような低い声が響いた。
ドスンドスンと重い足音を立てて現れたのは、少女の父親と思しき、髭を膝まで伸ばした筋骨隆々のドワーフの親方だった。
燃えるような怒気を纏い、手には巨大な鍛冶用のハンマーを握りしめている。並の人間なら、その圧倒的な威圧感だけで失禁して逃げ出すだろう。
「親方! 申し訳ねえ、うちのアニキは決してアンタの腕を馬鹿にしたわけじゃ……!」
ガルドとザックが慌てて俺を庇おうと前に出るが、俺は彼らを手で制した。
俺には『反威圧』のスキルがある。親方の放つ怒気など、市役所の窓口で「俺の税金で食ってる分際で!」と凄んでくる土建屋のオヤジのプレッシャーに比べれば、赤子の泣き声に等しい。
「誤解しないでいただきたい。俺はあなたの腕を否定しているのではない。ただ、あの大剣は『見栄え』を重視する一部の金持ちの道楽用であり、我々のような現場(土木作業や害獣駆除)で泥水に塗れて働く労働者向けのスペックではないと指摘しただけだ」
「なんだと……?」
「俺が求めているのは、過酷な連続使用に耐えうる耐久性と、研ぎ直しの容易さ。そして何より、量産に適した『圧倒的なコストパフォーマンス』だ」
俺はそう言いながら、店の隅にある木箱――ホコリを被った『特売品(あるいは失敗作)』のガラクタ入れの中に手を突っ込み、一本の無骨な鉄の剣を引っ張り出した。
装飾は一切なく、ただ分厚い鉄の板を叩き伸ばして削っただけの、極めて地味で不格好な直剣である。
「例えば、これだ。値段は銀貨2枚(2000円)」
「そ、それは……見習いの頃に俺が叩いた、何の飾り気もねえただの鉄の塊だぞ」
「だが、素晴らしい」
俺は無骨な鉄の剣の刀身を指で弾き、その澄んだ金属音に満足げに頷いた。
「一切の装飾を省いているため、重心が完璧に安定している。叩き上げの鍛造により炭素の分布が均一化されており、靭性(粘り強さ)が極めて高い。これなら魔物の硬い甲殻を力任せにぶん殴っても折れることはないし、刃こぼれしても砥石で適当に削ればすぐに現場復帰できる。まさに重機のような、実用性の極致だ。なぜこんな『最高の工業製品』をホコリを被らせている?」
俺が心からの賛辞を送ると、ドワーフの親方の顔からスッと怒気が消え去った。
代わりに、彼の大きな丸い瞳に、信じられないほどの量の涙が溢れ出してきたのだ。
「う、うぉぉぉぉぉぉぉん!!!」
親方はハンマーを取り落とし、両手で顔を覆って大号泣し始めた。
「あんた……あんた、わかってくれるのか!? 客はどいつもこいつも、派手な魔法剣やミスリルのお飾りばかり欲しがりやがる! 俺が一番心血を注いで叩き上げた、この『実用性だけを追求した鉄の塊』の美しさを理解してくれたのは、あんたが初めてだぁぁっ!!」
「……いや、美しさというか、費用対効果の最適解を――」
「この剣、タダで持ってってくれ! いや、あんたの仲間全員の装備を、俺が原価(銀貨15枚)で最強の『実用品』にフルカスタムしてやる! その代わり、今日から俺もあんたの専属鍛冶師(舎弟)として、一家の末席に加えてくだせぇ、アニキィ!!」
親方は俺の足元に崩れ落ち、そのむさ苦しい髭面を俺の清潔な作業着の靴に擦り付けて泣き叫んだ。
背後では、ガルドたち三人が「さすがアニキ……! この頑固なドワーフの親方の魂すら、一瞬の『目利き』で救済しちまった!」と、またしても感涙して抱き合っている。
違う。
俺はただ、Bunkoid版のモテテクを使ってドワーフの少女に「素敵な大人の男」とアピールしたかっただけだ。
視線を上げると、カウンターの奥で、ドワーフの少女(看板娘)が「お、お父ちゃんが、謎のヤクザの幹部に洗脳されたぁぁっ!?」と勘違いし、完全に恐怖で顔を引きつらせて震え上がっていた。
俺のモテテクは、なぜこうも確実に、むさ苦しいオッサンの急所ばかりを射抜いてしまうのだろうか。
極限のコストカットには大成功したものの、俺の異世界モテ・ライフの道は、また一歩、暗く険しい方向へと逸れていくのだった
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