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『魔法適性ゼロのインテリ眼鏡(元・市役所職員)、異世界ギルドの労働環境を改善して最強の「兄貴」になる。』  作者: げりっぱ


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第8話:スラムへのインフラ補助金(無償の愛)と、巨大ファミリーの凱旋

第8話:スラムへのインフラ補助金(無償の愛)と、巨大ファミリーの凱旋


グーテン街の外れ、悪臭と疫病の温床となっていた巨大な不法投棄場。

その中心で、軽トラックほどもある突然変異のボス・ネズミが討伐されたことで、緑色に淀んでいた瘴気は嘘のように晴れ渡り始めていた。


「よし。残りの死骸は燃えるゴミとして一箇所に集積し、延焼を防ぐために周囲に土を盛れ。ボランさん、魔力に余裕があれば、土壌の消毒のために石灰代わりの灰を撒いておいてくれ」

「フォッフォッフォ! お館様の完璧な防疫体制、このボラン、感服の至りにございまする!」


俺はバインダーに挟んだチェックシートにレ点を入れながら、スラムの事後処理を的確に指示していた。

疫病の原因となる害獣は駆除したが、放置すればまた新たな魔物が湧く。市役所の環境部として、現場の『原状回復』と『再発防止策』の徹底は基本中の基本である。

俺が作業着の袖をまくり上げ、腕時計(チープカシオ)で時刻を確認していると、スラムの顔役である眼帯の男・ドノバンが、数十人の荒くれ者たちを引き連れて俺の前にやってきた。

全員が泥と汗にまみれ、その体には無数の傷跡や刺青が刻まれている。しかし、彼らの目は皆一様に、俺に対する狂信的なまでの『畏敬』で濡れていた。


「……アニキ」


ドノバンが膝をつき、両手で恭しく一つの革袋を差し出してきた。

ずっしりと重そうなその袋からは、チャリン、と硬貨の擦れ合う音がした。


「約束の報酬、銀貨1枚……それに加えて、スラムの住人300人が、なけなしの財産をかき集めた全額です。銅貨がほとんどですが、全部で銀貨3枚分にはなりやす。どうか、受け取ってくだせぇ」


俺は差し出された革袋と、ドノバンの傷だらけの手を静かに見つめた。

手持ちが3銀貨(+5銅貨)しかない俺にとって、ここで銀貨4枚が手に入るのは非常に大きい。これで当面の活動資金は倍増する。

だが、俺の脳内エクセルは、瞬時にこの街の『マクロ経済と行政システム』のシミュレーションを弾き出していた。


(待てよ。このスラムの住人から全財産を巻き上げたらどうなる? 明日からの食費や薬代が払えなくなり、結果として彼らは再び犯罪や不法投棄に手を染める。治安の悪化は、巡り巡って街全体のインフラ維持費を圧迫し、最終的に俺の生活環境まで脅かされることになるな。生活保護費の増大を招くような搾取は、長期的には自治体にとってマイナスでしかない)


つまり、ここは『徴収猶予』を与えるのが最も合理的な行政判断だ。

さらに言えば、俺の脳内ライブラリには、ソノママゾンで購入したBunkoid版『絶対にすべらない!合コンでの必勝会話術100選』の第18章の金言が刻み込まれている。

――【目先の小さな利益に飛びつく男は三流である。女性は、余裕と器の大きさを持つ『大物』に惹かれる。時には打算のない無償の愛(ノブレス・オブリージュ)を見せつけることで、周囲の評価を根底から支配せよ】。


これだ。

このスラムのならず者たちから小銭を巻き上げるようなセコい男だと、ギルドの可愛い受付嬢に思われてはたまらない。「彼は弱者からお金を取らない、気高く慈悲深い方なのね!」と感動させるための、絶好の投資(アピール)のチャンスなのだ。

俺はゆっくりと首を横に振り、ドノバンの手にある革袋をそっと押し返した。


「……アニキ?」

「その金は受け取れない。しまっておけ」

「な、なんでですか!? 俺たちの命を救ってくれた正当な報酬です! アニキに受け取ってもらえねえと、俺たちの義理が立たねえ!」

「義理など不要だ。ドノバン、お前たちはその金で、まずは清潔な水と石鹸を買い、壊れたバラックの屋根を修繕しろ」


俺は中指で眼鏡をクイッと押し上げ、静かに、だが絶対の威厳を込めて(※クレーム対応時の声量で)言い放った。


「これは俺からの『インフラ整備の補助金』だ。お前たちがこのスラムを自力で再建し、まともな生活基盤を確立して、正当な『市民税(みかじめ料)』を払えるようになった時……その時初めて、俺は正規のルートで徴収させてもらう。それまでは、その金はお前たち自身の未来のために使え」

「あ、アニキ……っ!!」


ドノバンの残った右目から、ブワッ!と熱い涙が噴き出した。

彼は革袋を胸に抱きしめ、額が割れるほどの勢いで石畳に土下座した。


「うぉぉぉぉぉん!! なんて、なんてデカい器だ……! 俺たちみたいな底辺のゴミクズの未来にまで『投資』してくれるなんて……!!」

「アニキィィッ! 俺の命、いや、俺の魂は今日から永遠にアニキのモンです!!」

「俺もだ! スラムの荒くれ者三十名、全員アニキ一家の末席に加えてくだせぇ!!」

「いや、三十人は流石に多すぎる。労働組合の結成にはまだ早い」


俺の冷静なツッコミは、三十人のむさ苦しい男たちによる地鳴りのような号泣と「アニキ! アニキ!」というシュプレヒコールにかき消された。

ガルド、ザック、ボランの初期メンバー三人も、「さすがは俺たちのお館様だ……」と誇らしげに胸を張って涙ぐんでいる。

こうして俺の『税の徴収猶予』と『モテ指南書の誤爆』は、スラム街のならず者たちを完全な狂信者へと変貌させ、たった三名だった『アニキ一家』を、総勢三十名を超える巨大シンジケートへと急成長させてしまったのだった。



*

数時間後。

夕暮れ時のグーテン街のメインストリートは、異様な緊張感に包まれていた。


「な、なんだあの集団は……!」

「スラムの裏ボス、ドノバンの奴じゃねえか。それに狂犬ガルドもいるぞ……!」

「おい、その後ろ……スラムのならず者たちが三十人も、全員で荷車を引いてやがる……!」


街の住人たちが、道を空けて怯えたように見守る中。

その物騒な大集団の先頭を、無防備な作業着姿の俺(アニキ)が、バインダーを小脇に抱えて悠然と歩いていた。

俺の着ている服は『病気にかからない身体』のバリア効果により、死闘の直後だというのにシミ一つ、泥一つついていない。

背後には、顔中傷だらけのドノバンやガルドたちが、まるで最高指導者を護衛する親衛隊のように、血と泥にまみれた恐ろしい形相で目を光らせている。

荷車には、討伐したジャイアント・ラットの毛皮や魔石が山のように積まれていた。


(ふふっ。見ろ、街の人々が俺のスマートな帰還に圧倒されている。これこそが『デキる男』のオーラだ)


俺は完全に浮かれていた。

住民たちが恐れているのは俺のオーラではなく、『無傷のインテリ眼鏡(俺)が、街の裏社会を完全に制圧して練り歩いている異常な光景』であることに気づかないまま、冒険者ギルドの重厚な木扉を蹴り開けた。


バンッ!!


「仕事(クエスト)完了だ。検収と精算を頼む」


俺が涼しい顔でギルドに入場した瞬間。

室内にいた冒険者たちは、俺の背後に控える三十人のスラムの精鋭たちを見て、ヒッと息を呑み、モーゼの十戒のようにサァァッと道を空けた。

カウンターの奥では、昨日俺に労働基準法で論破されたあの胡散臭いギルド職員が、俺たちを見るなり「ひぃぃぃぃっ! スラムの勢力を丸ごと乗っ取りやがった……っ!」と白目を剥き、文字通り泡を吹いてその場に気絶してしまった。


「……? 彼は持病でもあるのか? 労災認定が下りるか怪しい倒れ方だな」


俺は首を傾げながら、震え上がっている金髪の可愛い受付嬢の前に立った。

ドノバンたちが、ドスンドスンと巨大なネズミの毛皮と魔石をカウンターに積み上げる。その圧倒的な成果物に、ギルド内は静まり返った。


チャンスだ。

俺はBunkoid版の指南書を思い出しながら、最も自信のある『爽やかな微笑み』を受付嬢に向け、甘く、少し低めの声で囁いた。


「君の顔が見たくて、少し急いで仕事を片付けてきたんだ。この街の衛生環境は、俺たち(行政)が綺麗にしておいたよ。……どうかな。もし君さえ良ければ、この後、少し静かな店で二人きりで食事でも――」

「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃっ!!」


受付嬢は両手で頭を抱え、カウンターの下にうずくまってガタガタと激しく痙攣し始めた。


「わ、わだじの命だけばお助けぐだざいぃぃ! ギルドの運営権も売上も、ぜんぶアニキ一家様に上納じまずがらぁぁっ!!」


彼女の目には、俺のスマートな誘いが『この街の裏社会は俺が完全に支配した。次はギルドを血の海に沈めるぞ、大人しく俺のオンナになれ』という極道まがいの最終通告にしか聞こえなかったらしい。


「いや、俺はただ夕飯に誘いたかっただけで……」


俺の虚しい弁解は、背後のドノバンたちの「さすがアニキ! ギルドの受付嬢すら一睨みで降伏させちまったぜ!」という熱狂的な歓声に完全に掻き消されてしまった。

俺の完璧なモテ・プランは、一体どこで間違ってしまったのだろうか。

絶望に肩を落とす俺の懐で、見事な品質で買い取られたジャイアント・ラットの売上――銀貨20枚という大金だけが、ジャラリと虚しい音を立てていた。

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