第10話:中堅冒険者との合同プロジェクトと、最後尾に設営された『現地対策本部』
第10話:中堅冒険者との合同プロジェクトと、最後尾に設営された『現地対策本部』
「……完璧だ。これこそが俺の求めていた『現場の制服』だ」
ドワーフの親方が一晩徹夜して仕上げてくれた装備を前に、俺は満足げに頷いた。
銀貨20枚(約2万円)。本来なら新米冒険者がペラペラの革鎧と銅の剣を一つずつ買って終わるような極小予算で、俺たちアニキ一家(初期メンバー4名)の装備は、完璧な『近代化』を遂げていた。
ガルドの大剣は、無駄な装飾が全て削ぎ落とされ、黒光りする分厚い『鉄の板(打撃と切断を兼ねた重機のような実用品)』へと生まれ変わった。防具も、急所のみを分厚い鋼で覆い、可動部にはスラムのネズミから剥いだ頑丈な革を使用。さながら、鎮圧部隊の重装盾役である。
ザックには、軽量化と収納性を極限まで高めたタクティカルベスト風の革鎧と、投擲用の黒塗りのナイフを多数配備。
ボランさんの杖は、人間工学に基づいたグリップ形状に改良され、長時間の詠唱でも手首に疲労が溜まらない『腱鞘炎防止仕様』となっている。
見た目の派手さ(ファンタジー感)は一切ない。
全身を黒とくすんだ鋼色で統一されたその姿は、完全に『裏社会の武闘派組織』か『過酷な土木作業現場のプロ集団』にしか見えなかった。
だが、その費用対効果と実用性は、この街のどの高価な装備にも引けを取らないと断言できる。
「す、すげえ……! 見た目は地味だが、振ってみると信じられねえくらい手に馴染む! 親方、最高の仕事だぜ!」
「へへっ、アニキの『極限の実用性』ってコンセプトを聞いて、俺の職人魂に火がついちまったのさ。いつでもメンテに持ってきな!」
ガルドたちと親方が男泣きしながら熱い抱擁を交わしている。
予算内に収まったことに安堵しつつ、俺が手元のバインダー(これも親方が薄い鉄板で作り直してくれた)に備品リストを書き込んでいると、ギルドの職員から声がかかった。
「あー、アニキ班。ちょっと来てくれ。ギルドマスターからの直々の指名依頼だ」
*
通されたのは、ギルドの奥にある応接室だった。
そこには、全身をピカピカの銀色の鎧で包んだ美男子と、露出度の高いローブを着た美しい女性魔法使い、そして軽装の弓使いという、いかにも『王道ファンタジーの主人公パーティ』といった風情の3人組が座っていた。
「紹介しよう。彼らはCランクパーティ『銀の隼』。リーダーの剣士レオンに、魔法使いのエララ、弓使いの弓手だ。今回は彼らと合同で、東の廃鉱山に住み着いたゴブリンの集落の『合同討伐プロジェクト』に当たってもらう」
胡散臭い職員(すっかり俺に怯えきっている)が、もみ手で説明をする。
Cランクといえば中堅の上位。対してこちらは、先日スラムを平定したとはいえ、公式記録上はまだFランクのままである。
銀色の鎧を着たリーダーのレオンが、鼻で笑いながら俺たちを値踏みした。
「おいおい、冗談だろ? スラムのネズミを駆除したって噂は聞いたが……連れてきたのは、薄汚い大男に、ガリガリのチビ、それに今にも死にそうなジジイじゃないか。おまけにリーダーは、剣の一本も帯びていないヒョロヒョロの眼鏡だと? こんな連中、俺たちの足手まといにしかならないぜ」
レオンの露骨な挑発に、俺の背後に控えていたガルドとザックの顔色が変わった。
「あぁん? てめぇ、今うちのアニキを愚弄しやがったか……?」
ガルドが黒鉄の大剣に手をかけ、室内の温度が急激に下がるような強烈な殺気を放つ。元・狂犬のプレッシャーに、レオンたちCランク冒険者がビクッと肩を揺らした。
俺は無言で手を上げ、ガルドを制止した。
ここで俺の脳内ライブラリが、ソノママゾンで購入したBunkoid版『絶対にすべらない!合コンでの必勝会話術100選』の第33章を猛スピードで検索・表示したのだ。
――【合コンの席で、他の男からマウントを取られた時こそが最大のチャンスである。決してムキになって言い返してはならない。微笑みを浮かべて大人の余裕を見せろ。女性は、キャンキャン吠える小型犬よりも、沈黙を守る大型犬にこそ『底知れぬ頼りがい』を感じるものだ】。
完璧なシチュエーションだ。
あの露出度の高い可愛い魔法使い、エララちゃんの好感度をピンポイントで爆上げする絶好の機会。
俺はレオンの挑発を完全に無視し、中指で眼鏡をクイッと押し上げると、エララちゃんに向かって『大人の余裕に満ちた、静かで涼しげな微笑み』を向けた。
「……気にしなくていい。プロジェクトの責任区分さえ明確にしてくれれば、我々は与えられた業務を淡々とこなすだけだ。仲良くする必要はない」
俺の『大人の対応』に、エララちゃんはハッと息を呑み、その美しい顔をサッと青ざめさせた。
「ひっ……! レ、レオン、やめて! この人たち、絶対に怒らせちゃダメな人種よ……! 目が、目が完全に『証拠が残らない消し方』を計算している人間の目だったわ……!」
違う。俺はただ、君にモテるための大人の余裕を演出していただけだ。
なぜ俺の『涼しげな微笑み』が『サイコパスな裏社会のボスの眼差し』に変換されてしまうのか。俺の悲痛な心の叫びは誰にも届かず、レオンは冷や汗を流しながら「ち、ちっ……実力で泣きを見ても助けないからな!」と負け惜しみを吐き捨てるのが精一杯だった。
一方、俺の背後のガルドたちは、「さすがアニキ……。あの小僧の安い挑発に乗るどころか、一瞥もせずに『殺し』のプレッシャーだけで制圧しちまった……!」「あの背中、一生ついていきやすぜ……!」と、またしても勝手に忠誠心をストップ高にしていた。
*
数時間後。
俺たちは、目的地の東の廃鉱山の手前、見晴らしの良い小高い丘の上に到着した。
眼下には、すり鉢状の地形の底に、木と泥で作られたゴブリンの集落が広がっている。数はざっと50匹。中規模な集落だ。
「よし、あいつらは俺たち『銀の隼』が正面から一網打尽にしてやる! エララの範囲魔法で牽制し、俺が突っ込む! おいお前らFランク組は、せいぜい俺たちの戦いぶりを見て学――」
レオンが意気揚々と剣を抜き、こちらを振り返って絶句した。
無理もない。彼らが戦闘の準備をしている間、俺たちアニキ一家は、戦闘とは全く無縁の『設営作業』を猛スピードで完了させていたからだ。
「よし、ボランさん。日除けのテントのペグ(杭)はしっかり土魔法で固定してくれ。風で飛んだら危ないからな。ザック、持参したパイプ椅子(ドワーフ親方特製)と折りたたみデスクを展開しろ。ガルドはお湯を沸かして、魔法瓶に白湯を補充だ」
俺の的確な指示により、小高い丘の最も安全な最後尾に、立派な日除けテント、事務机、パイプ椅子、そして現在地の地図を広げた『現地対策本部』が、たったの3分で完成していた。
俺はパイプ椅子に深く腰掛け、マイ水筒の温かい白湯をズズッとすする。
「お、おい……! お前ら、ふざけてるのか!? 討伐任務だぞ!? なんでそんな最後尾で、優雅に茶をシバくためのテントなんか張ってやがる!!」
レオンが顔を真っ赤にして怒鳴り込んでくるが、俺は涼しい顔でバインダーを開いた。
「ふざけてなどいない。これは『現地対策本部』だ」
「はあ!?」
「いいか。俺は魔法も使えなければ、剣も振れない。体力も一般人並みだ。そんな人間が前線に出れば、一瞬でゴブリンの棍棒のサビとなり、結果として味方のフォーメーションを崩す『最大の足手まとい(リスク)』となる」
俺は眼鏡の奥の目を光らせ、市役所のプロジェクトマネージャーとしての持論を展開した。
「組織において、最も愚かな上司とは何か。それは『自分の能力を過信し、無駄に現場に出て混乱を招く無能』だ。俺の役割は、前衛で剣を振ることではない。後方という最も安全で全体が見渡せる場所から、リソースの配分(誰がどこで戦うか)を俯瞰して管理する『全体最適化』を行うことだ」
「な、なにをわけのわからない横文字を……!」
「それに、俺が絶対安全な場所にいるからこそ、前衛の部下たちは『背後の守り(俺の護衛)』を気にすることなく、100%の力で目の前の敵を殲滅することに集中できる。……そうだろ、ガルド?」
俺が話を振ると、大剣を構えたガルドは、ボロボロと滝のような涙を流して頷いた。
「うぉぉぉぉぉん!! アニキィィッ!!」
「……また泣いているのか。君は本当に涙腺が緩いな」
「泣かずにはいられねえです!! アニキはご自身の命の危険(最前線)を避けるためじゃねえ! 俺たちみたいなチンピラを『絶対に護衛の必要がない最強の前衛』だと、心から信頼して任せてくれてるからこそ、あえて武器も持たずに椅子に座ってくださってるんでさぁ!!」
「その通りだ! アニキのその海より深い信頼に応えねえで、何が男か!!」
ザックとボランも一緒になって号泣し、三人は凄まじい闘気と殺気を全身から立ち上らせた。
違う。
俺はただ、本当に戦う力がゼロだから、怪我をするのが嫌で安全な高台にテントを張っただけだ。1ミリも前線に行きたくないという究極の保身と自己都合を、それっぽいビジネス用語で正当化しただけなのだが。
「お、お前ら、完全に頭がイカれてるぜ……! もういい、お前らはそこで指をくわえて見てろ! エララ、行くぞ!」
俺たちの狂気的な絆(勘違い)にドン引きしたレオンは、エララたちを引き連れて、すり鉢状の底にあるゴブリンの集落へと真正面から突撃していった。
「アニキ。あいつら、地形の有利不利も考えずに突っ込みやしたぜ。どうしやすか」
ガルドが冷静な声で尋ねてくる。
俺は白湯を飲み下し、バインダーの戦況図にペンを走らせた。
「放置でいい。事前のリスクアセスメント(危険予知)を怠り、無策で敵の包囲網(すり鉢の底)に突っ込むような新入社員(Cランク)は、一度痛い目を見ないとマニュアルの重要性を理解しないからな」
俺の予想通り、それからわずか10分後。
「くそっ、数が多すぎる! エララ、魔力はまだ回復しないのか!?」
「無理よ、囲まれたわ!!」
すり鉢の底で、50匹のゴブリンの増援に完全に包囲され、悲鳴を上げる『銀の隼』の姿があった。
俺はゆっくりとパイプ椅子から立ち上がり、ドワーフの親方に作らせた特製の『拡声器(魔石で音を増幅するメガホン)』を手に取った。
「さて、業務開始の時間だ。ガルド、ザック、ボランさん。アニキ一家の『シフト管理』と『リソースの最適化』がどういうものか、中堅のエリート社員(Cランク)たちにたっぷりと教育(OJT)してやろう」
「「「おうっ!!」」」
俺の事務的な号令に、黒鉄の装備に身を包んだ三人の死神が、歓喜の産声を上げて丘を駆け下りていった。
異世界に、市役所仕込みの冷酷無比な『プロジェクトマネジメント』が炸裂する瞬間が、今まさに訪れようとしていた。
皆様からのご意見・ご感想をお聞かせください。
誤字脱字もあればお知らせ頂くと嬉しいです。




