第11話:戦場の全体最適化(プロジェクトマネジメント)と、完璧な工場レーン
第11話:戦場の全体最適化と、完璧な工場レーン
「ハァッ……ハァッ……! くそっ、次から次へと湧いてきやがる!」
東の廃鉱山、すり鉢状の地形の底。
Cランクパーティ『銀の隼』のリーダーであるレオンは、血に塗れた剣を振るいながら悪態をついた。
彼の銀色の鎧はすでに泥とゴブリンの返り血で汚れ、息は絶え絶えである。背後では、魔法使いのエララが膝をついて荒い息を吐き、弓使いの男は矢を射尽くして短剣を構えていた。
「レオン、もう魔力がないわ……! ポーションも底を突いたし、このままじゃ……!」
「弱音を吐くなエララ! Cランクの意地を見せろ!」
レオンは空元気を張り上げるが、絶望的な状況は火を見るよりも明らかだった。
事前の偵察を怠り、「所詮はゴブリン」と舐めて真正面から突撃した結果がこれだ。彼らは今、50匹を超えるゴブリンと、その上位種である数匹のホブゴブリンによって完全に包囲され、四方八方から削り殺されようとしていた。
(くそっ……俺たちが、こんなところで……! あの時、あのFランクの優男の言う通りに……いや、あいつらは安全な高台に逃げただけのクズだ!)
レオンが自らの慢心を棚に上げ、迫り来るホブゴブリンの棍棒を絶望と共に睨みつけた、その時である。
『――あー、本部のマイク、入っているか? よし。前線の銀の隼チームへ通達。君たちは現在、極めて非効率的な労働(戦闘)を行っている』
突如、戦場に全くそぐわない、事務的で冷徹な声がすり鉢の底に響き渡った。
レオンたちが驚いて上を見上げると、すり鉢の縁にあたる小高い丘――安全な最後尾に設営された日除けテントの中から、作業着姿の『アニキ』が、ドワーフ特製の拡声器を持ってこちらを見下ろしていた。
パイプ椅子に深々と腰掛け、片手には温かい白湯が入ったマイ水筒。その姿は、血みどろの戦場においてあまりにも異質だった。
『レオン君。君の疲労度は目視で80%を超えている。労働基準法が定める連続稼働時間を完全に超過しており、これ以上の戦闘は重大な労災(死)を招く。直ちに前線を後退させろ』
「な、なにを寝言を言ってやがる! 俺が下がったらエララたちがやられるだろ!」
『俺の指示に従え。前衛のシフトを交代する』
アニキがメガホン越しに指を鳴らした瞬間。
「どけェッ! 小僧ォォッ!!」
崖の上から、黒鉄の重装甲に身を包んだ巨漢・ガルドが、隕石のような速度で跳躍し、レオンの目の前に着地した。
ズドォォォン!! という轟音と共に、ガルドの黒鉄の大剣がホブゴブリンの一体を脳天から唐竹割りに粉砕する。
「なっ……!?」
驚愕するレオンを余所に、丘の上のアニキから次々と『業務指示』が飛ぶ。
『ガルドはそのままヘイト(敵の意識)を稼ぎ、防波堤となれ。遊撃のザック、敵のフォーメーションのボトルネック(指揮官個体)を排除。ボランさん、広域の泥濘魔法を展開し、敵の進軍ルートを一本に絞れ。ト〇タ生産方式の要領だ。敵を一度に相手にするのではなく、処理できる数だけを前線に引き込め』
「「「了解しやした(ですぞ)、アニキ(お館様)!!」」」
三人の死神たちが、アニキの指示に完璧に呼応した。
ボランの魔法でゴブリンたちの足場が泥沼と化し、動きが鈍る。そこにザックが影のように入り込み、指揮を執る個体の喉を次々と掻き切っていく。
統制を失い、一本道に押し出されてきたゴブリンたちを、ガルドが単調な作業のように大剣で物理的にすり潰す。
それはもはや戦闘ではなく、完璧にシステム化された『廃棄物処理のベルトコンベア』だった。
「す、すげえ……! あんなに苦戦していたゴブリンの群れが、面白いように……!」
レオンが呆然と呟く。彼らの中には、アニキへの侮蔑の念などすでに欠片も残っていなかった。
だが、アニキの『全体最適化』はこれだけでは終わらない。
『エララ君。君は残り少ない魔力で、無駄な攻撃魔法を撃とうとしているな。費用対効果が悪すぎる。君のリソースはすべて、敵の目を眩ませる発光魔法などの妨害行動に全振りしろ』
「えっ? で、でも、私にはもう魔力回復のポーションが……」
『支給する。ザック!』
『あいよッ!』
崖の上から放り投げられた数本の青い瓶(魔力ポーション)を、ザックが空中でキャッチし、エララたちに向かって蹴り渡した。
「あ、ありがとう! これで魔法が撃てる……!」
エララが急いでポーションの蓋を開けようとした瞬間、拡声器から冷酷な指示が飛んだ。
『待て。それはエララ君、君が飲むものではない』
「えっ?」
『それは前線でタンクを張っているガルドに飲ませろ』
「はあ!? でも、ガルドさんは魔法使いじゃないわよ!? 魔力ポーションなんて飲んでも意味が――」
『いいから飲ませろ。これはリソースの集中投資だ。負傷者や疲弊した魔法使いに貴重な回復アイテムを分散させるのは、経営が傾いた部署に無駄な予算を注ぎ込むようなものだ。現在、我が社の最大の利益(戦果)を生み出しているのは前衛のガルド一人。ならば、全リソースを彼に集中させ、稼働率を120%に引き上げるのが最も効率的だ』
アニキの言葉と同時に、ガルドが迫り来るゴブリンを蹴り飛ばしながら叫んだ。
「アニキの言う通りだ! 姉ちゃん、そいつを俺の口に流し込んでくれ!」
「や、ヤケクソね……っ!」
エララが震える手で、ガルドの口に魔力ポーションを流し込む。
魔法が使えない戦士に魔力ポーションを飲ませたところで、本来なら何も起こらない。だが、ガルドは目を血走らせ、全身の筋肉を異常なまでに膨張させた。
「うぉぉぉぉぉぉっ!! アニキが俺に投資してくれた……! 俺に期待して、高価なポーションを一本丸ごと奢ってくださったんだ!! この御恩、脳細胞が焼き切れようとも成果で返すのがアニキ一家の鉄砲玉だァァァッ!!」
プラシーボ効果(思い込み)である。
アニキからの『投資』という精神的バフを受けたガルドは、魔力ポーションの成分など関係なく、完全にリミッターを外し、狂戦士となって残りのゴブリンを文字通り一瞬でミンチに変えてしまった。
「……信じられない」
レオンは剣を落とし、へたり込んだ。
たった数分。あの小高い丘のテントから、拡声器越しに飛んできた数回の『指示』。
ただそれだけで、絶望的だった戦況が完全にひっくり返り、味方に一人の怪我人も出すことなく、50匹のゴブリンが全滅してしまったのだ。
「あの男……アニキって男は、自らは剣を抜かず、血一滴流すことなく……言葉だけで、戦場という盤面を完全に支配しやがった……!」
「まるで、私たちの命すら、あの方の手の上で踊るチェスの駒みたい……。圧倒的な軍略の天才……ッ!」
レオンとエララは、丘の上でバインダーにチェックを入れているアニキを見上げ、恐怖と底知れぬ畏敬の念に震え上がった。
*
「ふう、お疲れ様。業務終了だな」
戦闘が終わり、すり鉢の底に降りてきた俺は、腕時計を見て満足げに頷いた。
無駄な残業(長期戦)をすることなく、見事なタイムマネジメントで討伐が完了した。やはり現場には、適切なシフト管理とリソースの最適化が必要不可欠だ。
俺はBunkoid版の指南書『第41章:トラブルを冷静に処理した後は、温かい飲み物で優しさをアピールせよ』に従い、マイ水筒の蓋に温かい白湯を注ぎ、座り込んでいるエララちゃんに向かって差し出した。
「怪我はないか、エララ君? 温かいものを飲んで、少し休むといい」
俺としては『頼れる大人の男からの、甘く優しいケア』のつもりだった。
しかし、エララちゃんはビクゥッと体を震わせ、差し出された白湯を両手で受け取ると、恐怖で顔を引きつらせた。
(ひぃぃっ! あ、あんな血も涙もない冷酷な采配で命を駒のように扱った直後に、こんな優しい声で……! これが飴と鞭……! 絶対服従を誓わせるための、マフィアのボスのやり方だわ……!)
「あ、ありがとうございますぅぅ……っ! 一生、逆らいません……っ!」
「? ああ、まあ、ゆっくりしてくれ」
俺が首を傾げていると、隣でレオンがドサリと両膝をつき、俺に向かって深く頭を下げた。
「ア、アニキ……。いや、アニキ様! 俺たちは井の中の蛙でした……! あなたのその神算鬼謀、圧倒的な軍略の前に、Cランクのプライドなどへし折られました! どうか、俺たち『銀の隼』も、アニキ一家の末席に加えてくだせえ!!」
「俺たちも、アニキの駒として使ってください!!」
弓使いの男まで土下座に加わる。
そして、その光景を見たガルドたち初期メンバーも「おおお! アニキの度量の広さに、エリート連中もついに屈したか!」と涙を流して喜んでいる。
「いや、俺は別に軍略なんか使ってないし、ただの市役所の現場処理の応用で――」
「謙遜なさるな! これからは俺も、アニキを『お館様』とお呼びしやす!」
「勝手に呼称を変えるな。市民からの通報が入ったらどうするんだ」
俺の事務的なツッコミは、またしてもむさ苦しい男たちの熱狂的な「アニキ!」コールにかき消されてしまった。
エララちゃんに良いところを見せてデートに誘うはずの完璧な計画は、Cランクの男たちを狂信的な舎弟に変えてしまうという、最悪の形で誤爆(大成功)してしまったのだった。
俺は静かに天を仰ぎ、これ以上の勢力拡大を防ぐための『定款の変更』を真剣に検討し始めるのだった。
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