第6話:環境部式・朝礼の実施と、スラム街における不法投棄・害獣問題
第6話:環境部式・朝礼の実施と、スラム街における不法投棄・害獣問題
「――それでは定刻となったので、本日の朝礼を始める。各自、番号」
「い、いちっ!」(ガルド)
「にっ!」(ザック)
「さ、さんでございます!」(ボラン)
翌朝、グーテン街の中央広場。
朝日が眩しい噴水の前で、俺は手製のバインダー(裏紙を木の板に挟んだもの)を片手に、三人のむさ苦しい男たちを直立不動で整列させていた。
異世界生活2日目の朝。アニキ一家(仮称・俺は認めていないが)の活動は、市役所環境部の伝統に則り、厳格な『朝礼』からスタートする。
「よし。まずは健康状態の確認だ。ガルド、昨日の『ベジファースト』の効果で胃腸の調子はどうか」
「最高でさぁ、アニキ! 朝から大剣を千回素振りできるくらい腹の底から力が湧いてきやす!」
「ザック、睡眠は取れたか。ボランさんも、関節に痛みはないか。労働災害の大半は、寝不足と体調不良による不注意から起きる。少しでも違和感があれば申告するように」
「ひゃ、ひゃいっ! 絶好調ですぜ!」
「老体には身に余るお気遣い……。お館様の慈悲により、わしの魔力回路も十年前の若さを取り戻した気分にございまする」
三人の舎弟たちは、なぜか朝から感極まったように目を潤ませていた。
冒険者という、その日暮らしで誰も命を心配してくれない使い捨ての職業において、毎朝こうして『体調を気遣ってくれる上司』が存在することは、彼らの忠誠心を異常なまでに高めているらしい。
俺は満足げに頷き、バインダーの紙をめくった。
俺の着ている作業着は、女神の『病気にかからない身体(バリア仕様)』のおかげで、一晩寝た後でもシワ一つなく、洗剤の清潔な匂いを漂わせている。この清潔感こそ、公務員の基本である。
「本日の業務目標だが、まずは手堅い案件を受注し、当座の運転資金を確保する。現在、我が班の資産は俺のポケットマネー(3銀貨)と、ボランさんの退職金(銀貨5枚)を合わせた銀貨8枚と銅貨5枚。四人の成人男性を養うには、あまりに心もとない数字だ」
俺の言葉に、三人の顔がサッと青ざめた。
「も、申し訳ねえアニキ……! 俺たちが足手まといになって、アニキの財産を食いつぶすなんて……!」
「俺、今日からスリに戻って財布を稼いできやす!」
「馬鹿を言えザック。犯罪行為は公務員(冒険者)法違反で懲戒免職だ。堅気に稼ぐぞ。全員、ギルドへ向かう」
*
朝の冒険者ギルドは、昨日にも増して活気と殺気に満ちていた。
俺たちがギルドの木扉を押し開けると、騒がしかった室内が「しんっ……」と静まり返る。
「おい、来たぞ……」「たった半日でガルドたちを従えた謎の男だ」「あの清潔すぎる服……今日も異常な威圧感を放ってやがる」と、あちこちからヒソヒソ声が聞こえてくる。
周囲の畏怖の視線を『俺のモテオーラが発散されている証拠』と前向きに解釈し、俺は受付カウンターへと歩み寄った。
カウンターの奥では、金髪の可愛い受付嬢が俺の姿を認めるなり、ビクゥッと肩を震わせて直立不動の姿勢をとった。いいぞ、俺への意識が高まっている証拠だ。
だが、俺が彼女に気の利いた朝の挨拶(Bunkoid版指南書・第4章『爽やかな挨拶で一歩リード』)をかまそうとしたその時。
受付カウンターの端で、一人の大男が床に額を擦り付けて土下座しているのが目に入った。
「頼むっ! この通りだ! 誰か……誰か、あの『ジャイアント・ラット』の群れを駆除してくれねえか!」
顔に大きな刀傷のある、眼帯をした厳つい男だった。
その風貌は、どう見ても裏社会の人間(その筋の顔役)にしか見えない。しかし、彼の体はボロボロで、服は引き裂かれ、目からは大粒の涙がこぼれ落ちている。
対応しているのは、昨日俺が論破したあの胡散臭いギルド職員だった。彼は土下座する眼帯の男を、冷たく見下ろしている。
「何度言わせる気だ、ドノバン。お前んとこのスラム街に出た巨大ネズミ(ジャイアント・ラット)の討伐なんて、誰も受けやしねえよ。奴らは狂犬病やペストみてえな致死性の疫病を持ってるんだぞ」
「だ、だが、このままじゃスラムの女子供が全滅しちまう! 俺のなけなしの全財産、銀貨1枚を報酬にする! だから誰か……!」
「銀貨1枚で疫病の危険を冒す馬鹿がいるかよ。最低でも銀貨30枚(約30万円)は積んで、Bランク以上の魔法使いを雇わなきゃ無理な案件だ。スラムの連中なんて、放っておけば適当に間引かれて丁度いいだろ?」
「てめぇっ……!」
職員の心無い言葉に、眼帯の男ドノバンが怒りで立ち上がろうとするが、傷ついた体は限界なのか、再び床に崩れ落ちてしまった。
周囲の冒険者たちも、「かわいそうだが、割に合わねえ」「スラムのドブネズミ駆除なんて、命を捨てるようなもんだ」と目を逸らしている。
――俺の脳内で、パチリとスイッチが入った。
『スラムの連中なんて、放っておけば適当に間引かれて丁度いい』だと?
それは、俺が市役所の環境部時代に、市民の生活インフラ整備を予算不足を理由に切り捨てようとした悪徳市議会議員が吐いたのと同じ、反吐が出る台詞だった。
害獣駆除と公衆衛生の維持は、自治体の最も基本的な業務である。それを『金がないから』という理由で見捨てるなど、行政の怠慢以外の何物でもない。
さらに、俺の脳内ライブラリから、Bunkoid版『絶対にすべらない!合コンでの必勝会話術100選』の第12章のテキストがポップアップした。
――【男の価値は、部下や立場の弱い者への態度で決まる。打算なく弱者を助ける男の背中に、女性は『無償の愛』を感じてときめくのだ】。
なるほど。
ここで俺が、誰の利益にもならないこの悲惨な案件を涼しい顔で引き受ければ。
受付嬢の目には、俺が『利益を度外視して弱者を救う、圧倒的に気高い騎士』として映るに違いない。
「……話は聞かせてもらった」
俺はスッと歩み出ると、土下座して泣いている眼帯の男ドノバンの前に立ち、中指で眼鏡をクイッと押し上げた。
「その『ジャイアント・ラット駆除』の案件。我々、アニキ一家(仮称)が受注しよう」
「なっ……!?」
ギルド中がどよめいた。
胡散臭い職員が、怯えながらも信じられないものを見る目で俺を指さす。
「ア、アニキ!? あんた本気か!? 相手はただのネズミじゃねえ、大型犬ほどのサイズがある魔物だぞ! しかも触れただけで致死性の疫病をもらうんだ。魔法も使えねえアンタの班じゃ、文字通り全滅――」
「疫病? ああ、公衆衛生の基本がなっていないからそうなる。だが案ずるな。我が班には、完璧な『安全衛生管理マニュアル』が存在する」
俺は女神の『病気にかからない身体』を確信しつつ、不敵に笑って見せた。
だが、ただボランティアで受けるほど、俺はお人好しではない。ここはきっちりとネゴシエーション(条件交渉)を行う。
「ただし。報酬が銀貨1枚という規定を下回る以上、ギルド側には特別措置を要求する。この依頼で得たジャイアント・ラットの素材――毛皮、肉、魔石など、一切の所有権を『100%』我が班に帰属させると一筆書け。さらに、ギルドが規定する仲介手数料は免除。実質的な『民間委託の公共事業』として処理しろ」
「そ、そんな無茶苦茶な条件……!」
「飲めないなら、領主の監査局に『ギルドが特定地域の公衆衛生(疫病)を放置し、バイオハザードを引き起こそうとしている』と告発状を出すが?」
「ひぃぃぃっ!! わ、わかった! 全部アンタの条件通りにする! だから監査局だけは勘弁してくれぇぇ!」
泣き叫ぶ職員から契約書(合意書)をひったくり、俺はそれにサインを書き込んだ。
これで、ネズミの毛皮などを売却すれば、銀貨数枚の利益は確実に出る。行政としての責務を果たしつつ、ちゃっかり利益も上げる。完璧な『指定管理者制度』の応用だ。
「ほ、本当なのか……?」
足元で、眼帯の男ドノバンが震える声で俺を見上げていた。
俺はモテ指南書通りに、女性(受付嬢)から最も魅力的に見える角度――斜め45度からの『慈愛に満ちた微笑み』を、彼に向けて放った。
「安心しろ。スラムの住民(市民)の生活は、俺が守ってやる。さあ、案内してくれ」
その瞬間。
ドノバンの残っていた右目から、滝のような涙が噴き出した。
「うぉぉぉぉぉぉん!! あんた、まるで神様だ! 俺たちみたいなスラムのゴミクズの命を、一文の得にもならねえのに救ってくれるなんて……っ! あんたこそ、真の『兄貴』だぁぁぁっ!!」
ドノバンは俺の足首にガシッと抱きつき、その厳つい顔を俺の清潔な作業着のズボンに擦り付けて号泣し始めた。
「ちょ、やめ、汚い。鼻水を服につけるな」
「アニキィ! 俺たちも命を張ってついていきやすぜ!」
「スラムの平和は、俺たち一家で守り抜きましょうぞ!」
ガルドたち三人も、ドノバンの男泣きにもらい泣きし、「うぉぉん!」と熱い抱擁の輪に加わってきた。
またしても俺を中心に、むさ苦しい男四人が涙を流して絡み合うという、地獄のようなカオス空間がギルドの中心に出来上がってしまった。
違う。
俺はただ、可愛い受付嬢に『優しい騎士』としてアピールしたかっただけなのに。
カウンターの奥をチラリと見ると、受付嬢は「スラムの裏ボス(ドノバン)すらも、たった一言で屈服(心酔)させて傘下に収めた……!」と勘違いし、完全に恐怖で顔を青ざめさせてガタガタと震え上がっていた。
俺のモテテク誤爆による『むさ苦しい舎弟の増殖』は、とどまる所を知らない。
だが、受けてしまった以上はやるしかない。俺は男たちの抱擁を振りほどき、メガネの奥で鋭い光を放ちながら、異世界初の『大規模害獣駆除プロジェクト』へと足を踏み出すのだった。
皆様からのご意見・ご感想をお聞かせください。
誤字脱字もあればお知らせ頂くと嬉しいです。




