第23話:ポンコツ女神のテコ入れ(神託)と、身に覚えのない不審物(スパム)の破棄
第23話:ポンコツ女神のテコ入れ(神託)と、身に覚えのない不審物の破棄
雲海が果てしなく広がる、荘厳にして清浄なる天界。
大理石の柱が立ち並ぶ神殿の奥深くで、一柱の女神が、下界の様子を映し出す『天界の水晶玉』を覗き込みながら、飲んでいた神聖なネクター(果汁100%)を盛大に噴き出していた。
「……はぁっ!? ちょっと、なんなのコレ!?」
光の輪を頭に戴き、純白のドレスを身に纏ったその女神こそ、かつて過労死した市役所の環境部職員を、このファンタジー世界へと転移させた張本人であった。
女神は水晶玉に顔を押し付け、信じられないものを見るように目を白黒させている。
水晶玉の中に映っているのは、昨夜のグーテン街の冒険者ギルド。
五十人を超える筋骨隆々のむさ苦しい男たち(半裸)が、汗と涙を撒き散らしながら、一人のインテリ眼鏡の男を熱狂的に胴上げしているという、暑苦しさ極まりない地獄の光景だった。
「ど、どういうこと……? あいつ、ただの地味な公務員だったわよね!?」
女神は慌てて、手元のバインダー(天界の転生者管理台帳)をパラパラと捲った。
あの日、適当に転移させた男。
チート能力なんて与えるのはもったいないからと、女神が彼に付与したのは、ファンタジー世界においては限りなくゴミに近い、たった三つのハズレスキルだったはずだ。
一つ目は、『病気にかからない身体』。
どんな致死のウイルスにも感染せず、服に汚れもつかないという、ただの衛生管理スキル。
二つ目は、『反威圧』。
相手の放つ殺気や威圧感を無効化するだけで、自分自身の攻撃力は1ミリも上がらないという、完全な防御特化スキル。
そして三つ目は、『読み書き』。
異世界の言語を読み、文字を書くことができるだけの、ただの一般教養(事務員専用)スキルである。
「そうよ! 魔法適性もゼロにしてやったし、剣の才能もナシ! ただ健康で、プレッシャーに強くて、書類が読めるだけの一般人よ! 適当にドブ掃除でもして、モブキャラとして細々と生きていくはずだったのに……っ!」
女神が絶叫しながら水晶玉の『録画データ』を巻き戻すと、そこにはさらに信じられない映像が記録されていた。
街の裏社会の顔役を、労働基準法とコストカットで屈服させる姿。
街の最高戦力であるBランク冒険者(双牙)を、中間管理職へのメンタルケアで大号泣させ、完全な舎弟へとジョブチェンジさせる姿。
街長を『環境アセスメントの不備』で理詰めにし、悪徳領主の城に国税庁レベルの監査をチラつかせて五億円(金貨五千枚)をむしり取る姿。
極め付けは、世界を滅ぼす神話の古竜に対し、バインダーで鼻先をひっぱたきながら「騒音公害だ」と説教し、損害賠償の書類(読み書きスキルが遺憾無く発揮されたフォーマット)にサインさせて帰らせるという、もはや神の奇跡すら超越した『究極のお役所対応』の光景だった。
「なんで……なんでファンタジー世界が、ゴリゴリの行政手続き(ロジック)で制圧されてんのよぉぉぉっ!?」
女神は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
そして、水晶玉の隅のほうで、そんなアニキの姿を拝んでいる可愛いエルフ(エララ)や受付嬢の姿を見つけ、ハッとした。
「そ、そうよ! あいつ、転生する時に『可愛い女の子に囲まれて、チヤホヤされるハーレム・ライフを送りたい』ってキモいこと言ってたわ! もしかして、あの可愛い子たちはあいつの恋人に……!」
女神は急いで、水晶玉の『音声受信ボリューム』を最大まで引き上げた。
すると、天界の神殿に、エララたちの透き通るような清らかな声が響き渡った。
『ああ……アニキパパ、今日も五十人の手のかかる子供たちのお世話をして……なんて尊いシングルファザーなのかしら……』
『私たちは一生、お野菜を差し入れするご近所さんとして、遠くからパパを応援しましょうね!』
「…………」
女神は、スッと真顔になった。
完全に、1ミリの例外もなく『恋愛対象外(保護者枠)』として固定されている。
「だ、ダメよ!! このままだと、私の『異世界ハーレム斡旋の女神』としての評価がガタ落ちしちゃう! なんとかして、あいつの周辺に『恋愛フラグ』を強制的に立てなきゃ!!」
女神は慌てて神殿の宝物庫から、天界の国宝である『キューピッドの桃色封筒』を取り出した。
これは、開封した者の前にいる異性を、問答無用で運命の恋に落とすというSSR(超激レア)の神聖アイテムである。
「よし! これを朝一番に、あいつのデスクに『神託』としてダイレクト投下してやるわ! これを使って受付嬢でも口説きなさい、この朴念仁!!」
女神は水晶玉越しに、強烈な神力と共にその桃色封筒を下界へと射出した。
*
翌朝。グーテン街、アニキ一家の現地対策本部・二階執務室。
「……ふう。昨夜は酷い目に遭った。作業着は汚れていないが、精神的な疲労が限界だ」
俺はマイ水筒の白湯を啜りながら、静かな執務室でため息を吐いていた。
窓の外では、五十人の屈強な舎弟たちが、ゼノとガルドの号令のもとで「いち、に、さん、し!」と元気にラジオ体操(俺が教えた)をしている。すっかり健康的なゼネコンの朝の風景である。
「さて、今日の業務を始めるか」
俺がバインダーを開こうとデスクに向かった、その時だ。
ピシャァァァァァァァァンッ!!!
突如、執務室の天井を突き破るように、眩い黄金の光の柱が降り注いだ。
「な、なんだ!?」
光が収まった後、俺のデスクのど真ん中には、見慣れない『ハートのシーリングスタンプで封をされた、ショッキングピンクの怪しい封筒』がポツンと置かれていた。
封筒からは、甘ったるい香水の匂いがプンプンと漂い、表面には謎の言語(神聖文字)で『選ばれし英雄へ。これを開けば、永遠の愛が――』というようなポエムが光り輝きながら浮かび上がっている。
俺は、中指で眼鏡をクイッと押し上げた。
そして、一切の感情を排した冷徹な『公務員の眼』で、そのピンクの封筒を観察した。
(……差出人不明。事前の届け出もない、空間転移魔法(不法侵入)による無断投函。さらには、中身を過剰に煽る甘いキャッチコピーと、謎の化学薬品(香水)の匂い……)
俺の脳内で、市役所時代に市民向けに作成した『特殊詐欺および悪徳商法対策マニュアル』のページが開かれた。
(間違いない。これは典型的な『送り付け商法』、あるいは悪質な『フィッシング詐欺のダイレクトメール(スパム)』だ!)
最近、ソノママゾンを騙った不審なメールや、頼んでもいない健康食品が勝手に送りつけられてくる事案が多発しているというニュースを思い出す。
異世界にも、こういう悪徳業者が存在するのか。俺が領主から五億円を勝ち取ったという噂を聞きつけて、一攫千金を狙って不審物を送りつけてきたに違いない。
「全く。情報リテラシーの低い冒険者なら、うっかり開けて騙されてしまうところだぞ」
俺は決して素手でその封筒に触れることはしなかった。
引き出しからドワーフ製の『金属トング』と『防毒マスク』を取り出して装着し、ピンクの封筒をトングで慎重につまみ上げた。
「差出人が不明な以上、受取拒否の返送もできない。となれば、二次被害を防ぐための適切な事務処理(焼却処分)が必要だな」
俺はトングで封筒を挟んだまま一階に降り、対策本部の裏庭に設置してある『機密文書廃棄用・高温焼却炉(魔石駆動)』の蓋をガコンと開けた。
そして、天界の国宝であるSSRアイテムを、躊躇いも、未練も、一ミリの感情も交えることなく――ポイッと炉の中へ放り込んだ。
ボワァァァァァァァァンッ!!
焼却炉の中で、桃色の封筒は「ピュイィィィィン……」という哀愁漂う魔法の悲鳴を上げながら、一瞬にしてただの灰と化した。
「よし。これで情報漏洩と詐欺の危険は去った。後で朝礼の時に、ガルドたちにも『身に覚えのない不審な手紙は絶対に開けずに廃棄しろ』と注意喚起(コンプライアンス研修)をしておかなければな」
俺はトングを洗い、満足げに白湯を啜って執務室へと戻っていった。
*
「あァァァァァァァァァァァッ!!?」
同じ頃、天界の神殿。
水晶玉でその一部始終を見ていたポンコツ女神は、頭を抱えて神殿の床をのたうち回っていた。
「私の……天界の国宝(SSR)がぁぁぁっ! スパム扱いされて、トングで摘まれて焼却炉に捨てられたぁぁぁっ!?」
女神は涙目で水晶玉を叩いた。
「なんなのあいつ! 警戒心が高すぎるっていうか、発想が完全に『お役所の防犯担当』じゃない!! 少しはファンタジーのロマン(奇跡)を信じなさいよ!!」
どんなに強力な運命のアイテム(テコ入れ)を投下しても、彼の手にかかればすべて『特定商取引法違反』や『不審物』として事務的に処理されてしまう。
これでは、天界からどんな奇跡を起こしても、彼に恋愛フラグを立てることなど永久に不可能なのだ。
「……もう、知らない。あいつは一生、筋肉ダルマのパパとして生きていけばいいのよ……」
女神は完全に匙を投げ、今度こそ水晶玉の電源をバチンと切り、不貞腐れて毛布を被って寝てしまった。
下界で、俺の輝かしい『モテ異世界ライフ』を救うための最後にして最大のチャンス(神の奇跡)が、俺自身の完璧な『リスク管理(事務処理)』によって文字通り灰燼に帰したことなど、俺が知る由もなかった。
今日もまた、五十人のむさ苦しい舎弟たちに囲まれた、俺の平和で安全な『現場監督』としての日常が始まろうとしていた。
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