第22話:街を救った大宴会と、地獄の男祭り(胴上げ)
第22話:街を救った大宴会と、地獄の男祭り(胴上げ)
「アニキ一家に!! そして我らが偉大なるパパに、乾杯ィィィィッ!!」
「「「カンパァァァァァァァァイッ!!!」」」
その夜。グーテン街の冒険者ギルドは、かつてないほどの熱狂と喧騒に包まれていた。
街を滅亡の危機から救い、あまつさえ神話の古竜と「対話(クレーム処理)」を行って平穏をもたらした俺たちは、今や全市民から英雄として祭り上げられていた。
領主からふんだくった五億円(金貨五千枚)の一部を惜しげもなく放出し、ギルドを丸ごと貸し切っての特大の祝勝会である。
巨大なオークの丸焼き、エールの大樽、新鮮な野菜の山。
五十人の舎弟たちはもちろん、街の冒険者たちや市民までもが入り乱れ、飲めや歌えの大騒ぎを繰り広げている。
俺はといえば、主賓席である一番大きなテーブルの中央に座らされ、むさ苦しい男たちから次々と注がれる酒(俺のグラスだけは、なぜか胃腸を気遣って温かい白湯にされている)を無表情で啜っていた。
(……うるさい。労働基準法で定められた就業時間はとうに過ぎているというのに、なぜ俺はこんなむさ苦しいオッサンたちの接待(飲み会)に付き合わされているんだ)
俺は中指で眼鏡を押し上げ、熱気と汗の匂いが充満する空間にため息を吐いた。
だが、この宴会にはたった一つだけ、俺にとっての『最大の業務目標』が存在した。
俺の視線の先。カウンターの隅のほうで、受付嬢のクロエと魔法使いのエララちゃんが、楽しそうに果実水を飲んで談笑している。
(ここだ。今夜こそ、俺の異世界モテ・ライフの集大成を見せる時だ)
俺の脳内ライブラリで、ソノママゾンで購入した『Bunkoid版・絶対にすべらない!合コンでの必勝会話術100選』の最終章(第100章)が、黄金の光を放って展開された。
――【大勢の飲み会の席こそ、最大のチャンスである。周囲が盛り上がっている最中、意中の女性の隣にスッと移動し、『みんなには内緒だけど、少し抜け出さないか?』と耳元で囁け。この『二人だけの秘密』と『特別感』が、女性を確実に恋に落とす最強の魔法となる】。
完璧だ。
街の英雄(俺)から、喧騒の中でコッソリと抜け出しの誘いを受ける。こんなロマンチックなシチュエーション、どんな女性でもイチコロに決まっている。
しかも今日の俺は、神話の古竜を退けたという圧倒的なステータスバフまで掛かっているのだ。
俺は周囲の男たちが酒飲み比べで盛り上がっている隙を突き、気配を殺して主賓席を抜け出した。
そして、クロエとエララちゃんの背後へと、大人の余裕に満ちた足取りで近づいていった。
「……やあ、二人とも。楽しんでいるかな」
俺がワントーン落とした甘い声で囁くと、二人は振り返り、俺を見るなりパァァッと顔を輝かせた。
「あっ、パパ! お疲れ様です!」
「アニキさん、今日は本当にありがとうございました! あの神話の古竜さんを説教する姿、すごくカッコよかったです!」
(よし、好感度は最高潮だ!)
俺はフッと涼しげに微笑み、カウンターに肘をついて、二人に顔を近づけた。
「ありがとう。でも……俺は少し、この騒がしい空気に疲れてしまってね。もしよかったら、この後、二人だけで……いや、君たちと俺とで、静かなテラス席にでも抜け出さ――」
「「アニキィィィィィィィィッ!!!」」
俺が最強の口説き文句を言い終わるより早く。
背後から、地響きのような野太い絶叫と共に、猛烈なアルコールと汗の匂いが突っ込んできた。
「ぶふっ!?」
振り返る間もなく、俺の体は屈強な太い腕によって、軽々と宙に持ち上げられた。
見れば、狂戦士のゼノと、巨漢のガルドである。彼らの目は完全に据わっており、感動の涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
「ア、アニキィ! こんな隅っこで一人で休んでるなんて水臭えですよ! 今日の主役はアニキでしょうが!!」
ガルドが、俺を肩車するようにして泣き叫ぶ。
「おいお前ら! 俺たちの親父が、寂しそうにしてるぞォォッ!!」
ゼノの号令一過。
ドカドカドカドカッ!!と、ギルド中の男たち(総勢百名以上)が、俺を囲むようにして凄まじい勢いで密集してきた。
孤高だったはずの魔法剣士シルヴェスターまでもが、ネクタイのように鉢巻きを頭に巻き、「アニキ! 私からの感謝の白湯を受け取ってください!」と完全に酔っ払って絡んでくる。
「ば、馬鹿野郎、下ろせ! 俺は今、極めて重要な交渉(口説き)の最中で――」
俺が必死に抗議しようとした、その時だ。
「ふふっ。パパったら、あんなに愛されて……」
カウンターの奥で、エララちゃんとクロエが、両手を合わせて『最高に尊いもの(家族愛)』を見るような、慈愛に満ちた眼差しで俺たちを見つめていた。
「ええ。子供たち(※平均年齢30代の筋骨隆々の冒険者たち)に囲まれて、本当に幸せそう。……エララちゃん、私たちは邪魔しちゃダメね。あの神聖な家族の絆(男祭り)を、遠くから見守りましょう」
「うんっ! 頑張れパパ! 明日は胃薬とキャベツ、差し入れしますからねー!」
二人は俺に向かって、極めて爽やかに、そして1000%の恋愛感情ゼロの笑顔で、手を振った。
違う。
助けてくれ。俺はそっち(むさ苦しい男の軍団)じゃなくて、君たち(可愛い女の子)と一緒に静かなテラスで――。
「そォォォォォレェェェェッ!!!」
「アニキ! アニキ! アニキ!」
俺の悲痛な叫びは、百人の男たちの地鳴りのような歓声に完全に掻き消された。
次の瞬間、俺の体は天井スレスレまで、勢いよく放り投げられた。
いわゆる『地獄の胴上げ』の始まりである。
「やめろォォォッ! 労働基準法違反だ! 俺の清潔な作業着に汗をつけるなァァッ!」
宙を舞いながら、俺は必死に抗議した。
しかし、俺が空中に放り投げられるたびに、眼下には「うぉぉぉん! アニキィィ!」と感動の涙を流す、暑苦しい筋肉の海が広がっている。
そこには、俺が夢見た『エルフや受付嬢に囲まれる甘酸っぱいハーレム』など微塵も存在しなかった。あるのはただ、男たちの強固すぎる忠誠心と、圧倒的なまでのパパ(現場監督)としての威厳だけ。
(……ソノママゾン……絶対に許さない……ッ!!)
俺は天井のシャンデリアにぶつかりそうになりながら、異世界に蔓延る『情報商材(モテ指南書)』の悪質さを呪った。
こうして。
グーテン街を救い、古竜すら屈服させた偉大なる英雄は一切の女性とフラグを立てることなく、むさ苦しい男たちの汗と涙の匂いに包まれながら、夜が明けるまで果てしない胴上げの刑に処され続けるのだった。
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