第20話:悪徳領主への『災害復旧補助金』請求と、5億円(食費)で確定する永遠のシングルファザー
第20話:悪徳領主への『災害復旧補助金』請求と、5億円(食費)で確定する永遠のシングルファザー
未曾有の大規模災害が、一人の死傷者も出すことなく鎮圧されてから一夜が明けた。
グーテン街は今、かつてないほどの熱狂と歓喜に包まれていた。
街の広場や酒場では、夜通しで勝利の宴が開かれ、市民たちは口々に「アニキ一家」と「偉大なるパパ」の武勇伝を語り合っている。
そんなお祭り騒ぎの中、俺は『現地対策本部』の執務室にこもり、ただひたすらに書類の山と格闘していた。
昨夜、血と泥にまみれた五十人のむさ苦しい男たちから「地獄の胴上げ」をされたにもかかわらず、俺の着ている作業着は『病気にかからない身体』の防汚バリアのおかげで、完璧な清潔さを保っている。
「……よし。バリケードに使用した木材の減価償却費と、ポーションの経費精算はこれで終わったな」
俺がバインダーにチェックを入れていると、一階のロビーから凄まじい怒声が響いてきた。
「ええい、どけ薄汚い冒険者ども! このグーテン街を治める領主、ウォルド伯爵様のお通りであるぞ!!」
バンッ!と建物の扉が乱暴に開かれ、金属鎧をガチャガチャと鳴らす近衛騎士たちに守られながら、豪奢なマントを羽織った恰幅の良い貴族――領主ウォルドが土足で踏み込んでくる気配がした。
俺はため息をつき、バインダーと『一枚の分厚い書類』を持って、一階へと降りていった。
ロビーでは、ガルドやゼノたち五十人の舎弟たちが、武器こそ抜いていないものの、領主の騎士たちを完全に包囲し、一触即発の凄まじい殺気を放っていた。
「アニキ! こいつら、いきなり土足で上がり込んできやがったんでさぁ。つまみ出しますか?」
ガルドが親指で首を掻っ切るジェスチャーをする。
「待て。相手は(一応)この県のトップだ。暴力沙汰を起こせば、公務執行妨害でこちらの分が悪くなる」
俺が冷静に部下を制止して前に出ると、領主ウォルドは俺の作業着姿を鼻で笑い、傲慢な態度で顎をしゃくった。
「ふん。貴様が、昨夜の魔物騒ぎを運良く鎮めたという『アニキ』か。街長から報告は受けている。全く、我が領地の治安を脅かすとは、魔物どもも忌々しい。だが安心しろ、貴様ら平民の働きには、この領主自ら『銅貨十枚』の特別報奨金を出してやろう。これでこの件は手打ちだ。これ以上、街で勝手な自警団の真似事をするなら反逆罪とみなすぞ」
領主の言葉に、ゼノやシルヴェスターの顔が怒りで夜叉のように歪んだ。
自分たちのずさんな乱開発で街を滅ぼしかけておいて、責任を取るどころか、はした金で事態を揉み消し、俺たちの功績すら横取りしようというのだ。
「てめぇ……! 俺たちのアニキを愚弄するか!!」
ゼノがキレて殴りかかろうとした瞬間、領主の護衛である近衛騎士長が前に進み出た。
「黙れ下民! 伯爵様への不敬は万死に値する!」
騎士長が剣を半ばまで引き抜き、上位騎士特有の鋭利な『殺気(威圧)』を俺の眉間へと放ってきた。並の人間なら、そのプレッシャーだけで土下座して命乞いをするだろう。
だが。俺の『反威圧』は、そんなファンタジーの殺気など、一ミリの価値もないただの『空気の振動』として完全スルーする。
「……静かにしていただきたい。ここは対策本部(お役所)の窓口です。大声を出すならお引き取りを」
俺は瞬き一つせず、感情の全くこもっていない事務的な声で言い放った。
騎士長は、自分の最大の威圧が完全に無視されたことに驚愕し、「なっ……こいつ、私の覇気を浴びてなぜ平然と……!?」と剣を抜いた姿勢のままフリーズしてしまった。
俺は完全にペースを握ったことを確信し、領主ウォルドの目の前に、持ってきた分厚い書類を『ドンッ!』と叩きつけた。
「……な、なんだこれは?」
「『災害復旧補助金』および『損害賠償請求書』の申請用紙です」
俺は中指で眼鏡を押し上げ、冷酷な監査官の目で領主を射抜いた。
「今回のスタンピードは、東の森における環境アセスメントを無視した違法な乱開発が原因であることは、すでに複数の斥候の証言により裏付けが取れています。つまり、これは自然災害ではなく、領主の行政過失による『人災』だ」
「な、なにを馬鹿な! 証拠があるのか!」
「ええ。森の伐採業者への不透明な資金の動き(裏帳簿)は、我が班のザックが昨夜のうちに土建ギルドから『回収』済みです」
俺がチラリと視線を向けると、シーフのザックが「へへっ、斥候の腕の見せ所でさぁ」と、裏帳簿の束を揺らして見せた。
「さて、領主様」
俺はバインダーを叩き、淡々と数字を読み上げた。
「街の防衛にかかった資材費、冒険者の危険手当、事後処理の清掃費、および市民の精神的苦痛に対する慰謝料。すべて合わせて『金貨五千枚(約5億円)』になります。直ちにこの請求書にサインし、支払いを実行してください」
「き、きんかごせんまいだと!? ふざけるな! たかが平民の命にそんな額が払えるか! もし払わないと言ったらどうする!」
領主が顔を真っ赤にして唾を飛ばすが、俺は全く動じない。
「払わないのであれば、この裏帳簿と、環境破壊による人災の証拠をすべて添えて、王都の『中央監査局(国税庁)』に告発状を提出するだけです。……王家の監査が入れば、補助金の出し渋りどころか、あなたの領地没収と爵位剥奪は免れないでしょうが。さて、どちらを選びますか?」
俺の口から放たれた、極めて現実的で、逃げ場のない『法務の刃』。
領主ウォルドの顔から、一瞬にしてすべての血の気が引いた。彼は膝をガクガクと震わせ、俺の無機質なインテリ眼鏡の奥底に『絶対に逆らってはいけない、深淵の怪物』を見たかのように後ずさった。
「わ、わかった……! 払う! 払うから、告発状だけは勘弁してくれぇぇっ!!」
領主は泣き叫びながら、震える手で請求書にサインを書き殴り、近衛騎士たちを引き連れて、文字通り逃げるように対策本部から去っていった。
圧倒的勝利(満額回答)である。
「す、すげえ……!!」
沈黙していたロビーで、レオンが震える声で呟いた。
「あの、泣く子も黙る悪徳領主を……剣も魔法も使わず、ただの『書類』と『言葉』だけで、完全にねじ伏せて五億円をふんだくったぞ……!!」
「これが、アニキの真の力……。法と理で相手の息の根を止める、究極の支配……ッ!!」
シルヴェスターが戦慄し、ゼノやガルドたちも「おおおおっ!!」と地鳴りのような歓声を上げた。
(ふふっ。見たか、この圧倒的な交渉力と経済力。これで街の復興資金も確保できたし、俺の『デキる男』としてのアピールも最高潮に達したはずだ)
俺の脳内ライブラリには、ソノママゾンで購入した『Bunkoid版・絶対にすべらない!合コンでの必勝会話術100選』の第80章のテキストが輝いていた。
――【女性は、圧倒的な経済力と庇護の力を持つ男に、将来の『安心感』を抱いてオチる。トラブルを金の力と権力でスマートに解決し、頼れる大黒柱であることをアピールせよ】。
今度こそ決まった。
俺はこの五億円(金貨五千枚)という圧倒的な経済力で、ギルドの受付嬢クロエか、魔法使いのエララちゃんに『絶対的な安心感』を提供できる『究極のアルファオス』となったのだ。
ちょうどその時、対策本部の扉が開き、クロエとエララちゃんが、大きなバスケットを抱えて入ってきた。
「アニキさーん! みなさーん! ギルドの女性陣から、差し入れのスープと焼きたてのパンを持ってきましたよー!」
チャンスだ。
俺は五十人の男たちを掻き分け、一番に彼女たちの前に進み出た。そして、手に入れたばかりの『金貨五千枚の確約書』をチラリと見せながら、大人の余裕に満ちた甘い声で囁いた。
「ありがとう、エララ君、クロエ君。……実は先ほど、領主から街の復興資金として莫大な慰謝料を勝ち取ったところでね。これで君たちの生活も、俺が完璧に保証してやれる。どうかな、今夜はこの勝利を祝って、一番いいレストランで――」
「まあっ! 五億円ですか!?」
エララちゃんが目を輝かせ、俺の手を両手でギュッと握りしめた。
(よし! 落ちた!!)
俺が勝利を確信した、次の瞬間。
「よかったです、アニキさん……ううん、パパ!! これで、五十人の育ち盛りの子供たち(※ガルドたち)の『食費』と『教育費』に頭を悩ませなくて済みますね!!」
「えっ」
「私たち、パパが毎日毎日、五十人の男たちの食事の栄養バランス(ベジファースト)や、装備のやりくりで苦労しているのを見て、胸が痛かったんです!」
クロエも、感動の涙を拭いながら深く頷いた。
「でも、五億円あれば、この子たちに毎日お腹いっぱいお肉を食べさせてあげられます! さすがは、この街で一番偉大な大黒柱です!!」
「え、いや、生活を保証するというのは、君たちのこと(恋愛的な意味)で……」
「私たちも、近所のオバチャンとして、お裾分けのお野菜をいっぱい持ってきますからね! さあガルドさん、ゼノさん、手洗いうがいをしてから、スープを飲んでくださいね!」
エララちゃんとクロエは、俺の甘い誘いを『1000%の善意』で完全にスルーし、まるで保育園の先生のように、血だらけの五十人の男たちにスープを配り始めてしまった。
「うぉぉぉぉん! パパ(アニキ)が俺たちのために、領主から五億円もの食費を勝ち取ってくれたんだァァッ!!」
「エララの姉ちゃん、俺にもスープおかわり!!」
男たちが歓声を上げ、女性陣が笑顔でそれを世話する。
そこにあるのは、街を救った偉大なる『家長』と、その巨大すぎる家族を温かく見守る『ご近所さん』たちの、完璧で神聖なヒューマンドラマの光景だった。
俺の入る隙(恋愛フラグ)など、異世界のどこを探しても、もう一ミリも残されてはいない。
「……ソノママゾンのカスタマーレビュー、星1に変更しておこう……」
俺は、莫大な財産と、街のトップ(裏の支配者)という最強の地位を手に入れながら。
ただ静かに、マイ水筒の白湯を啜り、五十人のむさ苦しいオッサンたちに「こぼさずに食え」と事務的な小言を言い続けるのだった。
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