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『魔法適性ゼロのインテリ眼鏡(元・市役所職員)、異世界ギルドの労働環境を改善して最強の「兄貴」になる。』  作者: げりっぱ


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第2話:異世界のハローワークは、労働基準法違反と優越的地位の濫用の温床でした

第2話:異世界のハローワークは、労働基準法違反と優越的地位の濫用の温床でした


道行く人々の会話や、露店の看板に書かれた文字から情報を収集し、俺の脳内エクセルは現在地の状況を素早くマッピングしていた。

女神から与えられた『読み書き』のスキルは、言語の壁という最大のバグを完璧に解消してくれている。どうやらここは『グーテン街』という名称の自治体らしい。

行政区分としては、上から順に『国>領>市>街>村』となっているようだが、人口規模やインフラの整備状況、商業の活気を見るに、日本でいうところの「市」に該当する地方都市レベルだ。

俺の脳内コンパイラが異世界のシステムを現実のそれに翻訳していく。『領』が日本でいう『県』であり、領主が『県知事』。だとすれば、このグーテン街には『市長』に相当する代官や街長がいるはずだ。

よし、大枠の行政システムは理解した。住民税の徴収システムやゴミの収集区分はおいおい調べていくとしよう。


そうして街のメインストリートを歩き、辿り着いたのが、中央広場に面したひときわ巨大な木造建築――『冒険者ギルド』だ。

市の委託を受けた民間ハローワーク兼、土木・害獣駆除の請負業者といったところか。就職活動の第一歩としては妥当な窓口である。

俺は作業着の襟を正し、重厚な木扉を押し開けた。

その瞬間、むせ返るような酒と汗、そして微かな血の匂いが鼻を突いた。


「……換気扇は回っていないのか。建築物環境衛生管理基準に完全に抵触しているな」


昼間だというのに、薄暗い室内では武装した荒くれ者たちがジョッキを煽り、あちこちで怒声が飛び交っている。市役所の待合室とは比べ物にならない劣悪な環境だ。分煙という概念すらないらしい。


「おいコラァ! その依頼は俺たちが先に見つけたんだよ!」

「あぁん? Fランクの雑魚が舐めた口きいてんじゃねえぞ!!」


運悪く、入り口のすぐ近くで大柄な剣士と、顔中傷だらけの傭兵風の男が胸ぐらを掴み合い、一触即発の喧嘩を始めていた。周囲の冒険者たちも止めるどころか「やっちまえ!」「頭カチ割れ!」と囃し立てている。

場には強烈な殺気と、暴力への期待が充満していた。一般市民なら震え上がって逃げ出すか、その場で腰を抜かすような空気だ。

しかし、俺の足は止まらなかった。

脳裏をよぎったのは、『ソノママゾン』のBunkoid版で購入した恋愛指南書『モテる男の心理術 第3章:非日常での振る舞い』の一節である。

――【気になる女性の前では、どんなトラブルが起きても決して取り乱さず、余裕のある態度で接すべし。その圧倒的な落ち着きに、女性は『頼りがい』を感じて惹かれるのだ】。


そう、俺の視線は喧嘩しているむさ苦しい男たちなどには向いていなかった。

カウンターの奥で、「ひぃっ、また備品が壊される……」とオロオロしている、可愛らしい金髪の受付嬢にのみロックオンされていたのだ。


「どけェ!!」


傭兵の男が、対戦相手の大柄な剣士を力任せにぶん投げた。

宙を舞った巨体が、一直線に俺の顔面へと飛んでくる。


「……おっと」


俺は歩みを止めることなく、飛んできた男の巨体を最小限の動きでヒラリと躱した。

そのまま女神から貰った地味スキル『反威圧』により、場に充満する強烈な殺気やプレッシャーを『そよ風』のようにスルーしながら、喧嘩のど真ん中を一直線に横切る。

床に転がった男の腕を跨ぎ、飛び散ったビールの飛沫を避け、俺は怯える受付嬢の目の前まで静かに辿り着いた。

そして、鏡の前で百回は練習した『知的で余裕のある微笑み』を浮かべ、ワントーン低くした声で話しかけた。


「こんにちは。新規の求職登録と、本日の日雇い業務の紹介をお願いしたいんですが。できれば、あなたのような素敵な方が担当だと、モチベーションが上がって嬉しいです」


完璧だ。俺の脳内ではファンファーレが鳴り響いていた。

荒れ狂う暴力の空間でただ一人、紳士的な態度を崩さない知的(眼鏡)な男。ギャップ萌えと包容力の合わせ技である。これで連絡先の交換は固い。

しかし、受付嬢は顔を引きつらせていた。彼女の視線は俺の顔ではなく、俺の背後を見てガタガタと震えている。

不思議に思って振り返ると、さっきまで乱闘騒ぎを起こしていたはずの荒くれ者たちが、全員息を呑んで俺を凝視していた。


「お、おい見ろよ……いまアイツ、血狂いガルドの投げた巨体を、瞬き一つせずに躱しやがったぞ……」

「しかもこの殺気立ってるド真ん中を、無防備に歩いてきやがった……尋常じゃねえ胆力だ」

「背中に一切の隙がねえ……もし俺がいま背後から斬りかかってたら、逆に首を落とされてたのは俺の方だ……!」


――誰も斬らないし、隙だらけのただの元・公務員なのだが。

どうやら『反威圧』のノーリアクションぶりが、彼らの目には『底知れぬ実力者の余裕』として映ってしまったらしい。

静まり返るギルド。そんな中、隣の受付カウンターから、いかにも胡散臭い身なりのギルド職員が、先ほど投げ飛ばされていた大柄な剣士に向かって声を荒らげた。


「おいガルド! お前、また喧嘩で机を壊したな! 損害賠償として銀貨2枚だ! 手持ちがねえなら、この『毒沼のヘドロ・スライム討伐(報酬:銅貨5枚)』の依頼書に手形を押せ!」

「うぅ……字が読めねえからわかんねえけど、銅貨5枚じゃ宿にも泊まれねえ……。でも、押すしか……」


大剣使いのガルドという男は、熊のような巨体を丸め、泣きそうな顔で朱肉に親指を押し当てようとしていた。

俺は即座に横から手を伸ばし、その羊皮紙をサッと抜き取った。

可愛い受付嬢の目の前で『頼りになる男』をアピールする絶好のチャンスである。俺は中指で眼鏡をクイッと押し上げ、女神のチート『読み書き』をフル稼働させた。


「ちょっと待ってください。この契約書、第4項に『業務中の怪我・病気に関する治療費は全額自己負担とする』とありますね。さらに第5項、『討伐素材の所有権はギルドに帰属し、冒険者への還元率は0%』。……典型的な優越的地位の濫用、および労働安全衛生法違反のブラック契約です。労働基準監督署が黙っていませんよ」

「あぁん!? なんだてめえは! 見ない顔だが、文字が読めるからってインテリぶってんじゃねえぞ!」


凄んでくる胡散臭い職員。普通の人間なら萎縮するほどの威圧感らしいが、俺の『反威圧』の前には、市役所の窓口で「お前の給料は俺たちの税金から出てるんだぞ!」と怒鳴ってくる市民以下のそよ風でしかない。


「インテリぶってはいません。ただの事実確認です。そもそも備品の損害と業務の受発注は別問題として処理すべきであり、立場の弱みに漬け込んで不当な利益搾取を行う契約は無効を主張できます。クーリング・オフの適用期間内だ」

「なっ、なんだその『ロウドウキジュンホウ』とか『クーリング・オフ』っていう呪文は……! だ、大体この依頼は誰かがやらなきゃならねえんだよ!」

「であれば、適切な危険手当と労災保険を上乗せして再提示しなさい。本件は保留とします。稟議を通してから出直してこい」


淡々と、しかし毅然と。環境部のクレーム対応で鍛え上げられた冷徹な事務対応で一刀両断すると、職員は「ひっ」と短い悲鳴を上げた。

周囲の冒険者たちが「聞いたか……あの男、古代の法術(クーリング・オフ)を無詠唱で……!」とザワつく中、職員は羊皮紙をひったくって逃げるように奥の部屋へ引っ込んでいった。


「あ、あの……助けてくれて、ありがとう、ございます……」


隣で、熊のような大男のガルドが、ポカンとした顔で俺を見下ろしていた。

ここでダメ押しだ。俺は『ソノママゾン』で買った指南書にあった『アクティブ・リスニング(傾聴・共感)』の技術を駆使し、彼に向かって最大限に優しく微笑みかけた。


「気にするな。君は何も悪くないさ。ただ少し、不器用なだけだろう? これからは、あんな不利な契約を結ぶ前に俺に相談するといい。君の身は、俺が守ってやる」


……よしっ! どうだ金髪の受付嬢さん!

悪徳職員から弱者を救い、包容力を見せつける完璧なコンボ。惚れただろう! さあ、俺に熱い視線を――。


「あ、兄貴ィィィィィィィィィッ!!!」


突如、鼓膜を破るような野太い咆哮がギルドに響き渡った。

見れば、大男のガルドが滝のような涙を流し、俺の手を両手で包み込んでいるではないか。


「俺みたいな字も読めねえ馬鹿のために……お偉い職員に盾突いてくれるなんて……! その上、俺の身を守ってくれるとまで……! うぉぉぉん! 一生、一生ついていきやす、兄貴ィィッ!!」

「えっ? いや、ちょっと。君は守備範囲外というか」

「皆も見たか!? この人が、今日から俺の兄貴だ!! おいあんた、俺の代わりに兄貴のギルド登録手続きを進めてくれ! 手数料の銀貨1枚は俺が払う!」

「は、はいぃっ! ただいま!」


ガルドの異常な剣幕に押され、金髪の受付嬢は俺と目を合わせることもなく、恐怖に引きつった顔で猛烈なスピードで書類にペンを走らせ始めた。

違う。

俺はお前に『兄貴』と呼ばれたいわけじゃない。俺はあの受付嬢とフラグを立てて、ゆくゆくは連絡先を交換したかっただけなんだ。

呆然とする俺をよそに、周囲の荒くれ者たちは「あの狂犬ガルドを一瞬で手懐けたぞ」「なんてカリスマ性だ」とどよめき、俺を見る目に明らかな『畏敬の念』が混ざり始めていた。


所持金、3銀貨。

異世界生活1日目。

俺は美少女の連絡先より先に、屈強な男の熱烈な忠誠心(激重)を手に入れてしまった。

皆様からのご意見・ご感想をお聞かせください。

誤字脱字もあればお知らせ頂くと嬉しいです。

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