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『魔法適性ゼロのインテリ眼鏡(元・市役所職員)、異世界ギルドの労働環境を改善して最強の「兄貴」になる。』  作者: げりっぱ


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第1話:異世界への異動発令には、魔王討伐という明確な業務目標(KPI)が存在しない

以前に書いていたものです。UPしたいと思います。

第1話:異世界への異動発令には、魔王討伐という明確な業務目標(KPI)が存在しない


「燃えるゴミの日に、燃えないゴミを出さないでください。この前も申し上げましたよね? こちらが先週の集積所の防犯カメラ映像と、本市が定める廃棄物処理法違反に関する条例の罰則規定になりますが。警察の方も交えて、これまでの不法投棄の件数と併せてもう少し詳しくお話ししましょうか?」


俺の28年の人生、その最も輝かしいはずの瞬間は、市役所の環境部第一窓口で訪れた。

カウンター越しにさんざん怒鳴り散らしていた理不尽な初老のクレーマー男性が、俺の用意した完璧な証拠(印刷済みのカラー写真)と、一切の感情を排した理詰めの前に顔を青ざめさせ、ついに膝を屈して「……すみませんでした」と深く頭を下げた、まさにその最中だった。


やった。完全勝利だ。

俺は心の中で小さくガッツポーズをした。公務員という職業は基本、市民のサンドバッグである。理不尽な要求に対し、ただひたすらに頭を下げるのが日常だ。しかし、明確なルール違反に対しては、こうして一切の妥協なく法規という名の刃を突きつけることができる。これこそが事務職の醍醐味だ。

この輝かしい成功体験を胸に、定時で上がって帰ろう。そして帰りの電車で、ソノママゾンで買った新しい電子書籍『絶対にすべらない!合コンでの必勝会話術100選』を再度熟読するのだ。

俺の頭の中は、すでに終業後の華やかな(予定の)プライベートへと切り替わっていた。

いや、輝かしい瞬間だったかどうかは、今となっては定かではない。

ただ、勝利の余韻に浸ろうとした次の瞬間、目の前が唐突に真っ白に発光し、強烈な目眩と共に俺の意識はホワイトアウトした。



次に目を開けた時、俺は神々しい大理石の宮殿のような場所に立っていた。

鼻を突くのは、市役所の古い絨毯の匂いでも、クレーマー男性の加齢臭でもなく、どこかフローラルで清浄なお香のような匂い。

手には、先ほどまで窓口で握りしめていた『ゴミ分別ガイドブック(令和8年度改訂版)』の束。服装は、動きやすさを重視した環境部の作業着と安全靴のままだ。


そして目の前には、空中にふわりと浮遊する、異常なほど顔立ちの整った美女が一人。

透き通るような白いドレス、背中に生えた光の羽。輝くような金髪。

誰がどう見ても、人間ではない『上位の存在』だ。

そんな神秘的な美女が、今まさに大きく口を開けて、無防備に「ふぁ〜あ」と長大な欠伸をしている姿がそこにあった。


「……あ。やっば」


美女は口元を手で覆うと、空中でピタッと硬直した。そして、あからさまに『やってしまった』という顔で俺を見下ろしている。


俺は作業着の胸ポケットから無意識にボールペンを取り出し、カチカチと芯を出し入れしながら、極めて冷静に声をかけた。

「あの、すみません。異動の辞令なら、人事課から最低でも一ヶ月前には事前の通達があるはずなんですが。ここはどこの部署ですか? それと、先ほどの市民の方への対応は、隣の席の佐藤くんが引き継いでくれていますか?」

俺が極めて事務的なトーンでそう尋ねると、美女は気まずそうに目を逸らし、わざとらしくコホンと咳払いをした。


「え、ええっと……ここは神界。私は女神よ。よくぞ参った、人間の子よ。お前は選ばれし勇者として、これから剣と魔法の世界へ生きたまま転移するのよ。さあ、私に感謝と祈りを捧げなさい」

「……はあ。いわゆる、異世界転移というやつですか」


俺は眼鏡の中央を中指でクイッと押し上げた。

同僚の若手職員が、よく昼休憩中にそんなWeb小説の話を熱く語っていたのを思い出す。トラックに轢かれたり、過労死したりした主人公が、剣と魔法の世界へ行って無双する……というアレだ。

なるほど。つまり俺は今、世界の危機を救うために『魔王を討伐しろ』という無茶振りをされているわけだ。


俺は今年で28歳。中肉中背で、休日に少し筋トレをしている程度の体力はあるが、武道の心得や特別な才能はない。

そして何より、彼女いない歴=年齢である。

『モテる男の会話術』『気になるあの子を振り向かせる心理テクニック』など、モテるための指南書は片っ端から読み込み、知識だけはカンストしているものの、実践する相手がいないまま今に至っている。合コンに行っても、職業柄つい「その居酒屋、消防法に引っかかってない?」などと余計な指摘をしてしまい、女性陣をドン引きさせてしまうのだ。


こんなしがない独身公務員に、世界の命運を託すとは。天界の人材不足も、我が市役所並みに深刻らしい。

俺が脳内で瞬時に状況を分析していると、女神は鼻でふんと笑った。


「は? 魔王? なにそれ、いつの時代の話?」

「……ちょっと待ってください」


俺は女神の言葉を遮り、鋭く目を細めた。


「俺、今『魔王』なんて一言も口に出していませんが。まさか、俺の脳内を勝手に覗き見ましたか?」

「えっ? あ、うん。だって私、女神だし? 下等生物の思考くらい筒抜け――」

「完全にプライバシーの侵害です。個人情報保護法に抵触する重大なコンプライアンス違反ですよ。事前調査の同意書は取りましたか?」

「はぁ!?」

「思想・信条といった要配慮個人情報を本人の同意なく取得するのは、明確なルール違反です。上司の方を出してください」

「う、うるさいわね! 神様なんだからそのくらいの特権はあるの! だいたい、向こうの世界に魔王なんて都合のいい巨悪なんかいないわよ! 普通に魔物が出たり、領主同士が税収を巡って小競り合いしたり、街のインフラが整ってなくてスラムが荒れたりしてるだけの、リアルなファンタジー世界よ!」


逆ギレである。自分の非を認めず、「税金泥棒!」と論点をすり替えて怒鳴り散らすタイプの市民と全く同じロジックだ。見た目が女神なだけで、中身は悪質なクレーマーと同レベルと見た。

俺は小さくため息をつき、環境部で培った『クレーマー対応モード』へと精神を完全に切り替えた。


「わかりました。起きてしまった事象は仕方ありません。しかし、魔王討伐という明確な業務目標(KPI)すらない。要するに『異世界で勝手に生きていけ』という丸投げですよね? であれば、強制的な異動に伴う相応の装備や危険手当、いわゆる『チート能力』の付与による補償は当然あるんですよね?」

「ちっ、可愛げのない男ね……。普通は『本当ですか女神様!』とか言って泣いて喜ぶところなのに。理屈っぽくてモテないタイプね、あんた」


カチンときた。図星を突かれた怒りを必死に抑え込む。

こいつ、俺が昨日合コンで「君、マニキュアの色が可燃性ガスの炎みたいで綺麗だね」と褒めて大スベりしたことまで脳内から読み取っているな。


「……しょうがないから、いくつかスキルをあげるわよ」


女神が不貞腐れたように指を鳴らすと、俺の頭の中にスッと三つの情報が流れ込んできた。


【反威圧】

【病気にかからない身体】

【読み書き】


俺は沈黙した。あまりにもショボすぎる。


「……これだけですか?」

「これだけよ! だいたい、お前は魔力の適性が完全にゼロだから、派手な魔法なんかそもそも使えないの! だから適当に、向こうの生活で便利そうなのを見繕ってあげたんだからありがたく思いなさい!」


なんという地味なスキル構成だろうか。

『病気にかからない』のは、劣悪な現場仕事(環境部のゴミ処理など)にはありがたいし、『読み書き』も事務処理の基本中の基本だ。

『反威圧』に至っては、ヤクザまがいの不法投棄業者と対峙する時にちょっと役立つ程度の精神安定バフに過ぎない。俺の脳内SWOT分析によれば、戦闘への貢献度は限りなくゼロに近い。


「まあいいでしょう。最低限の福利厚生は出た、と解釈します。……ところで、当面の活動資金、いわゆる出張手当は?」

「あー、もう! 本当にうるさいわね! ほら、これ持っていきなさい!」


女神が空から無造作に投げ落としたのは、粗末な布のバッグだった。中を開けると、銀色の硬貨が3枚だけコロンと入っている。


「3銀貨よ! 向こうの物価相場で、だいたい1食1000円換算として、3食分! 丸一日は生きられるから、あとは自力で就職でもなんでもしなさい!」

「待ってください。日当3000円は労働基準法の最低賃金を完全に下回って――」

「じゃあね! せいぜい向こうで頑張って!」


俺の正当な抗議は、ポンコツ女神の強制シャットダウンによって無慈悲に打ち切られた。再び視界が暴力的な光に包まれ、強烈な浮遊感の後、足裏に硬い石畳の感触が伝わってきた。



※


目を開けると、そこはむせ返るような生活臭と、土埃の舞う路地裏だった。

排水溝らしき場所からは生ゴミの腐った匂いが漂い、少し離れた大通りからは、馬車の車輪の音や、甲冑を着た男たちの荒々しい声が聞こえてくる。

間違いない。異世界だ。

俺は作業着のポケットから眼鏡を取り出し、レンズの埃を拭いてから慎重に掛け直した。

手元には、ゴミ分別ガイドブックと、3枚の銀貨が入った布バッグだけ。


「……3銀貨。1日3食として、明日の夜には飢え死にする計算か。控えめに言ってブラックすぎる」


極めて厳しいスタートアップである。

普通ならここで絶望するか、あるいは元の世界に帰る方法を探して途方に暮れるところだろう。しかし、俺の心に湧き上がってきたのは、まったく別の強烈な野心だった。

世界を救う大義名分(魔王)がいないのなら、俺は自由だ。

俺は28年間、真面目に生きてきた。勉強も仕事もそつなくこなしてきた自負がある。しかし、たった一つだけ手に入れられなかったもの。

それが、女性からの好意だ。


『女性は余裕のある男に惹かれる』

『トラブルを冷静に処理する男の背中に、女は恋をする』

『ギャップ萌えこそが最強の武器である』


モテ指南書で学んだ膨大な知識。俺の脳内ライブラリには、恋愛の必勝パターンが山のように眠っている。

ここは異世界だ。俺がただの「理屈っぽい環境部の公務員」だった過去を知る者は誰もいない。つまり、これは完全なリセット。

俺が理想の『モテる男』としてデビューするための、神が与えた(ポンコツのミスだけど)千載一遇のチャンスなのだ。


「魔王がいないなら好都合だ。俺は……この世界で安定した職に就き、そして、可愛い女の子たちに囲まれる最高のハーレムを作るッ!」


見知らぬ異世界の路地裏で、俺は空に向かって硬く拳を握りしめた。

そのためには、まず日銭を稼がなければならない。異世界のハローワークといえば、相場は決まっている。俺は同僚の語っていた知識を引っ張り出し、街で一番活気のある方向――『冒険者ギルド』があるであろう大通りへと意気揚々と歩き出した。


この時の俺は、完全に浮かれていた。

自分が持っている『恋愛心理テクニック』と『公務員の事務処理能力』のハイブリッドが、なぜかすべてむさ苦しい男たちにだけクリティカルヒットしてしまうという、恐るべき仕様(バグ)に気づく余地など、微塵もなかったのだから。

皆様からのご意見・ご感想をお聞かせください。

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