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『魔法適性ゼロのインテリ眼鏡(元・市役所職員)、異世界ギルドの労働環境を改善して最強の「兄貴」になる。』  作者: げりっぱ


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第18話:指定避難所でのクレーム対応と、血みどろの絶対防衛戦

第18話:指定避難所でのクレーム対応と、血みどろの絶対防衛戦


「はい、慌てない! 列を乱さずに、世帯ごとに『避難者名簿』に名前と住所を記入してから入場してください! ペット連れの方は西側の専用スペースへ! 怪我人や高齢者は優先レーンへ案内しろ!」


グーテン街で最も標高の高い場所にある、巨大な石造りの中央広場。

非常事態の鐘が鳴り響き、パニックに陥った数千の市民たちが殺到するその場所で、俺は拡声器(メガホン)を片手に、極めて事務的な声で避難誘導を行っていた。

広場の入り口には、ギルドから徴発した長机を並べて即席の『受付窓口』を設置している。

クロエやエララちゃんをはじめとするギルドの女性陣を動員し、市民をシステマチックに仕分けしていく。パニック状態の群衆も、俺の『反威圧』による感情のブレない声と、市役所仕込みの完璧な『動線管理』の前に、不思議と落ち着きを取り戻し、大人しく列を作り始めていた。


「おい、ふざけるな! 俺の屋敷には数千万ゴールドの財宝が残ってるんだぞ! 冒険者を向かわせて取ってこさせろ!」


列の中から、絹の服を着た恰幅の良い豪商が、顔を真っ赤にして怒鳴り込んできた。

災害時には必ず現れる『自分の財産を最優先しろと騒ぐVIP(クレーマー)』である。

俺はメガホンを下ろし、バインダーから一枚の用紙を引き抜いて豪商の胸に押し付けた。


「財産の損失については、事態収束後に領主へ『罹災証明書』と『損害賠償請求』を提出してください。現在のフェーズは『人命救助』であり、個人の私有財産の保全は行政(我々)の管轄外です。文句があるなら列の後ろに並び直すか、ご自身で屋敷へ戻って魔物の餌食になってください。次の方」

「なっ、き、貴様……っ! わしを誰だと――」

「次の方。受付が滞りますので進んでください」


冷徹な完全スルー(お役所対応)。

取り付く島もない俺の態度に、豪商はワナワナと震えながらも、周囲の市民からの「早く進めよ」という冷たい視線に耐えきれず、すごすごと名簿に名前を書き始めた。


「すごい……」

隣で受付をしていたクロエが、尊敬の眼差しで俺を見つめている。


「あんな大商人を相手に、一歩も引かないなんて。……アニキさんは、市民の命を平等に守るために、あえて心を鬼にして悪役を演じてくれているんですね……!」

「アニキパパ……尊い……!」

エララちゃんも、なぜか両手を合わせて祈るように俺を拝んでいる。


違う。俺はただ、マニュアル外の特別対応をして業務(事務処理)を増やしたくないだけだ。

遠くの空からは、数千の魔物が街の防壁を叩き割る『ドゴォォォン!』という地鳴りと、耳をつんざくような咆哮が響いてくる。

だが、俺には『反威圧』があるため、あの地獄のような咆哮を聞いても「少し近隣の工事の音がうるさいな。騒音基準値を超えているんじゃないか?」程度にしか感じていなかった。


(ふふっ。俺のハザードマップ作戦は大成功だ。魔物と戦う泥臭い仕事は全部部下に丸投げして、俺はこの一番安全な場所で事務作業をしているだけで、勝手に『頼れるリーダー』としての評価が上がっていく。まさに究極のホワイト労働だな)


俺はマイ水筒の温かい白湯をすすりながら、悠然と避難所の管理を続けるのだった。



*

――一方、その頃。

アニキが絶対の安全圏で白湯をすすっていた時、魔物の侵攻ルート(ボトルネック)に指定された大通りの最前線では、この世の地獄のような血みどろの防衛戦が繰り広げられていた。


「GYAAAAAAAAAAッ!!」

「オラァッ! 死に損ないの豚共がァ! 俺の防衛線(シマ)を通りてえなら、通行料としてその首を置いていきやがれェェッ!!」


ズバァァァン!!

狂戦士ゼノの炎を纏った拳が、分厚い筋肉を持つオークの顔面を粉砕する。

飛び散る血肉と泥。その隣では、魔法剣士のシルヴェスターが、美しかった銀髪を魔物の返り血で赤く染めながら、無数の氷の刃を放ってゴブリンの群れを串刺しにしていた。


「ハァッ……ハァッ……! キリがないな! 倒しても倒しても、後から際限なく湧いてきやがる!」

「シルヴェスターの兄貴! 右翼の防壁が崩れかけてやす! このままじゃ、路地の隙間から魔物が広場の方へ――」

遊撃として飛び回っていたザックが、悲鳴のような報告を上げる。


スタンピードの規模は、彼らの想像を遥かに超えていた。

地形を利用して敵を細い路地に誘導したアニキの『ハザードマップ戦術』がなければ、開始十秒で全員がミンチにされていただろう。だが、いくら戦術が優れていようとも、五十人の人間と五千の魔物という圧倒的な数の暴力は、確実に彼らの体力と魔力を削り取っていた。


「くそっ……俺の魔力も、もう限界だ……。防御魔法の展開が間に合わない……!」

シルヴェスターが膝をつき、レイピアを杖代わりにして荒い息を吐く。

迫り来るオーガの巨大な棍棒が、彼の頭上に振り下ろされようとした、その瞬間。


「オラァァァァァァッ!!」

黒鉄の重装甲に身を包んだ巨漢・ガルドが、横から飛び込んできて大剣でオーガの棍棒を受け止めた。

激しい火花が散り、ガルドの腕の筋肉が悲鳴を上げる。


「ガルド……っ!」

「へへっ……諦めんじゃねえぞ、シルヴェスターの兄貴。俺たちは……アニキ一家の幹部だろ……ッ!」


ガルドは口から血を吐きながら、血走った目でオーガを睨み返した。

そのボロボロの背中には、一切の『退く』という選択肢は存在していなかった。


「思い出せ……! あの一番安全な中央広場で、たった一人で市民全員を背負って立ってる、俺たちの『親父(アニキ)』の姿をよォ!!」


ガルドの叫びに、ゼノとシルヴェスターの脳裏に、数時間前の緊急対策室でのアニキの姿が鮮明にフラッシュバックした。


『俺は前線には立たない。俺が一番安全な場所で市民を守る。……不公平だと思うか?』


あの、魔法も剣も使えない華奢な体の男が。

もし自分たちがこの防衛線を抜かれれば、市民を守るために真っ先に魔物の群れの前に立ち塞がり、その身を八つ裂きにされる覚悟で、あえて『逃げ場のない広場』に陣取ったのだ。


「アニキは……パパは、俺たちの力を微塵も疑っちゃいねえんだ!! 『お前たちなら絶対に抜かれない』ってな! その親父の海よりも深い信頼を裏切って、どの面下げて帰るつもりだァ!!」

「……ッ!!」


ガルドの魂の咆哮が、限界を迎えていた男たちの心に、爆発的な燃料(アドレナリン)を投下した。


「……そうだ。私は、また逃げるところだった」

シルヴェスターが、ゆっくりと立ち上がる。その瞳には、かつての冷たい貴族の矜持ではなく、家族(ファミリー)を守るための狂気的な熱が宿っていた。

「あの方に、温かい白湯を淹れていただいた。私の孤独な魂を、あの方は救ってくれた。……ならば、この命の最後の一滴まで、アニキへの忠義に使い果たすのみ……!!」


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! そうだ! 一匹たりとも通すんじゃねえ! ここから先は、俺たちアニキ一家の『絶対不可侵領域』だァァァァッ!!」

ゼノが、己の筋肉の限界を突破して咆哮し、再びオークの群れへと特攻していく。


五十人の荒くれ者たちは、恐怖を完全に忘れ去っていた。

自分たちを人間として扱い、愛してくれた『偉大なる現場監督(パパ)』。彼の命を守れるのなら、ここで体が千切れて死のうとも本望だ。

彼らは死兵と化し、血と泥に塗れながら、狂ったように迫り来る数千の魔物を斬り、殴り、魔法で吹き飛ばし続けた。

――しかし。

彼らの狂気的な奮闘を以てしても、破れない『絶対的な絶望』が存在した。


ズズン……ッ!

地響きと共に、東の大通りの奥から、周囲の建物(石造りの三階建て)と同じほどの高さを持つ、超巨大なシルエットが姿を現したのだ。


「な……なんだ、あれは……っ!?」

ゼノが絶望に顔を歪める。


それは、獅子の頭、山羊の胴体、そして蛇の尾を持つ巨大な合成獣――スタンピードの親玉である『ベノム・キメラ』だった。

その巨体から放たれる圧倒的な威圧感は、Bランクの魔物を遥かに凌駕する『災害級(Aランク相当)』。

さらに恐ろしいのは、そのキメラの全身から、緑色の濃厚な『猛毒の瘴気』が立ち上っていることだった。


「ゲホッ、ゴホッ……! だ、ダメだ、あの瘴気を吸ったら、肺が……!」

防衛線を維持していたスラムの男たちが、キメラの瘴気に当てられて次々と血を吐いて倒れ伏していく。

物理的な防御(バリケード)など意味をなさない。瘴気は風に乗って、路地全体を死の領域へと変えつつあった。


「くそっ……俺の氷魔法でも、あの巨大な瘴気は凍らせられない……!」

シルヴェスターが歯噛みする。


「GYARUOOOOOOOOOOOOOッ!!!」

キメラが、勝利を確信したように巨大な顎を開き、前衛のゼノたちに向けて、触れるものすべてを溶かす『超高濃度の毒液ブレス』を放とうと大きく息を吸い込んだ。


「ゼノさん、シルヴェスターさん! 逃げてください!!」

後方からザックが悲鳴を上げる。

だが、彼らの背後には、アニキのいる中央広場へ続く一本道しかない。彼らが避ければ、毒のブレスはそのまま広場へと直撃してしまう。


「……逃げられるかよ」

ゼノが、血まみれの拳を構えたまま、笑った。

「俺たちは、アニキの盾だ。この命ごと、ここで灰になってやる……!」

ガルドも、シルヴェスターも、逃げようとはしなかった。彼らは静かに目を閉じ、迫り来る死のブレスを受け入れる覚悟を決めた。


その、絶望の瞬間だった。


「……おい。前線の現場責任者(リーダー)は誰だ」


地獄の戦場に、あまりにも場違いな、冷え切った公務員の事務的な声が響いた。


「え……?」

ゼノが目を開けると。

彼らの背後から、バインダーを小脇に抱え、手にはメガホンを持った作業着姿の俺(アニキ)が、スタスタと足音を立てて歩いてくるではないか。


「ア、ア、アニキィィィ!? なんでここに!! ここは一番危険な最前線だぞ!!」

ガルドがパニックになって叫ぶ。


「なんでここに、じゃない」

俺はズレた眼鏡を中指でクイッと押し上げ、ゼノたちの前にスッと立ち塞がりながら、心底不機嫌そうな声でため息を吐いた。


「中央広場にまで、異臭(有毒ガス)が漂ってきたからな。環境基準値を大幅に超える悪臭公害だ。それに……路地の入り口に組んだバリケードが壊れかけているという報告を受けた」

「えっ?」

「ふざけるなよ。お前ら、資材の発注で手抜き(中抜き)をしたな? 建築基準法ギリギリの強度でバリケードを組めば、俺のいる広場まで魔物が抜けてくるリスクがあるだろうが。……全く、現場の職人は少し目を離すとすぐにこれだ。だから俺がわざわざ、安全第一の『現場視察(パトロール)』に来てやったんだ」


俺は、キメラが放とうとしている死の毒ブレスにも、Aランク相当のすさまじい威圧感にも、完全に『無関心(反威圧)』な態度のまま。

ただ、自分が作ったバリケードの強度が心配(自己保身)というだけの極めて利己的な理由で、五十人の舎弟たちの最も前(死地)へと、無防備な体で足を踏み入れたのである。

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