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ANGEL 天使の傷が癒えるまで  作者: 法華京
第1章

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第8話

「……でも、おかしいんだよね」

 営業が終わった後、バックヤードで店長は訝しげに言った。

「何がっすか?あのガキが犯人ってことで、事件は解決したでしょう」

「いや。粕屋くんが五味くんをいじめ始めたのは、夏の大会が終わった後だろう? それじゃ、五味くんが万引きを始めたのは、どう見積もってもここ一ヶ月ってところだ。でも、うちの店での万引きは、もう半年も続いてるんだよ」

 粕屋はともかく、五味の方に嘘をつく理由はない。粕屋に命令される前から、彼に盗癖があったというなら別だが。古賀は店長に確認する。

「……確か、半年前からの万引きは、文庫本ばかりだったんですよね。それが、一か月くらい前から急に、雑誌や写真集なんかも盗まれるようになって、頻度も上がった」

「そう。つまり」

「もう一人、文庫本専門の万引き犯が別にいて、五味くんたちは後から現れた。犯人が増えたから、ペースが上がったように見えた……ってことか」

 朝野が顔をしかめた。これで、被害がなくなるわけではないのだ。

「だから言ってるでしょう。犯人を一人捕まえたって無駄なんだ。万引きする野郎なんてのは、後から後から湧いてくるんだから」

 郡山は鼻を鳴らす。店長はそっと肩をすくめた。

「……まぁ、あれくらいのペースなら、ぎりぎり経営はできるから。今後もよく警戒していこう。僕も、防犯カメラの映像をもう一度よく見ておくよ」

 そう言いながらも、店長は諦めたような、どこか気のない様子だった。

「それじゃ、最後に一応、在庫の確認だけして終わりにしよう」

 少年たちから取り返した本を並べても、在庫はやはり何冊か足りなかった。古賀たちは店を出て、それぞれの帰路につく。

「……帰りましょうか」

 天羽はやるせない表情で、古賀に言った。古賀は無言のまま、右足を踏み出す。

「えっ?」

 古賀が歩き始めた方角は、彼の家とは反対だった。天羽は呼び止めようとして、やめる。彼は何か確信を持って、この方角に向かっているような気がしたからだ。

「ついてきな」

 古賀はやけにひんやりした声で言った。もともと乱暴な言葉遣いではあったが、それとは違う、冷たい響きのようなものが、彼の声色にはあった。天羽は、早足で歩く古賀の足跡を、黙ってなぞっていった。

 彼が目標にしているものは、早い段階でわかった。彼の目線の先には、いつも背の高い人影がある。十分ほど歩き、人影が大通りから脇道に入っていったところで、古賀は一層歩くペースを上げて、人影に近づいた。

「……郡山さん」

 いつもの柄シャツに肩掛け鞄をかけた背中が、動きを止める。長髪を揺らして、郡山はゆっくり振り返った。

「……おう、古賀っちに天羽さん。どうした?家、こっちじゃないだろ」

 郡山は声をかけたのが古賀だとわかると、一気に相好を崩し、にっこり笑った。でも、二人の様子がどこかおかしいのに気付いたのか、笑顔を張り付けたまま不審そうにこちらを見る。

「俺に、何か用か?」

 古賀は眼を閉じ、息を吸って、吐いて、眼を開けた。それからさほど大きくない、けれどはっきり聞こえる声で、言う。

「郡山さん。その鞄の中身、見せてもらえませんか」

 郡山の顔に張り付いた笑みが、ぺりぺりと剥がれるのがわかった。一歩、後ずさる。古賀は足元を見て、目を細めると、一歩前に進んだ。

「……なんで」

 郡山はちょっと上ずった声で訊くと、また一歩後ろに下がる。

「いいから。ちょっと開けてくれれば、それでいいんです」

 古賀は、今度は二歩、郡山との距離を縮める。少し遅れて、不安そうな顔の天羽がついてくる。

「嫌だよ。なんでお前らに、見せなきゃいかねぇんだ。何の目的で、そんな」

「……僕は、本を盗んだもう一人の犯人は、郡山さんだと思っています」

 郡山が絶句する。そして口を大きく開けて、はぁ、と高い声を漏らす。

「そんな訳ねぇだろ。俺が、そんなことする訳ない。いくら古賀っちでも、キレるぞ」

 威嚇する言葉を吐いても、腰は引けている。古賀はまっすぐ立って、郡山の揺れる瞳を見た。

「半年間、週に一度のペースで万引きを繰り返して、カメラはともかく警戒している店員に一度も発見されないなんてこと、ありますか? そもそも、頻繁に来店するお客さん自体、そんなに多くないのに」

「……ふざけんな。そんなんが根拠になるかよ。話しただろ? 俺の実家の話。俺はこんなナリだけど、本を愛して、本屋を愛してるんだ。そんなしょうもない理由でそれを愚弄するなら、話はここまでだ」

 郡山は古賀に背中を向ける。小声で、天羽が古賀に耳打ちする。

「郡山様が犯人だなんて、ありえません。私は、ずっと一緒にいたんですよ? もちろん、彼からも『ジャシン』は感じられなかった。同じ店に二人もそんなイレギュラーが起きるなんて……」

 古賀はそれを制して、郡山の背中にもう一度声をかける。

「だったら。だったら、証明してください。鞄を開ければ、すぐにわかることです。……俺だって、軽い気持ちでこんなこと言ってる訳じゃないんだ」

 郡山は、背中を向けたまま、立ち止まっている。

「犯人探しをするんじゃなくて、カメラを増やすように言ったのは、カメラを何台増やしたところで、俺たちはその映像を『開店から閉店まで』しか見ないからでしょう? 皆の意識が本棚に向いてる閉店後の在庫整理中に、文庫本をそっと鞄の中にしまって、『あの本がない!』と叫べば、皆は開店中に客の誰かが盗んだんだと、そう思う。まさか郡山さんのその大きな肩掛け鞄の中に入っているだなんて思わない」

「いい加減にしろ!」

「調べればわかるんです。防犯カメラ自体は、閉店後もずっと動いてる。何週間か遡って、閉店後の映像をよく見れば、必ずどこかでボロを出してるに決まってるんだ」

 はったりだった。カメラの映像は、せいぜい直近一週間くらいしか残っていない。うち万引き被害があったのは、今日を含めても一、二回というところだろう。郡山も、それは知っているはずだった。

 けれど、そこで彼は、力尽きたように、その場に座り込んだ。


「……まいった。降参だ」

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