第23話
「久々に、二人でどこかお出かけにでも行きませんか」
フェアの準備が一段落して、まとまった休みが増えてきたころ、やや唐突に天羽が言った。
「どうしたんだ、急に。ていうか、もう外暗くなってるぞ」
ぼんやりと見ていたスマホから目を離し、時計を見ると時刻は午後五時を回っていた。天羽にしては、いささか計画性のない提案だ。
「いや、たまにはいいかな、って」
バイトに忙しく家を空けている間に、天羽の様子が若干ではあるがおかしくなったことに、古賀は気づいていた。何だかそわそわしている、というか。誰もいないところをじっと見つめていることも増えた。
その理由のひとつに、照乃との交友があると古賀は睨んでいた。朝野の時もそうだが、天羽はいつの間にか同性と仲良くなっている。この間ついに連絡を取るための携帯電話を欲しがったので、SIMカードがないため外出先では使えないが、中古の安い端末を見繕ったばかりだった。彼女が人間界に馴染んでいくのは喜ばしいことだが、素直な性格だけに、照乃のような女性に悪い影響を受けていなければいいのだが。
「……まぁ、最近忙しかったしな。たまにはいいか」
我ながらわざとらしい演技だったが、天羽はころっと騙されて、心底意外そうな顔をした。
「本当ですか!? もっと渋るかと思ってました」
「まぁ、たまにはな」
もはや自分に言い訳もできないほど、古賀は天羽に興味を惹かれていた。彼女のことをもっと知りたい。いつか彼女がいなくなってしまう前に、少しでも、触れ合いたい。そんな気持ちを隠しながら、古賀はよれた薄いコートを羽織った。
どこもバンディと同じことを考えるようで、十二月の初めから町はすっかりクリスマスの様相だった。歩道から路面店の中を窓越しに覗けば、赤と緑の装飾が踊っている。
「駅前の方に、小さいけどイルミネーションがあるみたいなんですよ」
「バイトの帰りに散々見たよ。本当に申し訳程度だった」
「いいんです。それでも」
電車に乗って遠くに、という時間ではなかったが、決して栄えているとはいえない円月町に、目的地の候補はそれほど多くなかった。
「……まぁ、天羽が行きたいなら」
ふふ、と彼女は嬉しそうに笑った。細められた目元に、目が吸い寄せられる。
「初めて会った時、古賀様のこと、すごく怖くて冷たい人だと思ってました」
「はん。俺が助けてなきゃ、玄関前で野垂れ死んでたくせに」
「そうなんですけど! でも、なんだか思い詰めた様子で。古賀様の境遇を考えれば、当然なんですけど」
「……別に。もともと、こんな性格だよ」
そうかもしれません、と天羽は否定しなかった。
「でも、今は、ちょっと不器用だけど、優しくて、強い人です。私の見方が変わっただけでしょうか」
古賀は何も言わなかった。が、自分でもわかっている。天羽に出会ってから今までの間に、古賀の天羽に対する気持ちは、ずいぶん変わった。でもそれと同じくらいかそれ以上に、古賀自身も、少しずつ作り変えられていった。
でも、どうして今、わざわざそんなことを言うのだろうか。
「……着きましたよ」
天羽が足を止める。駅前の歩道の、ほんのわずかなスペースに置かれた、天馬や天使を模したオブジェが、電飾によって光を放っている。
「まぁ、改めて見ると綺麗と言えば綺麗か」
「いいんですよ、そんなに気を遣わなくても」
天羽は電飾を背にして、古賀に笑いかけた。笑いかけた、というのは声の感じからの推測で、逆光になって顔は見えない。
「……古賀様」
「ん?」
「もしも、の話ですけど。……もしも、私がいなくなっても、古賀様はきっともう、大丈夫で
す」
その瞬間、古賀は全てを悟った。ここ最近の天羽の様子も、暗くなってから唐突に古賀を誘い、行き先にここを指定したのも、全ては。
「……あと、どれくらいなんだ」
「今年のクリスマスは、一緒に過ごしたいなって」
「……そうか。年末は、無理か」
逆光になって、天羽の顔は見えない。彼女が泣いていたとしても、声を殺している限り、古賀には分からない。
でも、天羽からは、少し背の高い古賀の、今の表情が光に照らされてよく見えるはずだ。古賀はそれを、少しずるい、と思った。
二人は、何事もなかったように、他愛のない話をしながら家に帰った。二人ともやけに明るく、やけに饒舌だった。いつもは言わないようなお互いの悪口を、殊更に言い合って、笑った。
そうやって、部屋の前まで来た時、隣の部屋の扉ががちゃりと開いた。
「……」
無精ひげを生やした、痩せた男がこちらをじろりと見て、軽く頭を下げる。古賀は何度かこの隣人と顔を合わせたことがあるが、よく乱暴に壁を叩いてくる割に、実際に会った時は無言で会釈するだけだ。ただ、一人の時とは違って、天羽が部屋に住むようになってからは少しうるさくしている自覚はあるので、古賀は素直に会釈を返した。
男が階段を降りていくのを見届けてから、古賀は鍵を開けようとして、隣にいた天羽の異変
に気付く。
「……おい、どうした?」
蒼白な顔で、荒く息を吸いながら、途絶え途絶えに天羽は声を絞り出した。
「あ……あの人から……あ、明らかに異常な、『ジャシン』が……!」




