第18話
照乃はやや恨みのこもった口調で続ける。
「とにかくそうやって、宮子はずっと、曲芸の猿とかカラクリ人形とか将棋の駒みたいに、同級生を手玉に取って、愉しんでた訳よ。『八神宮子と仲良くしなければならない』って空気を作ったら、クラスの一軍とか呼ばれる人たちがみんな寄ってくるし、『八神宮子と付き合うべきだ』って空気を作ったら、学年で一番人気の男子と付き合える。宮子自身、そういうのが好きなんだ。一軍、とか、一番人気、とか、そういうのを集めるのが。ほんと、見栄っ張りで高慢」
「……そんなに嫌い?」
話していくうちにどんどん憎しみがこもっていくので、思わず口を出す。照乃は一瞬話すのをやめて、はぁ、とため息をついた。
「まぁ、話を最後まで聞きなよ。そんな宮子に、どうしてあたしが高校まで進路を合わせてついて行ってると思う? 原因はコレ」
彼女はパンツのポケットからスマホを取り出すと、メッセージ履歴を見せてきた。
「……うわ」
そこに記録されていたのは、八神宮子から照乃への、大量のメッセージだった。現在地を聞いたり、次回の遊びの提案をしたり、最近流行りの食べ物や音楽の話題だったり。内容は一見普通だが、その量と言葉の端々に、照乃への異常な執着が見え隠れしている。
「小学二年生の頃にね。あたしと宮子が二人で帰ってる途中、宮子が調子乗ってお茶を飲み過ぎて、あたしの前でおしっこ漏らしちゃったことがあったの。そんなの、よくある失敗でしょ? その時は恥ずかしかったかもしれないけど、高校生の今じゃ、笑い話にもならない。でも宮子は、あたしがそれを皆にバラしたら、自分の能力が無くなって、馬鹿にされて笑われるって、本気で思ってる。たぶん、あれが彼女にとって唯一の、思い通りにならなかった出来事だからなんだろうね」
それ以来ずっとこう、と照乃はスマホの画面を殴りつけるように指先で弾いた。
「私はずっと、宮子に束縛されてるの。自分の失敗をバラさないように。馬鹿じゃないの、って思わない? でも、神様みたいな宮子に逆らったら、すっごく面倒くさいことになる。だから進路も合わせて、友達のフリして、高校卒業するまで歯ぎしりしながら耐えてる訳。あたしの気持ち、わかる?」
いつの間にか、照乃は薄い桃色の液体が注がれたグラスを持っていた。ごくごくと呷るように飲んでいるそれが、果たしてソフトドリンクなのか、とても聞ける雰囲気ではない。
「……八神宮子がどういう人間なのか、わかった? だったら今回の件も、大体分かるでしょ。宮子は今回も、自分に相応しい、学年でナンバーワンの男子を手に入れようと思った。厳正なる審査の結果、めでたく宮子のお眼鏡にかなったのが、志田楓だったわけ。……でも、彼女は振られた。人生二度目の失敗。しかも、完全にコントロールしてたと思ってた飼い犬に手を噛まれる形で。さぞ屈辱だったでしょうね。何としてでも、楓くんには復讐したかったはず」
「でも、八神さんは大柳くんとお付き合いされてるって」
「そんなの、妥協に決まってるでしょ。大柳って名前だったっけ? 野球部の。そいつがナンバーツー、だったんでしょうね、彼女にとっては。でも、宮子は絶対、それで満足するような女じゃない」
嬉しそうに兎のアイコンを見せつけてきた大柳の顔を思い浮かべて、いたたまれなくなる。彼は自分の彼女が、渋々自分を選んだなんて、少しも思っていないのだろう。
「クラスの女子を使って楓くんを追い詰めたつもりだったけど、彼の人望は意外に高かった。クラスのど真ん中ではなくなったかもしれないけど、楓くんはまだぴんぴんしてる。だから、あんたと喋ってる所を佐藤に撮らせた。楓くんの地位を、完全に失墜させるために」
古賀は待ってくれ、と話を止める。
「だとしても、俺を標的にする理由がわからない。俺が志田と連絡を取って会うことにしたのは、完全に偶然だろ? 俺を陥れたのは、志田とは別件と考えないと辻褄が合わない」
言いたいことは言い終えた、と言わんばかりに、照乃の態度はそっけなかった。
「知らないよ。何かちょっとしたことが知らない間に宮子の恨みを買ったかなんかじゃないの。心当たり、ない?」
あるわけがない。八神宮子という女子生徒の名前すら、ここ数日で初めて耳にしたのだ。照乃は態度をがらりと変えて、仕事の邪魔、と言わんばかりに、まだコーラが半分以上残っているグラスを片付けてしまう。古賀たちもあまりこの場所に長居したくなかったので、おとなしく立ち去ることにした。
「でも、大丈夫なのか? 俺たちに話したのがバレたら、マズいんじゃ」
「そうかもね。でもまぁ、面白そうだからいいや。何する気か知らないけど、頑張ってよ」
照乃はあっけらかんとしていた。八神のことを本気で恐れているというよりも、単に面倒臭がっているだけ、という口ぶりだ。
「……それと、もうひとつ。こんな所で働いてるのは、八神という女子への、反抗のつもりで?」
照乃は一瞬不快感を露わにし、すぐににやりと笑った。
「そんなガキっぽい感情は持ち合わせてないよ。ここで働いてるのは、猿どもとは違う、大人の人たちと仲良くなりたかったから。私、大学生の彼氏いるんだ。高校を卒業したら、あんな女置いて、彼と一緒に暮らすの」




