第17話
憔悴した様子の志田と別れて、一度家に帰って陽が沈むのを待つ。志田が紹介してくれた女子が指定したのは、午後八時というやけに遅い時間だった。
「……ここだ」
地図アプリを頼りに、古賀たちは駅裏の一角のビルの、地下へ続く階段を降りる。既に心音に似た音楽が漏れ聞こえてきて、不安が煽られる。
「……今から会う子って、高校生ですよね?本当にここで合ってるんですか?」
「向こうがそう言うんだから、しょうがないだろ」
誰が聞いているわけでもないのに小声で会話しながら、様子を伺う。とは言ったものの、ここが未成年立ち入り禁止の場所なのは明白で、扉の前に立つ屈強なセキュリティに何と言ったら中に入れるのか見当もつかない。
しばらくまごついていると、中から扉ががちゃりと重そうに開き、肩を大胆に露出した女性が顔を出した。
「あ、やっぱり。あたしのお客って言えば通してくれたのに。ね」
女性は古賀たちとセキュリティの男性を交互に見て、気だるげに笑った。
しっかり二人分の入場料を払って中に入ると、薄暗い照明の下で、男女が狂ったように体を動かしている。慣れた様子の女性に連れられて、古賀たちはその間を縫ってバーカウンターに辿り着いた。
ナイトクラブ「ハイドアウト」。カウンターの中に入って、グラスを棚から取り出す彼女は、信じられないことにここで働いているらしい。
「何飲む?ここ、入場料に2ドリンクついてるから飲まないと損だよ」
「いや、酒はちょっと」
「カタいねぇ。別に誰も見てないんだから、好きにすりゃいいのに」
コーラでいい、と言って、彼女はグラスに褐色の炭酸を注ぐ。
「あんたは?従姉って聞いてるけど、大人じゃないの」
「あ……私も、コーラで」
はいはい、と彼女はため息をついた。同じ液体が注がれた二つのグラスをカウンターに置いて、彼女は化粧でくっきりと強調された目でぱちぱちと瞬きをする。その容姿や仕草が、同じ歳のはずなのに、ずいぶん大人びて見えた。
「お待ちどうさま……あれ、何くんだったっけ」
話がちゃんと伝わってないのか、と不安になりながら、古賀は天羽の分まで名乗った。
「そうそう、古賀くん。ごめんね、人の名前覚えるの苦手でさ。あたしは西平照乃。照乃でいいよ」
名前で呼びたい派なんだよね、と艶のある声で笑う。古賀のことは苗字で呼ぶあたり、最低限の良識はあるようだが。
「……俺たち、こんなところにいていいのか」
「ちゃんとしたクラブなら、いいわけないよね。でもここは、あたしを雇っちゃうようなとこだから」
何の安心材料にもならない。辺りを見回すと、確かにテレビで見るナイトクラブ、と呼ばれる場所に比べて、人がやや少ないような感じもする。客層もなんだか柄の悪そうな感じだ。
「あんまりきょろきょろしない方がいいよ。因縁つけたと思われたら面倒でしょ」
慌てて向き直った古賀たちを見て、照乃はあはは、と笑う。あまり無駄話はせず、早めに本題に入った方がよさそうだ。
「……八神宮子について、話が聞きたいんだ。クラスで今起きていることは、彼女が発端なのか?」
そうだよ、と返事が返ってくる。あまりにあっさりと、呆気なく、照乃は首肯した。
「……あなたは、八神という方と、どんな関係なんですか」
「うーん……友達、かな。外から見ればね」
天羽の質問に、照乃は含みのある言い方をした。続きの言葉を待つ古賀たちの顔を、彼女はカウンターに両肘をついてじっと眺める。
「さっきの話。正確に言えば、宮子が発端、じゃないよ。宮子が、全部、仕組んだの。古賀くんと楓くんを陥れるためにね」
「楓くんって……志田のことか」
「そそ、志田楓くん。可哀想だよね、彼も。宮子、今まで男子に振られたこととかなかったから」
可哀想、という言葉とは裏腹に、照乃はあまり興味のなさそうな口ぶりだった。先ほどから古賀のことも、配慮こそしているが同情しているようには見えない。
「宮子がどんな子か、から話した方がいいかな。君なんか学校来てないから、顔も性格も全然イメージできないだろうし」
無遠慮な言い草を咎める隙を与えずに、照乃は話し始めた。
「あたしは、宮子と家が近くて、小学校からずっと一緒なんだけどさ。全然知らない人がパッと見ると、そんなに特別な子じゃないんだよ。めっちゃ可愛いわけでもないし、めっちゃお洒落なわけでもないし。授業中はいっつも寝てるけど、テストはなんだかんだまぁまぁいい点取る、みたいな。ずっと疑問なんだけど、どうやって勉強してるんだろうね?古賀くん、勉強は大丈夫?ちゃんと赤点回避できてる?」
「……話が脱線してるぞ」
照乃はごめんごめん、と笑って、古賀の頭を撫でた。
「いいじゃん、夜は長いんだしさ。ゆっくり話そうよ。……で、どこまで話したっけ。そうそう、宮子は端から見たら、まぁ普通の女の子なんだよね。ちょっと人見知りで、プライドが高いかな、くらいで。まぁでも、この歳の女の子なんて、みんなそんなもんだし。でもね、宮子には、唯一得意なことがあって。『空気を作る』のが、昔からめっちゃうまいんだ」
「空気を、作る?」
「そ。空気を読む、っていうじゃん。誰も言葉にはしてないけど、教室の皆で守らなければいけないルール、みたいな。全然目立たないし、大したことしてないのに、いつの間にか宮子の思い通りの空気ができてる。ずっとそう」
小五の時のアレとか、中二の時のアレとか、と照乃は指を折る。
「子供ってさ。ちゃんと間違えずに空気を読まなきゃ、って、すごくビクビクしてるんだよね。一挙手一投足、その通りに行動しちゃうの。『誰誰をいじめろ』って空気があったら、その通りにいじめるし、『誰誰と付き合え』って空気があったら、その通りに付き合っちゃうんだよね」
「……そうかな」
「君は『こっち側』かもね。あたしは、宮子がそうやって、神様みたいに皆を思い通りに操るのを、横でずうっと見てたから、馬鹿馬鹿しくって仕方ないよ。同級生とか皆、猿か人形にしか見えない」
クラスの中心から外れることを極端に恐れていた佐藤みたいな奴は、八神にとって格好の操り人形だったのだろうか。




