第16話
時間ぴったりに、志田は待ち合わせ場所のファミレスに現れた。
「おっ、いたいた。待たせてごめんね」
前髪をヘアバンドで上げて、制服からシャツがはみ出している。古賀たちの向かいの席に座ると、ふわりと制汗剤の匂いがした。
「あっ、クリームソーダで。……いや、大柳から連絡来た時はびっくりしたよ。古賀と、そっちは従姉の人、だよね」
大声で、嫌味のない話し方をする男だった。少年のような屈託のない笑みと、ちょっとオーバーな仕草も合わさって、一人しかいないのに賑やかさを感じさせる。クリームソーダが届くと、彼はストローを思いっきり吸って、上目遣いでこちらを見た。
「で、何の話?……ってのは、薄情だよな。わかってるよ。佐藤たちのことだろ」
さっきまでの無邪気な表情が嘘のように、真剣な態度だった。変化が急激すぎて、面食らってしまう。
「学校では助けてあげられなくて、ごめん。何の言い訳もない」
そう言って志田は、躊躇いなく机の上に額をつけた。裏表のない、お節介で明るい奴、という河野の評の正しさを実感する。
「いいんだ。あんたを責めたいわけじゃない。ただ、どうしてこんなことになったのか、俺たちはそれが知りたいんだ」
志田は顔を上げると、神妙な面持ちで言った。
「……確証があるわけじゃない。でも、俺の身に起きたことと、原因は同じなんじゃないか。そんな気がする」
「志田の?」
志田のクラス内での立場は、最近不安定になっている、と河野から聞いた。誰が言ったのかは伏せて話してみると、志田は頷いた。
「……半年前かな。二年に上がってすぐの頃、とある女子に告白されたんだ。俺は部活に全力投球したくて、断った。それからすぐに、何だか女子たちの間で、俺が避けられている、いや、総スカンを喰らってるみたいな、そんな感じになっちまった」
どこかで聞いたことのあるような話だ。知り合いの話として朝野の過去を話してみると、志田は首を横に振った。
「それも気の毒な話だが、俺の場合はちょっと違う。その後も唯一、俺に話しかけてくれた女子から聞いた話なんだが、どうやら俺が振った女子が、他の奴らを操って、そういう空気を作り出したらしい」
男子たちも女子の志田に対する態度を感じ取って、どう接するべきか戸惑っているところなようだ。
「今はまだ、表面上は今まで通りだけど、この先どうなるか分からん。俺、頭悪いけど、いじめとか空気とか、そういうのの怖さが分からないほど馬鹿じゃないからさ。今はあんまり目立てないんだ」
だから助けられなかった、と言外で続け、志田は再び頭を下げた。古賀が止めようとしたその時、シャッター音が鳴る。
「あれ?志田くんと、デビルくんじゃーん。なに、二人、こんな所で何やってんの?その女は誰だ?」
佐藤とその取り巻きが、スマートフォンをこちらに向けていた。
「お前ら、なんで……!」
「クラスの人気者と、蛆虫の密会写真、押さえちゃった。何の話してたか、教えろよ」
肩に手を置く佐藤を、志田は鬱陶しそうに払いのける。
「佐藤、何しに来た」
「なんだ、つれないな。ま、撮りたいもんは撮ったし、もういいか。志田、お前、グループ追放しといたから」
古賀たちと志田が映る写真をひらひらと見せながら、佐藤たちは足早に去っていった。何で、と古賀は愕然とする。
「志田、これは……」
「もういいよ。こんな陰湿なことをする奴は、一人しかいない。そうだと信じたい」
「それは、あんたのことを陥れたっていう……」
志田はため息をついて、SNSのIDをスマホの画面に映した。
「これ、さっき言った、俺に唯一味方してくれた女子の。話通しとくから、会ってみて」
学校に来ないなら、待ち合わせ場所がちょっと特殊かもしれないけどな、と志田は笑う。
「古賀たちは、この状況、何とかできるアテがあるのか?」
「……最初に俺たちに悪意を向けたのが誰か分かれば、もしかしたら」
そうか、と志田は額を擦った。
「じゃあ、俺の分も頼んだ」
にかっと笑う。さっきの数秒で、辛うじて保ってきた彼の立場も絶望的なものになってしまっただろうに、それもそれほど気にしていないかのように。
「……それで、誰なんだ?その、あんたが振った女ってのは」
志田は一瞬スマホの画面を見て、それから、一人の名前を口にした。
「八神宮子。今は、大柳と付き合ってる」
古賀の脳裏に、大柳の無邪気なにやけ顔と、兎のアイコンが連続して浮かんだ。




