第14話
グラウンドでは、野球部が威勢のいい声をあげて練習に励んでいた。古賀たちが近づいていくと、一年生らしい生徒が訝しげに駆け寄ってくる。
「何か用っすか」
「練習中に申し訳ありません。大柳くん、いますか」
天羽が低姿勢で聞くと、彼の態度が途端に軟化した。キャプテンっすか、ちょっとお待ちください、と礼儀正しく言うと、バッターボックスの方に走っていく。
しばらくして、不機嫌な顔の大柄な男がこちらに歩いてきた。同い年とは思えない威圧感だが、アイコンと雰囲気が同じだから、おそらく彼が大柳だろう。
「大柳翔陽です。どうも」
「キャプテン、って」
「野球部は夏で三年が引退なんで。そんなわけで、忙しいんですよ。そちらは?」
古賀は自分の苗字を名乗る。大柳はぴんと来ていないようで、名前は、と質す。古賀はためらいながら、自分の名前を伝えた。
「でびる、って……あぁ、佐藤のクラスの。もしかして、佐藤のことで俺に?」
「はい。佐藤大輔について、話が聞きたくて」
大柳はしばらく考え込むような仕草をした後、嘘みたいな笑顔を見せた。
「そういうことなら話は別だ。どこか座ろうか」
「へえ、そちらは従姉の方ですか。三者面談、というテイでね」
彼は古賀たちの敵ではないような気がして、ある程度こちらの事情を喋ってしまうことにした。もちろん天羽が天使だ、なんて話はしないが。
「最初に言っとくが、俺に佐藤を説得してくれ、と言われても無理だぞ。俺と佐藤は中学から同じだが、互いに相手のことが大嫌いだからな」
「構いません。今日はとにかく、佐藤について知りたいんです」
同級生だというのに、何故だか敬語を使ってしまう。慣れているのか、大柳もあえて指摘してくることはなかった。
「そっちの事情は、俺の耳にも何となく入ってる。ずいぶんひどい状況らしいな」
「まぁ、ひどい、という言葉で言い表せないくらいには」
大柳はこちらを気遣うそぶりを見せたが、早く本題に入った方がいいと思い直したのか、それ以上は続けなかった。
「……で、佐藤の話だが。まぁ、格好つけたがりで見栄っ張りな奴だったよ。サッカーもモテるために始めたみたいなもんで、練習なんて大してしてないんじゃないか。器用だから、それでもそれなり以上にできちまうんだけどな」
野球一筋で愚直にやってきた俺と馬が合うはずがなかった、と大柳は笑った。
「俺たちの方がたくさん練習して、大会でいい結果を出しても、周りは佐藤たちサッカー部の方を褒めるんだ。それは別にいいさ。でもあいつ、調子に乗って野球部を馬鹿にするようなこと言うんだよ。それで、大喧嘩。今でも俺たちのいた中学じゃ伝説になってるんじゃないか」
冗談交じりに話しているが、佐藤のことを嫌っているのは事実なようだ。だがここまでの話では、佐藤はそんなに珍しくもない人間のようにも思える。少なくとも、人に嬉々として暴力をふるったりするようには聞こえない。
「……そんなわけで、俺はあいつのことが嫌いだ。だから、ここから先の話は、決してあいつを擁護するつもりでするんじゃないってこと、分かってくれるか」
古賀と天羽はベンチに座り直し、小さく頷く。
「示し合わせた訳じゃないが、たまたま二人ともこの高校に入って、一年の時のことだ。俺と佐藤は同じクラスで、相変わらず喧嘩ばっかりしてたわけだが、ある時からあいつの様子がだんだんおかしくなっていった。クラスでは変わらず皆にちやほやされてるが、どこか反応が鈍いというか、元気がない。おかしいな、と思って、野球部の先輩を通して、いろいろ調べたんだ」
「それで、原因は何だったんですか」
「……佐藤は、サッカー部でいじめられていた。高校でもスカした態度で適当に練習して、それでも上級生よりずっと上手かったのが癪に障ったらしい。詳しくは聞いてないが、古賀と同じくらいか、それ以上のやつだ」
古賀は眼を見開いた。隣では天羽が絶句している。大柳は俺たちの驚いた表情を見ながら、慎重に言葉を選んで続けた。
「三年生が引退して、いじめは収まった。佐藤は今、エースストライカーとしてチームの皆に認められてる。でも、あれ以来、あいつはどっかおかしくなったままだ。自分が群れの中心でいることに、異常にこだわってるような感じがする。あいつがクラスで同級生にひどいいじめをしている、と聞いた時、耳を疑ったが、どこか納得している自分もいたよ」
「……つまり、何が言いたいんですか」
「勘違いしないで欲しい。お前を痛めつけた主犯は佐藤だろうし、お前が佐藤を恨んでも、それは至極真っ当なことだろうよ。……ただ、あいつが人をいじめるとしたら、その理由は個人的な恨みやストレス発散なんかじゃないと思う。そうしないと、自分が中心でいられなくなる。そうじゃなけりゃ、それほど残虐なことをするような奴じゃないんだ」
「古賀出日留をいじめなければ、クラスの中心でいられなくなる」。そういう空気があったからこそ、佐藤はあれだけのことができた。しなければいけなかった。
「発端は、佐藤ではないと?」
「俺はそう思う。これでも中学から、憎たらしい顔をずっと見てきたんだ」
大柳の言うことは一理ある。けれど、古賀は事実を、どう受け止めたらいいか分からなかった。佐藤もまた、「空気」に、学校中に蔓延するジャシンにあてられて、罪を犯したというのか。
「すみません。最後に、ひとつお願いがあって」
「何だ?」
「志田楓、って人と連絡が取りたいんですけど、伝手をお借りしてもいいですか。明日もう一度学校に行くってのは、ちょっと」
「志田、志田……あぁ、陸上部のあいつか。わかった、話をつけといてやる」
大柳と連絡先を交換しながら思考を巡らせていると、不意にスマホの着信音が鳴った。古賀のものではない。大柳がスマホの画面を開いて、立ち上がる。
「悪い、電話だ。お前らが何をしようとしてるのかは知らんが、応援してるよ」
「どなたからですか?」
天羽の無邪気な問いに、大柳は照れ臭そうに画面を差し出した。
「あんだけモテたがってた佐藤にはついぞ彼女ができなかったが、俺にはできた」
画面には、「宮子ちゃん」という文字と、可愛らしい兎のアイコンが表示されていた。
「なんか、おかしな話聞いちゃいましたね」
帰り道、腑に落ちない様子で天羽が言う。
「……佐藤に昔何があったとしても、俺には関係ない。明らかにやり過ぎだ」
「それはわかってますよ、もちろん」
でも、と天羽は続ける。
「もし、私たち……天使がちゃんと仕事できていたら、佐藤くんも救えてたのかな、って思っちゃって」
天使は存在する。今、古賀の目の前に、確かに。
けれど、この世界から、「ジャシン」は消えない。毎日、世界中でたくさん人間が、罪を犯し続けている。
そういえば、まだ聞いていないことがあったな、と古賀はふと思った。
天使は存在する。ならば、神様も実在するのだろうか。もし実在するなら、彼はどうして、世界をこんな風に造ったのだろう。




