表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トランキライザー莉理香 最初の事件 ー亜空間の檻ー  作者: Futahiro Tada
第三章:閉ざされた狂宴

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/25

五 影を喰う夜

五 影を喰う夜


 夜は、いよいよ深みに沈んでいた。

 嵐は止むどころか勢いを増し、窓を割らんばかりに叩きつける。

 電灯はチリチリと音を立て、時折暗闇に飲み込まれそうに瞬く。

 その光の揺らぎの合間に、影が増えていた。

 数を数えれば確かにそこにいる人数と合っているのに─壁や床に落ちる影が一つ、多い。

「…誰?」

 冴子が震える声で呟いた。

 しかし、誰も答えなかった。

 誰のものでもない影が、確かにそこにあったからだ。


* * *


「やめろ…!やめろ…!」

 男子の一人が泣き叫び、床を叩いた。

「もういやだ!殺されるのは俺じゃない!俺じゃないはずだ!」

 叫びは次々と連鎖する。

「次はあんただ!」

「ふざけないで!あたしじゃない!」

「やめろ!お前ら黙れ!」

 生徒たちの恐怖と怒号と泣き声が交錯し、室内の空気はぐしゃぐしゃに乱れていた。

 まるで建物そのものが彼らの狂気に呼応するかのように、床が波打ち、壁がきしむ。


* * *


 その渦中で、ただ一人冷静なのは莉理香だった。

 彼女は窓際に立ち、嵐の夜を背景に瞳を光らせていた。

「…見える。影が喰われている」

 莉理香の言葉に全員が凍りついた。

「し、影が…?」

 と、ある生徒が言うと、莉理香が答える。

「ええ。誰かの影が、少しずつ削られている。光が弱まったせいではない。……存在そのものが喰われているのです」

 生徒たちは慌てて自分の足元を確認する。

 冴子が悲鳴を上げた。

「いやあっ!短くなってる!影が…影がわたしを離れていく!」

 その叫びが、恐怖を臨界へと押し上げた。


* * *


 ─ゴウン。

 床下から再び、低い振動。

 窓ガラスがビリビリと震え、光が一瞬だけ消える。

 闇が一気に押し寄せた。

 その闇の中から、影がじわりと膨れ上がる。

 壁に映る影の数が増え、重なり合い、やがてひとつが不自然に揺らぎ始めた。

「…いる…!」

 影山が掠れ声で言った。

「誰かの…後ろに…!」

 次の瞬間、男子の一人が突き飛ばされたように床に倒れた。

 彼の影が床から剥がれるように浮き上がり、黒い口のような裂け目に吸い込まれていく。

「やめろおおおおおっ!」

 彼は必死に叫び、もがくが、身体はそのまま硬直し─次の瞬間、ぐしゃりと影に潰された。

 残ったのは、床に広がる黒い染みだけだった。


* * *


 誰もが悲鳴を上げた。

「消えた…!」

「いなくなった…!」

「影が…喰った…!」

 生徒たちが叫びだした。

 それを受け、突如冴子は髪を掻きむしり、狂ったように笑い出した。

「そうよ!順番なんだ!順番に喰われていくんだ!次は…次は…!」

 本郷は壁にもたれ、嗚咽を漏らしていた。

「守れない…もう誰も守れない…」

 花森はただ無邪気に拍手していた。

「すごい…すごいね…ほんとに遊園地みたいだ」


* * *


 莉理香は冷たく言い放った。

「影を喰うのは、この建物の深淵。犠牲者が現れるたびに、それは力を増している」

 影山が顔を上げ尋ねた。

「じゃあ、次は誰だ…?誰が…?」

 莉理香は窓の外を見つめる。

「次の影は、もう選ばれている。だが─まだ完全には喰われていない」

「止められるのか…?」

 影山の言葉に、理香はゆっくり笑みを浮かべた。

「止められるかどうか。それは、わたしたちがどこまで深淵に近づけるかにかかっている」


* * *


 その瞬間、全員の耳に─声がした。

 ─つぎは、おまえだ。

 ─つぎは、おまえだ。

 声は誰のものでもない。

 しかし、確かに各々の心臓を指差していた。

 冴子が錯乱し、叫んだ。

「やめて!やめてよおおおお!」

 影山は震え、ノートを握りしめる。

 本郷は膝をつき、うなだれる。

 花森は微笑んだまま、口の中で「おまえだ」と囁き返していた。


* * *


 莉理香は全員を見渡した。

 嵐の稲光が彼女の横顔を白く照らす。

「深淵は、わたしたちを選別している。弱き者、怯えた者、心が折れた者から順に喰われる。だから─次の犠牲者はもう決まっている」

 莉理香の言葉に、全員が息を呑んだ。

 そして同時に、自分こそがその「次」ではないかと恐怖に苛まれた。

 嵐の夜は、誰一人眠らせない。

 影は、ゆっくりと喰らい続ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ