三 予兆の影
三 予兆の影
六郎ピラミッドの異様な死体が発見されてから数時間。
集会室に押し込まれた生徒たちは、ほとんど眠っていなかった。
窓の外では嵐が続いていた。
稲光が森を切り裂き、雷鳴が山を揺らし、風は怒り狂う獣のように建物を叩きつける。
だが、その轟音の合間に、さらに深い静寂が忍び込む。
全員の心臓の鼓動が揃ってしまったかのような、奇妙な沈黙。
そこに座っている誰もが、次の犠牲者になる可能性を抱えていた。
* * *
「…なあ、本当に空間が動いてるってのか?」
男子の一人が声を潜めて言う。
「もう見ただろ…あれは人間の仕業じゃない」
影山が答える。顔は青白く、ノートの上に震える手で線を引き続けていた。
「でも…誰かがその瞬間を知ってるんだろ? だったらやっぱり、犯人はこの中に…」
ある生徒の言葉の先は、誰も言わなかった。
視線は、必然的に茉莉香へと集まる。
* * *
茉莉香の口元が動いた。
次の瞬間、そこに宿る人格は、すでに彼女ではなかった。
「視線で人を裁こうとするとは、愚かな観客ですね」
莉理香の声。
その一言で全員が固まる。
「わたしは犯人ではありません。─犯人なら、もっと愉快にやるでしょう?」
微笑みは冷たい刃のようだった。
誰もその返答に抗えず、ただ沈黙のまま顔を伏せるしかなかった。
* * *
本郷が立ち上がった。
「もういい!お前が誰であろうと、俺は…全員を守る義務がある!」
だが、その声は震えていた。
守ると言いながら、すでに三人が死んでいる。
彼の均衡は完全に崩れていた。
「先生、守る義務があるなら─まず真実を直視してください」
莉理香は冷たく告げる。そして続けて、
「この建物は呼吸している。呼吸に巻き込まれた者が死ぬ。だが、呼吸のリズムを知っている者は、安全地帯を選べる」
本郷は顔を歪めた。
「そんな馬鹿げた話が…」
だが否定の言葉は弱く、誰の心にも届かなかった。
* * *
「ねえ、ねえ」花森あゆが唐突に声をあげた。「次はいつ来るのかな。境界がズレるの」
その無邪気な問いに、全員が息を呑む。
彼女の声は笑っているのに、瞳だけが光を宿していなかった。
「…お前、何か知ってるのか?」
男子の一人が震え声で訊いた。
花森は首を傾げて微笑む。
「ううん。ただ…感じるの。ここが息してるって。吸って、吐いて…次に誰を飲み込むのかって」
花森の言葉は呪いのように全員の胸に突き刺さった。
* * *
冴子は髪を掻きむしり、泣き声を漏らす。
「もうやだ…こんなの、夢に決まってる…」
影山は筆圧で紙を破りながら数字を書き連ねる。
「二時間二十五分ごと…ズレ…規則…次は…」
本郷は壁際に崩れ落ち、顔を覆って嗚咽を漏らしていた。
「もう、守れない…」
それぞれの均衡が壊れていく。
誰もが内側で崩れていく。
* * *
莉理香は窓の外を見つめ、低く言った。
「嵐が収まることはない。外へ逃げても、森が呑み込む。─つまり、出口は存在しない」
生徒たちは凍りついた。
閉じ込められたという認識が、恐怖をさらに濃くする。
「ではどうするんだよ…!」
誰かが叫んだ。
莉理香はゆっくりと振り返った。
「簡単です。犠牲者が増えれば、真実は鮮明になる。わたしはそれを観察する
その残酷な宣告に、全員が絶望の顔を見せた。
* * *
─ゴウン。
床下から低い振動が響く。
窓の外で雷光が走り、建物がきしむ。
空間が、またズレ始めている。
非常灯が緑に滲み、影が二重に重なる。
誰かが喉を鳴らした。
「…また、来る…」莉理香は笑みを浮かべる。「幕は上がった。次の犠牲者の影が、もうそこにある」




