一 嵐の檻
一 嵐の檻
夜は嵐で始まった。
窓を打つ風雨が、規則正しいリズムを持たない。
叩きつけられる雫と、突き上げる風圧と、遠雷の唸りが、まるでバラバラの楽譜を重ね合わせたように鳴り響いていた。
「出られないな…」
本郷が低く呟く。
施設の外に避難するなど到底不可能。もし出たところで、山道は崩れ、森は刃のように荒れている。
子どもたちは集会室に閉じ込められていた。
恐怖と疑心暗鬼と嵐の音が混じり、空気はどろどろに濁っていた。
* * *
「これで二人…」
誰かが呟いた。その言葉は重く、全員の心臓に突き刺さる。
「次は誰だよ」
「どうせ…また誰か…」
と言う生徒たちの声が小さな炎のように広がる。疑いはすぐに燃え移る。
冴子が震えながら叫んだ。
「犯人はこの中にいるんでしょ!?だったら全員縛り付けて朝まで動かないようにすればいいじゃない!」
その言葉にざわめきが走る。
花森が首を傾げて笑う。
「でも…空間の方が動くんだよ?縛られてても、潰されちゃう」
花森の言葉に誰も反論できなかった。
彼女の言葉は異様に無邪気で、それゆえに残酷だった。
* * *
茉莉香の肩が震える。
呼吸が早まる。
胸の奥から、冷たい笑いが滲み出す。
『もう抑えられないわよ、茉莉香。観客は舞台を欲している。ならば役者が出るしかない』
次の瞬間、目の色が変わった。
空気の密度が一気に変わる。
そこに立っていたのは─茉莉香ではなく、トランキライザー莉理香。
「静かに」
その一言で、ざわつきは切り裂かれた。
「二人目の死体は、娯楽室でミキサー状に切り刻まれていた。あれは偶然ではありません。空間のズレが最大化する瞬間を知っていた者が、そこへ誘導した結果です」
誰かが喉を鳴らした。
「つまり、犯人はこの変化を予測できる人物」
莉理香は鋭い瞳で全員を見渡す。
「そして、犠牲者をそこに立たせることができた人物。─それは、この中にいる」
* * *
影山が口を開いた。
「…予測って、本当に可能なのか?建物の動きはランダムじゃないのか?」
莉理香は首を横に振る。
「ランダムではないわ。呼吸はリズムを持つ。数時間ごとに同じ揺れが繰り返されている。わたしはもう、三度のパターンを確認している」
「じゃあ、犯人も…」
「ええ。知っている。だから仕掛けられる」
影山の目は暗く沈んだ。
その沈黙が、何かを隠しているように見えて、皆の視線が集中した。
「おい…まさか…」
と、一人の生徒が言うと、
「違う!俺じゃない!」
影山は慌てて否定したが、疑念の種はすでに撒かれてしまった。
* * *
「影山だ!あいつが犯人だ!」
男子の一人が叫ぶ。
「だって観察ばっかりしてるし、怪しいじゃん!」
「そうだ、あいつノートに地図描いてたし!」
生徒たちは次々と声を上げる。すると影山は青ざめ、唇を震わせた。
「ち、違う…俺は…ただ、気になっただけで…」
莉理香は静かに遮る。
「やめなさい。疑いは推理を濁す。わたしが判断する」
その冷たさに全員が黙る。
だが沈黙は恐怖を増幅させる。嵐の轟音とともに、不安が心臓を締め付けた。
* * *
突如、建物が大きく揺れた。
ゴウン、と床下から響く。
壁が軋み、照明が瞬く。
「来る…!」
莉理香が叫ぶ。
非常灯が緑に滲み、影が二重に重なる。
空間が─また、ズレている。
その瞬間、誰かの悲鳴。
「…ああああああ!!!」
* * *
駆け寄った先は─階段踊り場。
六郎ピラミッドと呼ばれる男子が倒れていた。
身体が、潰されていた。
骨も肉も均等に押し潰され、二次元の絵のように薄くなっている。
目だけが飛び出し、血の泡が口から零れていた。
「…空間が、圧縮された」
莉理香は呟いた。
床と天井が一瞬だけ近づき、その間に挟まれた身体が紙のように潰れたのだ。
─第三の犠牲者。
* * *
生徒たちは叫び、泣き、走り回った。
「もういやだ!殺される!」
「出してくれ!外に出してくれ!」
「この建物はおかしい!呪われてる!」
と、混乱状態に達する生徒たちを本郷は必死に制止しようとするが、その声は嵐にかき消される。
恐怖は完全に臨界に達していた。
その渦中で、莉理香は静かに目を閉じた。
─推理が進む。
─犠牲が増えるたびに、真実が姿を現す。
「いいわ…これで事件は加速する。わたしが解く。必ず、ここで」
莉理香の超絶推理が始まる―




