8話 ナンパ、マック、リング
街中で部員を見かけ、なぜか電柱に隠れてしまった。
当たり前だが私服姿の4人はいつもと違って見える。
すみれはショートパンツにキャップを被り、ますます小学生男子だ。
美依希は清楚な白のワンピース、イメージどおりだな。
優羽はベージュのロングスカートを履いてカットソーにデニムジャケット。なんというか……大人オシャレだ。
小鞠は鋲付きの厚底ブーツにミニスカートにプロレスロングTシャツで全身真っ黒コーデ。おぉ、そっち系か!
4人は若い男2人と話している。
友だちか、誰かの彼氏か、はたまたナンパか。まあ、どれにしたって教師の俺が立ち入る話じゃない。見つかって気まずくなる前に前に消えるか。
と踵を返したその時
「ド塩っぱレスラーのくせして、しつこく絡んでくんな!ナンパしてるヒマあったら基礎体してろ!」
という小鞠の怒声が繁華街に響き渡り、何事かと通行人が振り向く。
よく見ると、ここはさっきのポスターの会場の前だ。ということは、あいつらレスラーか!?
小鞠今めちゃくちゃ煽ってたぞ!
片方の男が小鞠の髪掴んで凄みだした!
マジかあいつら!
慌てて割って入る。
「すみません、私この子たちの学校の教師なんですが何かありましたか?」
「センセ?」「なんでいるの!?」
たまたまだよ。説明はあとだ。
「とりあえず、暴力はよくないですから手を離してやってもらえませんか」
と相手の男を正面から見据える。
172cm74kgってところか。世間では細マッチョで通るか知らんが、レスラーとしては鍛錬不足だな。
男は俺の顔を眺めたあと、小鞠の髪から手を離して俺の髪に持ち替え、誰だテメエとニヤけてみせる。
マジかこいつ、行儀悪すぎるだろ。
仕方ないな。ひとつため息をつく。
掴まれている頭を少し引いて相手の腕を伸ばす。伸びた肘を外側からトンと叩くと、一瞬逆関節に入り痛みに手を離す。
「この野郎!」
と個性のないセリフを吐いてもう1人が殴りかかってくる。
ここは殴らせといたほうが後々よさそうだな。パンチを硬い額で迎えにいく。
美依希が悲鳴をあげる。
向こうは強がっているが拳をおさえている。良くて突き指、悪くて脱臼ぐらいか。どうやら相手のやつらも、様子がおかしいのに気づいたようだ。
そろそろ野次馬が増えてきた。警察呼ぼうかなんて声も聞こえる。面倒はごめんだな。
「小鞠、そこのマックでジュースでも飲んで待っといてくれ。中で話ししてくる」
と1000円札を1枚押しつける。
「長谷川さんは中にいるか?話しさせてもらうぞ」
気圧された2人の横を通り、ライブハウスへの階段を下りる。
控え室のドアをわざと乱暴にあけ、開口一番大声をあげる。
「さっきここの選手に殴られたんだが、責任者はいるか?」
奥で長谷川がリングシューズの紐をほどいている。腕にはあの頃には無かったタトゥーがいくつも入っている。色気づきやがって。
「責任者なんかいねえよ。だいたいお前なんだ?殴られたから、殴り返しにでもでも来たのか?」
顔を近づけて凄む長谷川の様子を見て、何人かのレスラーが立ち上がり囲みにかかる。
「長谷川さん大変だな。フリーの奴ら集めて興行打って。だけどちょっとしつけが良くないな。後藤さんが見たら喰らわされるぞ」
長谷川が虚を突かれる。
「草野……さんか?」
「気づくのが遅かったな、奥で2人で話さないか」
奥の倉庫で経緯を話すと、長谷川は平身低頭した。
「すまない!草野さん、あいつらにガッチリ喰らわしとくから!本当に申し訳ない」
「喰らわさなくてもいいけどさ、最近あんなのしかいないのか?」
「塩っぱい奴らだけど、チケット何枚かは捌ける奴らだからなかなか切れなくてな。でも、そこまで行儀が悪いなら考えないといけないな
……それにしても、草野龍哉が今は先生か」
「何かしないと生きていけないからな。借金もあるし」
「噂はこっちの耳にも入ってたよ。ひどい話だな」
「業界じゃよくある話さ。俺が甘ちゃんだっただけだよ。ところで、道場は構えてるのか?」
「まさか!そんな金がかかる物持てるかよ。興行も月1〜2回が精いっぱいだからな」
「リングもレンタル?」
「最初はレンタルしてたけど中古を買ってトラックに入れてるよ。でもトラックのリース代と駐車場代もばかにならなくてな」
ふむ。これは話す価値がありそうだな。
マックの2階に上がると、全員セットにナゲットまでつけて盛り盛り食べているところだった。
「小鞠、ケガなかったか」
「ないよ!センセこそ殴られてたけど大丈夫だったの?」
「ああ、わざとだよ。主催者が知り合いだったから穏便に済んだよ。
皆であそこのプロレスを見に行ってたのか。面白かったか?」
「全然面白くなかった!チケット代損したと思って出たら、あいつらがしつこくナンパしてきてさ!」
「でも小鞠、レスラー相手じゃなくてもあのキレ方してたら、命がいくらあっても足りないぞ」
皆が頷く。
「まあ、コマちゃんがキレてなかったらアタシが行ってたわね」
「オレもだよ!」
「そ、それはともかく少し盛り上がったのはメインぐらいでしたね」
「メインも長谷川選手は良かったけど相手がイマイチだったよー」
「まあ、なぜ面白くなかったかを分析するのも大事だよ。そういう意味ではいい経験したかもしれないぞ」
「塩っぱい試合はだいたい、
①出来ないことをやっている
②客のためじゃなく自己満足のために技をやっている
この2点に集約される」
「あー確かに!技いっぱいやる割に失敗するし、5〜6分の試合がクソ長く感じたな!」
「だろうな。それはそうと、朗報だ。リング貸してもらえることになったぞ」
「は?」「マジで?」「なんで?」
「さっきの主催者の長谷川って奴が知り合いなんだが、リングを保管する費用が嵩んで困っていたらしくてな。
それならうちの部室をタダで貸すから、練習に使わせてくれって交渉してな」
「ただし、向こうが試合の時はリングを持っていくから無くなるけどな」
「でも、うちの学校結構山の手だし、部室も奥まったところにあるから不便じゃないの?」
「確かにな。断ったら今回の件を暴力事件として表に出すって言ったら『快く』OKしてくれたよ。
マスコミはプロレスラーと自衛官の事件が大好物だからな。
Win-Winってやつだな」
「あ、でもマスコミに出してしまって団体潰して示談金代わりにリングを奪うっていう手もあったな、そっちの方がよかったか……」
と独り言を言っていると、全員眉根を寄せている。
「クサリュウ、あんたプロレスのことになると時々モラルがゼロになるのね」
「教師の発想とは思えませんでしたね」
「わざと殴らせて交渉を進めるのが悪質だよなー」
「ハンバーガー代も欲しかったです」
小鞠、最後のそれは話が違わないか?




