6話 流浪の民と幽霊屋敷
放課後の1年F組教室。俺の前に
桂木小鞠
市川美依希
橋本優羽
中嶌すみれ
4人の部員が並んでいる。
まだ始まりだが、ここまでも山あり谷ありだった。本当に感慨深い。
「あらためて、JKWプロレス研究部
今日から本格始動だ。みんなよろ……」
ガラララ……と教室の引き戸が開く。
「すみません、ここ美化委員で使うので空けてもらえますか」
「これじゃ私たちジプシージョーだよ〜」
廊下を歩きながら小鞠がぼやく。だから古いって。
「まあまあ。私のところの1Aは空いてるそうなので、そちらに行きましょう」
と美依希が助け舟を出す。
「……今度こそあらためて、JKW本格指導だ。さっきのように、我々もいつまでも移民の歌を歌っているわけにいかない」
「お、センセ。ブルーザー・ブロディだね」
小鞠のが感染ったか。
「そこで明日には第1回部長会議があるわけだが、それについては俺よりも適任者がいるからお願いしようか。中嶌、頼む」
「はい、部長会議での主な議題は2つ。予算の配分と部室および練習場所の割当てです」
「予算は前年収支と必要経費の根拠を提出し、部活動の実績および部員数に応じて割り当てられます。
特にJKWは今年が1年目ですので、経費の根拠はシビアに要求されると思います」
おや、小鞠の様子がおかしいぞ。
「部室および練習場所は、実際のところ球技系や陸上、吹奏楽といった花形クラブについては固定されているのが実情です。
残りの場所を我々のような新興・弱小クラブが奪い合うことになります。
今年は特に廃部・創部ともに多く、人気の場所は応募が殺到するため不便でも広めの場所を狙う等の駆け引きも必要になると思われます」
皆が頷きながら、いや小鞠だけグルングルン頭が揺れている!
「小鞠、だいじょうぶか!」
「だめでふ」
薄々は感じていたが、こいつは難しいことは考えられないタイプだ!
「小鞠1人では無理だ、誰か付添いがいる」
「2名まで出席できるので、ついでに副部長も今決めましょうか。私は生徒会長と兼任はできませんし……」
「アタシはお断りよ」
皆の視線が集まり、美依希が小さくため息をつく。
「仕方ありませんね、お引き受けします」
「よかった〜、ミーキちゃんがいてくれたら勇気100倍だよ〜」
と小鞠がしなだれかかる。確かに、美依希が同席していれば安心だろう。
「では次に予算の件ですが、事前に元プロの草野先生に案を作っていただきました。草野先生、お願いします」
よしきた。すみれから言われて昨晩かなり頭をひねって考えたんだ。
「まずコスチュームが安くおさえて1人3万、リングシューズが5万。まさかリングを買うわけにはいかないだろうから、月1回レンタルするとしてトラック代とあわせて1回15万✕12回。その他備品諸々と、頑張って値切って220ま……」
「なめてんのか」
え?
「な・め・て・ん・の・か?」
また出た、佐山聡だ!こわい!
「いいか脳筋男、部費予算の目安は年間1人2万だ。それを2万3千とか2万5千にするために皆必死こいてんだよ!
それを何だ?のんきに『頑張って220万にしました』って!
やれ!すぐやりなおせ!30分以内にやり直さないと蹴り〇すぞ!」
「た、たすけて小鞠……殺される……」
結局、震える手で運動用マットとコスチューム材料代の10万に書き直しさせられた。あとは部長と副部長の手腕に任せるしかない。
次の日、会議から帰ってきた小鞠と美依希の前にすみれが仁王立ちしている。
「つまり、会議中ずっと小鞠はオーバーヒートしてて、美依希は顔赤くして下むいてたわけか」
「ごめんなさい、私大勢の人の前で喋るのが苦手で」
美依希は長身をこれ以上ないくらい縮こませて、消え入りそうな声で答える。
「ミーちゃんはそういうとこあるもんね。コマちゃんも頑張った頑張った。
はい飴ちゃん」
口に飴を押し込み、自分も食べる。大阪のオバチャンかよ。
だがおかげで、幾分2人の表情が明るくなる。
「結局部費は1人2万の8万か。実績も無いしこれは粘っても一緒だったかもな。
部室はくじで引いた……旧校舎実習棟?何処だそれ?生徒会長のオレも知らねーぞ?
とりあえず見に行こーぜ」
「そ……その前に、中嶌さんそんな喋りかただっけ?まだブチ切れてる?」
たまらず尋ねる。
「あー……生徒会長の時は威厳がある方がいいかなと思って気取って喋ってたんだけどさ。
オレ元々こんな感じなんだよ。
部活なら変に作らなくていいと思ってさ。がっかりしたか?
あと、すみれでいいからな」
と、片ひざを立てニカッと笑った口元には八重歯が光る。小学生というより小学生男子みたいだ。
「いや、むしろ……ねえミーちゃん?」
「ええ……なんだか母性本能が……」
「小鞠、ずっと可愛い弟が欲しかったんだ〜」
「おい!お前ら、変な目で見るんじゃねえ!」
第2グラウンドの奥、通称「共商の森」の端に旧校舎実習棟は鎮座していた。
少し高めの平屋建てで、昭和を感じさせる倉庫だ。壁のスレートは地面からの湿気で黒く汚れ、ところによっては軒近くまでツタに覆われている。
端的に言うと、幽霊屋敷かギャングが人質を縛り上げてるかどちらか、といった建物だ。
「職員室に鍵を取りに行った時に聞いたら、大昔に工業科があった時の実習室だったみたいだな。旋盤とかの」
「あ〜それで実習棟……」
「古い木造校舎は取り壊されて第2グラウンドと森になったんだが、この建屋だけ鉄骨で手ごろな大きさだったから倉庫代わりに残されていたそうだ」
「ここに入るんですか?本当に……」
美依希お嬢様はもう後ずさりして脱走しそうだ。
「まあ倉庫としても今は使われてないから、部室用に回されたみたいでな」
腰まである雑草をかき分けて、ドアに鍵を差し込む。錠前が錆びついているのか、鍵を折ってしまわないか心配になったところで鍵が回る。
「ブワッ!」
「センセどしたの!?」
一歩入ると何かが顔にまとまりついてくる。
目が慣れてくると、散乱したガラクタと厚く積もったホコリ、一面に張り巡らされたクモの巣が目に入った。
「しばらくはプロレスのマスクじゃなく薬局のマスクがいるね」
顔にまとわりついたクモの巣を払いながら、優羽の皮肉に答える。
「ああ、でも最高の物件だ。リングが置ける。」
優羽の言うとおり、4月は片付けと掃除で潰れてしまった。ガラクタはほとんどが捨てていいもので、量もそこまでないのが幸いだったが積年のホコリに手を焼いた。
翌日から汚れてもいいように、古いプロレスTシャツをどっさり持ってきてやった。
プロレスをやっていると、イベントだ試作品だとヘンテコなTシャツだけには事欠かないのだ。
ゴミ袋を引きずっているすみれはTシャツが膝上までのワンピースになっているし、窓を拭いている美依希は『害虫軍団』Tシャツだ。
優羽は……デザインもサイズもぴったり、よく似合ってるな。
小鞠はというと、鬼の形相のグレート瀬尾Tシャツを腹で括り、ショートパンツ姿でニコニコとデッキブラシをかけている。
「センセ、このTシャツもらっていいの?」
「別にいいけど、着古してるし掃除で汚れたし捨てろよ」
「ん〜ん、洗って家宝にする」
人の気も知らないで。
「おつかれさん、飲み物買ってきたぞ」
「わーい」
「なんとか連休に間に合いましたね」
ピカピカ、とまではいかないがガラクタとホコリがなくなったコンクリートの土間に、体操部から借りているマットを敷き並べた。
少し建付けの悪い窓を開けると、隣の敷地の墓地が目と鼻の先だ。墓参りのおばあちゃんと目が合い会釈する。
だいたい学校は町外れに建っているものだ。
4月の爽やかな風が頬を撫でた。
「ミーちゃん、ここ夜1人で練習してたら『出る』んじゃない?」
「橋本さんやめてください!私そういうの苦手で……」
「うふふ、そうだと思った。優羽さんって呼んでいいわよ」
「あれ?スミレちゃんは?」
「今日は生徒会で忙しいって言ってたからな」
と言うか言わないかで豪快にドアを空けてすみれが入ってくる。
「おつかれー!遅れてわりー」
「スミレちゃんおつかれー!
何持ってるの?」
「道場といえば看板だろ、生徒会の倉庫から板切れとペンキ拝借してきたぞ」
「お〜、さすが生徒会長!」
「で、誰が書くんだ?」
全員で顔を見合わせる。
「そりゃねえ……」
「ここは部長に……」
だよな。
「文句は無しだよ〜」
筆を持った小鞠が唇をペロリと舐めると、一気に書き進める。
『JKW道場』
整っているとは言えないが勢いがあっていい文字だ。小鞠はいざという時に思い切りがいいんだよな。
どうだ!と頬に墨をつけた小鞠が看板を立てる。
「おぉ〜」という皆の歓声は、垂れてきたペンキにすぐに「あぁ〜」に変わった。
俺がドアの上に看板を打ちつけ、いよいよ道場開きだ。
「皆のおかげでここまでこぎつけました」
「センセ、硬い硬い」
「そうだな、じゃあ俺たちJKWの船出に乾杯!」「かんぱ〜い」
「ねえ写真撮ろうよ!」
小鞠がスマホを持った手を伸ばし、皆当たり前のように画角に入り出す。
そうか女の子は自撮りなんだな。
「センセもっとくっついて、ミーキちゃんのほう!」
こんな時どんな顔をすればいいかわからないな。




