4話 簀巻きJKと小学生JK
思ったとおり、小鞠はJKW道場こと体育館ピロティの片隅でマットに簀巻きになっていた。
いや、簀巻きは予想外だったが。
簀巻きを転がしてこちらを向かせ、その前にしゃがむ。
「こま……桂木さん」
「小鞠でいいです」
「小鞠、橋本さんのことはな……」
「もういいんです、ちょっと考えたらセンセがそんな人じゃないのは分かるのに、頭バグって暴走して。
少し自分が嫌いになって太巻きになってるだけなんで、放っといてください」
簀巻きな。
「……あと小鞠もホントに痛かったんですよ」
返す言葉が見つからなくて背中を向けた。しばらく考えてようやく絞り出しす。
「最後のスピアー良かったよ。
知らないかもしれないけど、あれ俺の得意技でさ。デビュー当時から大事に使い続けてたんだ。
今日小鞠が使ってくれて、嬉しかった」
「知ってましたよ、当たり前じゃないですか」
「……そうか、ありがとう」
目頭をおさえて立ち去ろうとしたところに校内放送が流れる。
『JKWプロレス研究部、部長1年F組桂木小鞠さん、顧問草野先生、至急生徒会室にお越しください』
なんて1日だ。たそがれている場合じゃなさそうだ。簀巻きから小鞠を引き抜いて立たせる。
生徒会室の無駄に重厚な観音扉を開けると、生徒会長中嶌すみれが待ち構えていた。
150cm無いくらいの身長にショートカットの髪に華奢な手足。小学生と間違われそうな体格だ。
「クラブ紹介、興味深く拝見しました。」
この入り、猛烈に嫌な予感がするな。
「ただ、試合の相手を務めた市川美依希さんが後頭部を強打する負傷をし、保健室に担ぎ込まれたと聞き及んでいます。私も勿論試合は見ていましたが、スポーツの範疇を大きく逸脱した暴力行為と判断しました」
「よって部活動規則26条に基づき、明日から活動停止3日間の処分とします」
「そんな!あれはプロレスの試合でふつうに起きたことで……」
と小鞠が食ってかかる。
「今日のような危険が『普通』であるならそもそもプロレスを部活動として認めるべきではない、というのが生徒会の見解です。」
いかん、このまま議論しても追い詰められるだけだ。目で小鞠を制する。
「中嶌会長、活動停止の活動の範囲と期間は?」
「練習、対外試合、大会出場、勧誘、事務処理、会議等、部活動に関わる一切が24日の閉門時間19時まで禁止です。」
「そんな〜!もう部を潰すと言ってるようなもんじゃないですか!共商祭でプロレスして、卒業までにとどろきアリーナみたいなトコでやるぞってセンセと約束したのに〜!」
したか?そんな約束。と呆れていると、突如ドスの効きすぎた声が響く。
「なめてんのか」
え?
「な・め・て・ん・の・か?」
え?佐山聡先生?
「甘ちゃんが!なにがとどろきアリーナだ!あそこは昨日今日やりだしたド素人が立てる舞台じゃないんだよ!舐めたこと言ってると蹴り〇すぞコラ!」
と通知書を投げつけてくる。
小鞠と2人、罵声を背に受けながら逃げるように生徒会室をあとにする。
「あのチビッ子会長、なんだよ急にブチ切れてさ!プロレスに親でも殺されたんじゃない?」
と小鞠が喚いている。
確かに努めて冷静に振る舞っている中嶌会長があそこまで激昂するのには、違和感を感じたな。
まあでも、小鞠は落ち込んでいるより怒るくらいのほうがよほど似合ってる。
ん?
『プロレスに親でも殺された』
どこかで聞いたセリフだ。
記憶をたどる。
ああ、俺だ。
俺が西東京プロレスの事務所で喚いたんだ。今の小鞠のように。
〜5年前〜
「くそ!どこの会場も『ウチは規則でプロレスには貸せません』って!プロレスに親でも殺されたんですかね」
「しょせんプロレスってのは、世間からそう見られてるってことだよ草野。
実際、備品のイスを壊す、流血して汚したまま帰る、俺たちの大先輩達が実績を積み上げて今があるんだ。そう喚くな」
と、社長兼エースレスラーの瀬尾さんがたしなめる。
「試合をする舞台を確保して準備して片付けるまでが、俺たちインディーレスラーの仕事だからな、まあ見てな」
と、どこかに電話をかけ始める。
呼び出し音を鳴らしながら瀬尾さんは低い声で呟く。
「草野、世の中には『規則の規則』ってやつがある。覚えとけ。
規則1:規則は誰かに都合がいいように作られている。
規則2:規則は穴がある
規則3:規則を作った者は規則を破れない
規則4:破られた規則は破られ続けなくてはいけない」
電話の相手が出る。
「お世話になります〜
西東京プロレスの瀬尾と申します〜」
信じられないくらいの猫なで声で電話にペコペコしながら話し始める。
「……小鞠、俺がなんとかする方法を考えるから今日はもう帰れ。
明日から練習出来ないから、家でライオンプッシュアップ、ヒンズースクワット、ブリッジは欠かさずやっておけよ」
「う、うん分かった」
挨拶もせず早足で職員室に戻る。生徒会の会則、議事録をデスクに積み上げてめくりはじめる。
熱中しすぎて、19時の閉門当番を忘れてしまいかけていた。
19時前に慌てて校門に向かうと、クジラみたいな黒塗りの車に生徒が乗り込んでいる。おまけに運転手が恭しく扉まで締めている。
暗くてよく見えなかったが、市川美依希だ。美依希もこちらに気づいたのか、軽く会釈して車に乗り込む。
全ての所作に、高校生とは思えない気品がある。
圧倒されて、声をかけることができなかった。
「ミーちゃん、自分のせいで迷惑かけたかもってずっと気にしてたよ」
とその時、背後から突然優羽に話しかけられる
「うわっ!いたのかよ優羽、お前デカいのに気配消すなよ!」
「頭打ちすぎてデリカシーをリングに忘れてきたの?あのあとも保健室でミーちゃんと色々話しててね」
「なんだあの車?市川さんって大金持ちなのか?」
「県内有数の名家の一族らしいよ。あんまり表に出したくないからふだんは普通にしてるけど、今日はあんなことがあったからお迎えが来たみたいね」
「へ〜、お前って見た目に似合わずコミュ力お化けだよな」
「……もういちいちツッコまないわよ。その後コマちゃんとは仲直りできたの?」
「そんなんじゃねーよ、っていうか放送聞こえてただろ。その後生徒会室に呼び出されてさ……」
ことの経緯を話しながら、うんと歳下の橋本優羽に相談してるのも変な話だな、と自嘲した。しかも俺も敵わないグラップラー。不思議なやつだ。
「ふーん、すみれちゃんは好き嫌いで決めるタイプではないし、ミーちゃんの家のことも関係ないとは思うんだけど。あの娘も色々あって屈折してるからね」
「お前何でも知ってるな。どういうことだよ」
「教えてあげるのはやぶさかじゃないけど、もう時間も遅いしディナーでも食べながらにしない?クサリュウの部屋でもいいけど」
「お前よくサラサラとそんなセリフが出てくるな。帰って母ちゃんの飯食ってろよ。小鞠が聞いたら今度はチェーンソーで襲ってくるぞ」
「それもそうね、じゃあクサリュウ続きは明日ね」
「ああ、ありがとう。本当に頼りにしてるよ」
優羽がすこぶるご機嫌な様子で帰宅していく。本当に不思議なやつだ。
エキシビションマッチの効果もなく、新入部員0のまま4月24日、創部届締切日の放課後を迎えた。
「センセ、短いあいだだったけど楽しかった、ありがとね」
小鞠はもう卒業ムードだ。
「なに勝手に引退の10カウントゴング叩いてるんだよ、行くぞ」
と、戸惑う小鞠の手を引いて足早に生徒会室へ向かう。
この2日間、調べるだけ調べて考えるだけ考えた。そして、やれることは全部やってやる。
小鞠が俺にもう一度灯してくれた火は、こんなところで消せないんだよ。




