3話 必殺技と保健室
ミドルキック一撃で吹き飛んだ小鞠。
静寂の場内。そして合点がいかない表情の美依希。
他の教師が顔色を変えて席を立ちかけた瞬間、小鞠がマットを叩いて立ち上がる。
「効かねーなー!」
美依希が小さく舌打ちする。
距離を詰めて胴に突きを連打する。
いいぞ、だいたい想定どおりだ。
小鞠、作戦は覚えてるか。
『キックが来たら無理に耐えずに教えた受け身を取れ。そのほうがダメージが少ない。そして、頑張って立ち上がる姿を客に見せるんだ。
フルコン空手は顔面突きは無い、距離を詰めて胴打ちが来るはずだ。脇を締めて腹を固めて耐えろ。
こっちの打撃はたぶん躱さない……と思うから隙を見てコレだ』
美依希の鉤突きがみぞおちに入る。
小鞠がグクッと呻いて後退する。
美依希は追撃しない。
そりゃそうだ、素人だと舐めてるからな。
いけ!小鞠!かましてやれ!
野球のオーバーハンドスローのように大きく振りかぶって前腕を美依希の胸板にぶち込む。
ズンッ……
と重い音が響き、客席から悲鳴があがる。女子プロレスの基本打撃技、フォーアームスマッシュだ。
美依希は一瞬たじろぐも、すぐに体勢を整える。
当然だ、プロレスの打撃は安全なところを思い切りぶっ叩く。相手を動けなくするものじゃない。
いらついた美依希がロー、ミドルとコンビネーションを放つ。
ヤバい、ギアを上げてきやがった。
小鞠は受け身を取るヒマもなく腰砕けになる。
頭が下がったところに打ち下ろし気味のハイキック。
崩れ落ちる小鞠。
しまった、ハイまで入れてくるとは想定外だった。小鞠に3分粘らせて引き分けにするつもりだったけど止めないと。
ゴングを要請しようと振り返った視界の端に小鞠の人さし指が見えた。
うつ伏せに倒れたまま、人差し指を立てて横に振っている。
キ・カ・ナ・イ・ゼ
とばかりに。ハルク・ホーガンかよ。
膝が震えながら、涎すら垂らしながらゆっくり立ち上がる。さっきの鉤突きも効かされている。乱れた前髪の間から爛々と光る目を客席に向ける。
そうだ目だ、出会ったときから桂木小鞠の目が良いんだ。プロレスラーの目、スターになる者の目だ。
「桂木〜!頑張れ〜!」
生徒の誰かが叫び、別の誰かの歓声が続く。
「小鞠〜!」「立て小鞠!「やり返せ!」
拍手と歓声が講堂で渦を巻く。
美依希は戸惑いの表情だ。
美依希、共商学園これがプロレスだよ。
小鞠、プロレスは最高だろ?
プロレスはいいなあ、草野龍哉。
なんとか立ち上がった小鞠に美依希が再度ハイキックを見舞う。
歓声が悲鳴に変わった刹那、小鞠がハイキックをエルボーで打ち落とす。教えてないぞ。
怯む美依希に、距離を取った小鞠が走り込んで両足タックルで飛び込む。
スピアー!
ビル・ゴールドバーグが開発し数々の相手を粉砕してきた技、そして俺の……!
勢いでマットから飛び出した美依希は講堂の床に後頭部を打ちつける。
小鞠は両足を取ったまま市川の上でブリッジの体勢。
ジャックナイフ固めだ!
カウントを入れる
1、2、3!
ゴングが打ち鳴らされる。
小鞠の勝ち名乗りを上げる。
「小鞠いい試合だったぞ。入部アピールも頼むぞ」
満面の笑みで応える小鞠。
舞台袖に下がると美依希が横たわっていた。駆け寄って、膝と腕で後頭部を支えてやりながら声をかける。
「最後頭打っただろ、大丈夫か」
「いたた、大丈夫です。私熱くなっちゃって頭まで蹴ったのに負けてしまって……」
「いいんだ、本当にありがとう。いい試合だった」
いちおう安静にしたほうがいいな。美依希を横抱きにする。
「!」「先生、私歩けますから」
「念のため頭を動かさないほうがいい、保健室に連れて行くよ」
入部アピールを終えた小鞠が舞台袖に引き上げてくる。美依希を抱えている俺を見て一瞬固まる。
「センセ、スピアーどうだった?」
「すまん小鞠、試合の反省はあとでな。マットも片付け頼む」
「え……私も頭蹴られて痛いんだけどな」
「そしたら後で保健室に来るといい。俺も今から市川さんを連れて行くから」
美依希を保健室のベッドに寝かせ、養護教諭に状況を伝える。
「試合で後頭部を打ったので、冷やして異常が出ないか様子をみてやってください」
と、そこに小鞠もやってくる。
俺の前を素通りして、養護教諭に話しかける。
「試合で頭蹴られてー痛いんですけどー顧問の先生はー何もしてくれないのでー診てほしいんですー」
なんだその棒読み。
「あらあら大変ねー。でも今ベッドが空いてないから掛けて待ってもらえる?」
と養護教諭が答えると、横のカーテンがジャッと開いた。
「人がせっかくサボってるのに、静かにしてくれない?」
よく知っている顔が現れた。
「お、橋本優羽じゃん。またサボってんのかよ。とりあえずうちの小鞠部長休ませるから、そこどけよ」
「クサリュウ、相変わらずデリカシーのかけらも無いね〜。アタシもいちおうケガ人だよ」
と言いながらもベッドから下り、パイプ椅子を軋ませながら腰を下ろす。またデカくなったか?90キロはありそうだ。
あまりにくだけた会話に目を丸くしている小鞠と美依希に、優羽が追い打ちをかける。
「アタシ、見てのとおりのダイナマイトボディじゃない?クサリュウとは毎日のように、組んず解れつしてた仲ってわけ。まあアタシが上になることのほうが多かったけどね〜。まあ今なら、クサリュウに上に乗らせてあげてもいいわよ」
「は、破廉恥な!」
と美依希が顔を背ける。
小鞠に至っては顔を真っ赤にして
「最低!」
と叫びながら、俺に殴りかかってくる。
やれやれ、早くも2発めのビンタかよ。
とその時、美依希が巨体に似合わぬ俊敏な動きで立ち上がり、小鞠の腕をつかみ制止する。つかんだ手首をギリギリと絞め上げているのだろう、小鞠が痛みに顔を歪める。
「コマリちゃんだっけ?それはダメだよ。それやられて困るのはあんたの好きなクサリュウだし、だいいちアタシも許さないよ」
つかんだ手首を緩めたのだろう、小鞠が振りほどいて保健室から飛び出していく。
「優羽、お前がややこしい言い方するからだろうが!
市川さん、さっきのを日本語に翻訳するとだな、橋本は柔道部で同じ階級の部員がいなかったんで俺が練習相手になってたんだ。
寝技では橋本のほうが強かったから上のポジションを取ってたけど、冬に膝をケガして退部した、ってことで、やましいことは無いからね!」
美依希はキツネにつままれたような顔だ。優羽はニヤニヤ笑いながら口を挟む。
「クサリュウ、あんたそんなによく喋るタイプだっけ?それより大事な大事なコマリちゃんを追っかけてあげたほうがいいんじゃない?」
ああそうだ、放っておけない。
くそ、状況をややこしくしやがって。
保健室を飛び出して3歩ほど駆けたところで、ふと思いついて引き返す。
「優羽、柔道辞めたんならプロレス部作ったから一緒にやろうぜ。柔道辞めたのも色々あったんだろうけど。
……まあほら、俺とお前の仲だろ、助けると思ってさ」
「考えとくわ、デリカシーゼロ男」
ニヤリと笑い合って再び駆けだす。




