29話 JKW
ドロップキックの奇襲からサーシャを場外に落とし、ビオレータに的を絞る。コーナーに振り、魅依綺がフロントハイキック。小鞠がジャンピングエルボーアタック。ダブルでブレーンバスター。
戻ってきたサーシャを捕らえ、シュートロープ。ダブルタックルを狙うが、サーシャが両腕のクローズラインでなぎ倒す。
そこから魅依綺が捕まる展開。
サーシャがロープ際にセットすると、ビオレータがロープ越えのアトミコ。さらにその場でバク転してのサマーソルトニードロップ。これはエグい。
魅依綺が悶絶する。
魅依綺もチョップとキックで反撃するが、サーシャの重い逆水平チョップで動きを止められる。プロのリングでの経験値の差を見せつける貫禄だ。
ビオレータが、大声で魅依綺に声をかけ続けている小鞠を場外に落とし、魅依綺を孤立させると、見計らってサーシャが逆エビ固めで締め上げる。
魅依綺が悲痛な悲鳴をあげ、歯を食いしばり唾を飛ばしながらロープに這い進む。必死に腕を伸ばしロープエスケープ間近のところで、センターまで引き戻される。
小鞠はもう半狂乱で「魅依綺!魅依綺!」と叫び続けている。その熱が会場に伝わり、会場に魅依綺コールが巻き起こるなか、目を剥きながらなんとかエスケープ。
不得手だったセールで、魅依綺がプロの会場を沸かせている。俺はすぐ諦めさせてしまったのに、自分で身につけた。魅依綺も結局、自分の力でこの舞台に上がってきたんだ。
サーシャがコーナーに詰めてチョップ、走り込んだところをフロントキックで返す。ミドルキック連発で押し返すが、蹴り足をキャッチされたところを延髄斬り!サーシャがどうと倒れる。
双方タッチ。小鞠は出会い頭に高いドロップキック。軽量のビオレータはコーナーまで吹っ飛ぶ。
そのまま小鞠は、奇声を上げながら対角線クローズラインを3往復。どんどんスピードを上げていく。バックを取りジャーマン狙いのところにサーシャが割って入る。
サーシャのパンチをかわした小鞠、ボディスラムの体勢に入るがびくともしない。
「上がれぇー!」
小鞠の背中がひとまわり大きくふくらみ、絶叫とともにサーシャの身体をゆっくり持ち上げる。
受け手が協力して上がる時は、いっきに上がってしまう。じわじわと持ち上げるということは、サーシャの体重を小鞠の力だけで持ち上げている証拠だ。
プッシュアップ、スクワット、チンニング。地味で苦しい基礎トレーニングを誰よりも打ち込んできた小鞠だからできる芸当だ。
サーシャを投げきった小鞠、ビオレータをロープに振るがリバースして返ってきたところにフランケンシュタイナー。
ビオレータ、そのままコーナーに駆け上がり反転してのクロスボディ。サーシャにタッチし、そのままダブルでロープに振る。
ロープに振られた小鞠を、魅依綺が長い腕を伸ばしてブラインドタッチ。
小鞠はそのままビオレータに巻き付いてサーシャにぶつける。
怯んだサーシャに、魅依綺が拳銃を撃ち込むかのようなトラースキック。
すかさず小鞠がバックドロップ、魅依綺がサッカーボールキックから正面に走り込んでPK。
悪鬼のような形相でフォールするが、サーシャは2ではね返す。レフェリーの胸ぐらを掴まんばかりに「3だろ!」と抗議する。
魅依綺がサーシャを卍固めに捕らえるが、足を解いたサーシャ、なんとそのまま持ち上げアルゼンチンバックブリーカーで締め上げ返す。
小鞠がアルゼンチンの体勢のサーシャの背中に、トップロープからミサイルキックをぶち込んで強引に技を外す。危ねえ!
自コーナーに戻り、タッチを受ける。サーシャもビオレータに交代。
両選手、中央でフォーアームスマッシュの打ち合い。ドス、ドス、と鈍い音が互いの胸を往復する。
体格に劣るビオレータも一歩も引かない。「小鞠ィ、そんなもんかー!?」プロの厳しさを教えてやるとばかりに、強烈なフォーアームで小鞠をのけぞらせる。
とどめのエルボーを小鞠が前腕でガード。バックに回り必殺のジャーマンスープレックス!……が、ビオレータはバク宙して着地、すかさずセカンドロープを踏み台にオスカッター!
大の字になった小鞠に向かって、サーシャがトップロープからのダイビングセントーン!全体重が小鞠の胸板に乗る、これは返せない。
1、2、3直前で魅依綺がカットに入るが、サーシャに強烈なクローズラインで排除される。
小鞠はロープを頼りになんとか立ち上がろうとするが、もう虫の息だ。
乱れた前髪の間から、爛々とギラついた目を客席に向ける。「立て小鞠ー!」会場のあちこちから声援がとぶ。
あの目だ。美依希とのエキシビションで、共商祭のデビュー戦で見せた、そして初めて会った日に俺の心をとらえたあの目。
ギラついて人を惹きつけ、そしてとびきりに美しいスターの目だ。
ビオレータがトップロープに上がっている。小鞠がセールしながらビオレータのほうに近づいていく。近めの距離だ、何をするつもりだ?
ビオレータはトップロープから前宙1回転して飛びつく!ビオレータの全体重と回転力を受け止めた小鞠の足腰が砕けそうになるがなんとかこらえる。
そこからビオレータは後方へ身体を反らしてラナ!2人の身体が同時に高速回転してフォール!
1、2、3!
ゴングが打ち鳴らされる。
『12分6秒、勝者ビオレータ・リンダ!』
ドラゴン・ラナだ!
ドラゴンキッドの秘技中の秘技、世界でも使い手は何人もいない超難度の技だ。
女子で使った、そして受け切った選手は今までいないんじゃないか?
ビオレータとサーシャが悠然と勝ち名乗りを受ける。大の字の小鞠に、涙顔の魅依綺が何事か話しかけている。
小鞠の口元が少し笑っているように見える。『余裕だよ』とか言っているのだろう。
ビオレータが小鞠を、サーシャが魅依綺を引き起こす。ごく短い会話のあと抱擁し、4人で手を上げ歓声に応える。
『リングで生命を預けあうと、魂の深いところでつながりあうんだ。4人にもそんな関係になってほしい』
共商の森の道場開きの日、俺が皆に伝えた言葉だ。それが成就した瞬間を目の当たりにした。
松尾も尾形もタオも彩夏も涙ぐんでいるが、人はどうやら感情のキャパを超えると涙すら出ないらしい。
松尾に身体を揺さぶられても、呆然として退場してくる4人を眺めていた。
小鞠が、美依希が、優羽が、すみれが誇らしげに、少しバツが悪そうに俺を見つめている。
「センセ……」
小鞠も油断したのだろう。少し前までの呼び方で呼ばれ、俺も我に返る。
「いい試合だったが、反省はあとだ。瀬尾さんに謝りにいくぞ。土下座だ土下座」
皆も我に返り、みるみる顔が青ざめる。
「瀬尾さん、申し訳ありませんでした!」
瀬尾さんはいつものようにバナナを食べている。月岡はその横でなんとも言えない顔で立って、土下座の俺たちを見つめている。
「ああ……」
瀬尾さんは食べかけのバナナを見つめながら、しばし考えている。
「お前ら、技を出しすぎだ。興行全体のバランスを考えろ。特にビオレータ、こんな試合でドラゴンラナ使ったらタイトル取る試合でネタ切れするぞ」
「は、はい!」
「避けさせる攻撃が手を抜きすぎだ。あとはストンピング、トーキックとかの繋ぎ技が全部ショッパいな。道場で何練習してる?」
「す、すみません」
「以上だ。下がれ」
「あ、ありがとうございました!」
下がろうとする俺たちの背中に、再度声をかける。
「あ、小鞠と美依希。今日はギャラ無し、次回からだからな」
俺は呆気に取られたが小鞠だけは
「ハイ!」
と元気に返事して退出する。
控室から出てきた月岡をつかまえてきいてみる。
「月岡、瀬尾さんのアレ……どういうことだ?」
「知りませんよ。美依希たちが乱入しても、瀬尾さんチラッとモニター見ただけで後は無言でしたもん。
試合終わって草野さんたちが控室に来るまで地獄の時間でしたよ。
草野さんは知ってたんですか?」
「いや、俺も知らなかったんだ。松尾やスタッフは知ってる様子だったが」
「多分瀬尾さん、小鞠たちが裏でコソコソやってたの全部知ってたんだと思うよ。乱入も今日の興行に織り込み済みだったんじゃないかな。」
小鞠が事もなげに言う。
「簡単に言うなよ、こっちは寿命が縮んだぞ」
「瀬尾さんもデビューの時、山下幸雄がアングルで『俺に挑戦してくるやつはいないのか!』って言った時に、練習生なのに勝手に手を上げてデビューが決まったんだから」
月岡と顔を見合わせる。敵わないな。
「さ、そんなことより。
草野さん、月岡さん、試合の反省お願いしまーす」
なにがそんなことより、だ。
本当に敵わないな。小鞠には。




