28話 プロレス
とどろきアリーナのビッグマッチ、そして復帰戦を前に俺も3年ぶりに飲み屋営業だ。
応援してくれる飲食店、スナックを地道に回りポスターを貼らせてもらい、興味のあるお客さんがいれば駆けつける。
当然タダではない。協力してくれたお店では、一杯だけでも飲んで帰る。ファンのお客さんがご馳走してくれたら、絶対断らない。
店の売上げにもなるし『プロレスラーは飲みも食いもすごい』と印象に残さないといけない。
そして今回は、瀬尾さんの鶴のひと声で月岡と営業に回ることになった。
若き天才も、20歳を過ぎたばかりだ。2〜3杯も飲むと真っ赤な顔をしているが、何しろ男前なので受けがいい。
美依希を連れた優羽もこんな気持ちだったのだろうか。
とどろきアリーナの大会前日も営業の追い込みで深夜2時過ぎまで繁華街を走り回る。月岡はもうフラフラだ。
最後の1件は、いつも俺が最後に寄っていた店だ。ただし営業目的ではない。俺が気持ちをリセットするための店だ。
何しろ3年ぶりだ、まだあるだろうか。不安を覚えながら雑居ビルのエレベーターを上がると、あった。
『バー レーゾンデートル』
存在理由なんていう大仰な名前だ。
扉を開けると60絡みのマスターとひとり客。だいたい変わらない光景だ。
「いらっしゃい」
「ご無沙汰しています」
「雰囲気が若いころの瀬尾くんに似てきたんじゃない?」
「はは、勘弁してください。
僕はグラウス水割りで、彼は……水でいいですか」
「僕も同じので」
「大丈夫か、月岡」
「大丈夫です。まったく……なんで殺してやろうって相手と毎晩飲み歩かなないといけないんですか」
届いたグラスを、軽く月岡のグラスに当てる
「あぁ、月岡。プロレスだからだよ。憎い相手や大好きな相手と、殴り合って。命を預け合って」
「それをお客さんに見てもらって、ちょっと元気になって帰ってもらって。それがプロレスだよ」
「……それが草野さんのプロレスなんですね。瀬尾さんが言ってましたよ。『プロレスラーが100人いたら100通りのプロレスがある』って」
「それ、俺も言われたな。
例えば美依希なら『違う自分になれる場所』って感じか。
瀬尾さんは……『人生そのもの』じゃまだ軽いな」
「『信仰』ですよ。あれは」
「言い得て妙だな!だから自分も他人も捧げられるんだ。
未熟だが、小鞠も瀬尾さんと同じ匂いを感じるんだよな」
「ああ、あの娘は草野さんに出会ってなかったら『女瀬尾さん』になってたでしょうね」
「どういうことだ?小鞠は俺に出会ってプロレスラーになったんだぞ」
「草野さん、本当に鈍いですね。よく言われません?」
最近特によく言われるな。
「あの子は草野さんに出会わなくても、絶対プロレスラーになってましたよ。自惚れないでください」
辛辣だな。
「多分物心ついた時から、小鞠ちゃんの心には絶対的にプロレスが居座っていた。だけど、今は草野さんアンタが同じぐらいデカい顔して、座ってるんだよ」
「……だとしても、それは俺がプロレスラーだったからだろ?」
「最初はそうだったかもしれないね。でも今は教師でもプロレスラーでもない、草野龍哉そのものが座ってるんだよ。
……今みたいに、何も分かりませんって顔をしてな」
確かに、何も分からない。だとしたら俺はプロレスラーを目指す小鞠には邪魔な存在なのか。
考えても仕方ない。プロレスラーは個人商店だ。
「……月岡、お前のプロレスは何だ?」
「草野龍哉を殺す手段だ」
「明日以降は?」
「分からない」
「明日は、今日よりプロレスが好きになる日になればいいな。
……今から帰っても3時間しか寝れないな。そろそろ立つか」
月岡は水割りを飲み干すと「くそっ……」と呟いた。
翌日、眠い目をこすりながら、とどろきアリーナの設営を終わらせる。ここから音響、照明のリハーサルだ。
スポットライトに照らされて入場リハをするビオレータを、優羽と眺めている。
「1年前『俺がここに連れてきてやる』とか大口叩いたけど、結局すみれも優羽も自分の力でたどり着いたな。とんだ役立たずだよ」
「クサリュウがきっかけをくれて、あとは転がるようにたどり着いただけよ」
「来年は小鞠と美依希も一緒に立てるといいな」
「……そうね。
ねえ、夏合宿に言ったこと覚えてる?」
「忘れるわけないだろ」
「あの時より、もっともっと好きよ。
だけど、コマちゃんのなかに居るアンタには勝てそうにない、って最近思ってるの」
「なんだよ、俺勝手に告白されて、今勝手に振られてるのか?」
「そういうことかもね。
でも今は、アンタがくれたものが今アタシの芯になってるのよ。
これからの橋本サーシャを見といてよ」
「ああ、間近でずっとな」
『次、橋本選手リハお願いしまーす』
「はーい、いきます!」
スポットライトに溶け込んでいく優羽を、眩しく眺めた。
いよいよ開場、続々と観客が流れ込んでくる。サーシャとビオレータも売店に立つ。ポートレートに加えて、今日からTシャツも発売らしい。サインに写真に大忙しだ。
今日復帰戦の俺は、試合までは姿を現さない。ストレッチをしながらモニターでロビーや会場の様子を眺める。
試合が始まる。第1試合、松尾大誠vs今日デビューの尾形幸仁。
2人とも道場で切磋琢磨して、同じ釜の飯を食った仲間だ。小鞠たちはセコンドで、優羽たちはモニターで見守っている。
松尾は自分の得意ムーブを抑えて、チョップやエルボー、ボディスラムにヒップトスといった基本技をテストのように叩き込んでいく。
尾形も体ごとぶつかるようなエルボーで反撃するが、最後は王道の逆エビ固めでギブアップ。7分45秒松尾大誠の勝利。
「おかげさまでデビュー戦終わりました。ありがとうございました」
控室で胸元と瞳を真っ赤に腫らした尾形が、選手スタッフ1人1人に挨拶していく。
デビュー後のこの風景は何回見ても良いし、自分のデビュー戦を思い出す。
瀬尾さんを相手に、5分持たなかった。周りの先輩から、ショッパすぎるとボロクソに怒られた。
瀬尾さんにも怒られると思ったら、瀬尾さんも少ししょんぼりしてたな。『瀬尾さんを落ち込ませるなんて大物だ』って言われたな。
第2試合、ビオレータとサーシャの登場だ。ビオレータは入場ゲート前でラメの入ったリボンを高々と投げ上げ、前宙からキャッチ。歓声が巻き起こる。コーナーに上がってI字バランス。
橋本サーシャの入場。自信満々の表情から、ストーンコールドばりに両手を突き上げる。リングインし、厚い胸板を3度叩く。
そこから、サーシャがマイクを持つ。
「私たちは、JKWだー!
バトルゲートのファンなら知ってるよな?JKWにはあと2人いることを!」
歓声がわく。いつの間にか、今試合を終えた松尾も尾形も、彩夏もタオもゲート袖で行く末を見守っている。
「それは、こいつらだー!」
サーシャの絶叫とともに、コスチューム姿の小鞠と美依希がゲート前に現れ、スポットライトを浴びる。小鞠のテーマ、WEST.の『証拠』でリングに向かう。
こいつらマジか。瀬尾さんに話しを通してないだろ。音響照明まで巻き込んでるじゃないか。
月岡は大慌てで控室に向かうが、他の道場組はキラキラした目で見ている。
こいつら、グルか。こっそり乱入させる段取り整えてたのか。
小鞠と美依希がリングに上がると、大歓声だ。横にいる松尾を掴まえて尋ねる。
「お前ら、仕込んでたのか?」
「瀬尾さんに土下座したら何とかなるかな、と思いまして」
「ならないよ!それにしても、なんで客も盛り上がってるんだ?」
「試合の煽りコメントの動画に小鞠ちゃんと美依希ちゃんも登場させたら、しっかりバズったんで。
おかげで認知度MAXですよ!」
リングに上がった小鞠がマイクを掴む。
「JKWの小鞠と魅依綺です!
今日はチャンスを勝ち取るために、ここに来ました!」
そう言うと、小鞠がサーシャに、魅依綺がビオレータに、同時ドロップキックで吹っ飛ばす。
レフェリーが白々しく頭を抱え、ゴングを要請。
『第2試合はカードを変更、橋本サーシャ、ビオレータ・リンダ組vs小鞠、魅依綺組のタッグマッチとなります!』
リングアナも間髪入れずアナウンスし、どよめきと歓声が起きる。
ケレン味たっぷりで、わざとらしくて、最高にデタラメだ。
これがプロレスだ。




