27話 巣立ち
3月3日、今日発売の週刊プロレスを抱えて、小鞠がダッシュで部室に戻ってくる。
「も〜センセ、昼休み中に買いに行かせてくれたらよかったのに!売り切れるかとヒヤヒヤしたよ」
「放課後までは外出禁止だ、当たり前だろ」
「どうせもうすぐ辞めるくせに!」
気のせいか、小鞠がどんどん遠慮がなくなってる気がするな。気のせいじゃないな。
週刊プロレスをめくると、優羽たちの試合は1ページ紙面が割かれていた。見出しは『JK,躍動!』でJKに女子高生のルビが振られている。
メインの写真は、試合前に並んで構えているサーシャとビオレータ。
サーシャと彩夏がタックルでぶつかり合う場面、ビオレータのティヘラも写真に納められている。
美依希が記事を読み上げる。
「え〜と、
『……橋本とビオレータは、神奈川県内の高校で“JKWプロレス研究部”としてプロレス“部”をしているメンバーだ。
グレート瀬尾が才能に目をつけスカウトしたとはいえ、高校生の“部活”がプロのリングに上がることに疑問の目があったことは事実だ。
しかしこのJK2人は、その疑念を払拭するのに十二分な躍動を見せた』
……ですって!すごいですよ!」
いっぽう小鞠は
「セコンド、美依希は写り込んでるのに小鞠は影も形もないよ〜」
とぼやいている。
3月も、優羽とすみれの週末参戦は続き一試合ごとに内容も良くなってくる。なにより、怪我なく連戦をこなせているのがいちばんの成果だ。
小鞠と美依希も合同練習や興行の雑用に走り回り、すっかり団体の一員といった様子だ。
特にいつも練習を見ている若手レスラーは『小鞠も美依希もそろそろデビューさせてくれるんじゃないか』
と内輪で噂をしている。
そして、あっという間に俺が退職する3月31日になった。たった3年という短い在職だったが、本当に共商学園には感謝してもしきれない。
小さな花束をいただいて職員室をあとにする。
学校を出る前に共商の森の奥の道場に寄ると、皆がいつものように練習している。
小鞠と2人で必死に部員を集めた日々、クモの巣まみれの道場を掃除した日々、猛暑の練習終わりに水浴びした日々。
たった1年とは思えない、充実して煌めいた日々が思い出され目が潤んだ。
いつの間にか、皆が俺の周りに集まっている。優羽が俺の肩に手を置く。
「すまん、皆。俺の勝手で置いていって……」
「謝んなよ先生、レスラーは個人商店だろ?」
「クサリュウ、これからはプロレスラー同士ね」
「先生、私と小鞠さんもすぐ追いつきます、待っていてください」
「センセ、これからセンセのことなって呼べばいいんだろ?」
確かに。どうなんだろうな。
このままだと下の名前で呼び捨てされそうだ。
翌日、練習前に月岡が若手を集めて話し出す。
「おつかれさまです。練習の前に2点連絡です。
草野龍哉選手が3月で教師を退職され、正式にバトルゲートに入団されました」
軽く拍手をもらう。
「2点目、5月5日とどろきアリーナ大会のカードを発表します。知ってのように、とどろき大会はバトルゲート年間最大の興行です。いっそう練習に励みましょう」
「では
メインイベントから。
バトルゲート無差別級王座タイトルマッチ、ハードコア戦
グレート瀬尾対vsマイク・フォンタナ」
若手たちもどよめく。マイク・フォンタナといえばアメリカメジャー団体のトップランカーだ。しかも凶器なんでもありのハードコア戦。これはすごい試合になりそうだ。
「セミファイナル
スペシャルシングルマッチ
草野龍哉復帰戦
月岡竜生vs草野龍哉」
いきなりか、いいさ。
みっともなくても小鞠にボロクソ言われても、このために戻ってきたんだ。
「第5試合〜、第4試合〜、第3試合〜
……第2試合
橋本サーシャvsビオレータ・リンダ」
「第1試合 尾形幸仁デビュー戦
松尾大誠vs尾形幸仁
以上です」
若手頭の松尾が手を上げる。
「小鞠と美依希も、せめてダークマッチでも出してやるべきだと思うんだが」
「カード編成は瀬尾さんが決めることです」
「それはそうですが」
「一度、皆で瀬尾さんに相談に行ってみようよ」
他の若手も声を上げるが、月岡が制する。
「我々には人の心配をしている余裕なんてありませんよ。自分の試合のことに集中してください」
小さな町工場が立ち並んでいる地区の、2階建倉庫付事務所がバトルゲートの事務所兼道場だ。
1階の道場で練習をしていると、瀬尾さんが帰ってきて2階の事務所に上がっていく。
「私は瀬尾さんと打合せがあるので、松尾さん、あとはお願いします」
そう言って出ていった月岡を、若手たちが目配せしてそっとつけていく。
事務所のドアの前にレスラー達がぎゅうぎゅうに詰まって、聴き耳を立てる。
「……小鞠も美依希も、デビューにはじゅうぶんなレベルに達しています。ご検討をお願いします」
「女子は足りてるし、そもそも俺はあの2人を入団させた覚えは無いんだがな」
「しかし……」
「いつからブッキングに口を出す立場になったんだ?月岡」
「……申し訳ありません。失礼します」
月岡が退出するので、皆大慌てで道場に駆け戻る。
練習後、ちゃんこを囲みながら若手たちが熱くなっている。
「瀬尾さんもヒドいよな!雑用もさせてるのに!これじゃ小鞠と美依希は飼い殺しだよ!」
「ホントだよ、こうなったらもう一回オレたちで瀬尾さんのところに乗り込むか!」
「私が事務所で話してたの盗み聞きしてたんでしょ。
下手なことをするとクビが飛びますよ」
と月岡が嗜めると、若手頭の松尾が返す。
「だけど月岡はいいのかよ。美依希ちゃんがこのままでさ」
松尾は月岡より歳もキャリアも上だが、月岡のセンスを認め屈託なく接している。なかなかできることじゃない。
「な……なんで私が、美依希さんを……」
「お、若き天才もまだまだシャイなお年頃だな。真っ赤な顔して手作り弁当受け取ってるの、皆知ってるんだぞ」
「手作り弁当?青春だね〜、高校生かよ!」
と彩夏が囃すと
「高校生です……!」
と美依希が小さな声で反論する。
「俺とタオみたいに公言しちゃったほうがラクだぞ!」
と、タオの肩を豪快に抱き寄せると周りから「イチャイチャするなー」とヤジが飛ぶ。そうなのか、全く知らなかった。
「とにかく皆さん、自分の試合に集中してくださいね!」
「タイセーヤサシイネー」
と、タオは松尾の肩に頭を預けている。
新学期が始まると、平日は小鞠と美依希の姿を見ることが少なくなった。部活紹介の準備で忙しくなったのだそうだ。
小鞠vs美依希のエキシビションから、もう1年か。今年は、去年の共商祭やジェロニモやバトルゲートでの試合を編集して紹介ビデオを作るらしい。
なるほど、いちばん効果があるだろう。美依希の上段蹴りも食らわなくていいしな。
結局、小鞠美依希とちゃんこを囲んだのは、とどろきアリーナ大会も迫った4月の終わりだった。
「センセ……じゃないクサノサン!」
呼び方が変わって、まだ小鞠はぎこちない。
「こないだの部活紹介でなんと2人!新入部員をゲットしました!」
「お〜可愛い小鞠もついに先輩か!どんなヤツだ?」
と彩夏が尋ねると、代わりに美依希が答える。
「ひとりは高校進学のタイミングで大阪から来た子なんですけど、ずっと何かけんか腰みたいな口調なので私怖いんですよね……」
「『1興行に1コはオモロイ試合要るヤロ!』とか言ってな!
クソ生意気だし、あれは先輩としてビシッと言わなアカンわ!」
「すみれちゃん、関西弁が伝染ってるよ!」
「もう1人はちょっと陰気な子なんだけど。ねえ?コマちゃん」
と優羽がため息をつく。
「なんかデスマッチとか血が出るやつが好きらしくて。竹串持ってきて『入部したらこれ脳天に刺したり刺されたりできますか?』って聞くんだよ!
小鞠、あらゆるプロレスに精通してるけど竹串は専門外だよ〜」
「でも入部したんだろ?」
「方向性はともかく、逃す手はないからな!『竹串は基礎を身につけてからだ!』って説得して入部させたぜ」
「基礎が出来ても竹串は嫌です〜」
と美依希は泣き顔だ。
いよいよ5月5日、とどろきアリーナ大会が近づいてくる。共商祭の時と同じように、優羽とすみれで商店街を回ってかなりの数のチケットを捌いたらしい。
「クサリュウ見てよ。ビッグマッチに向けてコスチューム新調したのよ」
「しかも今回はスポンサー付きだぜ!」
優羽には実家の『新鮮野菜 八百橋』と『太田精肉店』、ビオレータには『Beauty Salon Anemone』のロゴが入ったコスチューム。
「しかも瀬尾さんがデビュー祝いにってリングシューズを作ってくれてさ」
コスチュームに合わせて、優羽には純白のショートブーツ。ビオレータには紫のロングブーツだ。
新しいコスチュームとリングシューズを身につけた2人を見て、あらためて確信した。
もう俺の手を完全に離れた、1人前のプロレスラーだ。
どこまで羽ばたくんだろう。




