23話 萎縮、煌めき、呪い
第2試合決着のゴングが鳴る。
最後は優羽がセカンドロープからのセントーンですみれを圧殺。説得力十分のフィニッシュだ。
カードは小鞠・すみれ組対優羽・美依希組。
ベビーフェイス対ヒール。最も試合が作りやすい形にした。
だが、盛り上がらなかった。
義務的な拍手と『高校生にしては頑張ったよね』を越えない感情。
「くっそー!」
すみれがバックステージの壁を叩いて悔しがる。負けた悔しさではない。
「集まれ、反省するぞ」
肩で息をして俺の言葉を待つ顔には、勝者チームも敗者チームも敗北の顔がありありと浮かんでいた。
「皆、客に呑まれたな。
思っていた反応がこないから焦る、萎縮する、は絶対NGだ。
客が重たい時ほど、さらにバカテンションだ。
客が選手を引っ張るんじゃない、選手が客を引っ張るんだ。
共商祭は、客がお前たちを引っ張ってくれてただけだ」
「入場してバク転切ってポーズ決めたのにノーリアクションだったから、舞い上がっちまった……」
「私もです……
途中からキャラを演じるのがつらくなってきて……」
「そういうのを客は敏感に察知するからな。そうしたら、もう盛り上がらない。
拍手はくれるかもしれないが、感情が揺さぶられることはない。
今日の試合だって、大きな失敗はなかった。流れもリズムも悪くなかった。でも盛り上がらなかった。なぜか。
厳しい言い方だが、プロの姿勢ではなかったからだ。
入場してゴングが鳴るまでに、もう勝負は決まっていたんだよ」
皆、悔し涙を流している。
実際のところ、小鞠と優羽はそれなりにやり切っていたが今個別の評価は必要ない。
自分がどれだけ出来て、出来ていなかったかは本人がいちばん分かっているだろう。
「さあ、ヘコんでる暇ないぞ。Tシャツ着てセコンド業務だ。
ガウンの回収、客の整理、階段の出し入れ。手伝いながらリング下特等席でしっかり見学しろ」
大会は進み、メインイベント。
長谷川智樹・カミカゼキッド組対グレート瀬尾・月岡竜生組だ。
シークレットゲストのグレート瀬尾のテーマ『Sad But True』が鳴った瞬間、客席が爆発する。
グレート瀬尾がゲートに姿を現した途端、圧倒的な存在感を放つ。
大声を出すわけでも派手なアピールをするわけでもない。
闘志だ。
目つき、小山のような肩の盛り上がり。逆立った髪の先から指先まで漲っている闘志が、見ているものの心をブスブス突き刺してくる。
かたや月岡も、瀬尾さんに引けを取らない佇まいだ。ただし月岡は、闘志よりも殺意に近い危険な雰囲気を漂わせている。
試合は、ホームチームの長谷川組が押されながらも互角に渡り合う、という展開だが内容は圧倒的だ。
瀬尾さんの技のひとつひとつの正確性、説得力が尋常では無い。
序盤の咆哮しながら締め上げるヘッドロックひとつとっても『ここで決まってもおかしくない』という気持ちにさせる。
それより衝撃だったのは月岡だ。瀬尾さんをも凌ぐ技と動きのキレ。
ドロップキック、アームホイップといった基本技からして、もう真似の出来ない完成度だ。これでまだキャリア2年ちょいか?まさにセンスの塊だ。
そして受けと表情。
優男にありがちな、スカしたところが一切ない。どころか、狂気すら感じる表情。顔立ちが整っている分、余計に狂気性を倍増させる迫力だ。
終盤、リングの板を突き破りそうな瀬尾さんのライガーボムを長谷川が3ギリギリで返し、会場が沸騰する。
とどめの2発目を狙ったウラカン・ラナで切り返す。交代して出てきた月岡に、カミカゼキッドがスワンダイブミサイルキック。瀬尾さんも落としてトペ・スイシーダで追撃。
リング上は長谷川と月岡の2人になる。ミサイルでダメージのある月岡に長谷川がエルボー連打、走り込んだところに月岡がカウンターのスピアー!
エルボーで切れた口元の血を拭いながら、挑発的に笑ってみせる。
こいつ、スピアー使うタイプのスタイルじゃないだろ……!
ファイナル・カットで中央にセットし、スターダストプレス!
ギリギリ躱した長谷川がオクラホマロールで丸め込み3カウント!
観客がリングサイドに殺到、瀬尾さんと月岡は悪態をつきながら客を蹴散らして退場する。
「見たか!俺がバトルゲートから3カウント取ったぞ!
あいつらから見たらどインディー、ドブネズミみたいなオレたちだけどな!
見に来て、一緒に騒いでくれるお前らがいれば!オレたちは無敵だ!ありがとぉぉ!」
エプロンを叩きまくり、歓声と飲み物が飛び交うめちゃくちゃな会場。長谷川、良い団体作ったじゃないか。
俺まで泣きそうだ。小鞠たちも勉強に……あ、もう泣いてるな。
小鞠にいたっては、ファンと一緒に腕を突き上げてるな。
仕事しろ。
控室に戻ると、長谷川たちと瀬尾さんたちが挨拶を交わしている。
「瀬尾さん、今日はありがとうございました」
「ごっちゃん、盛り上がったんじゃないか?時間どのぐらいだっけ?22分か、まーいい感じだな。ライガーボムもいい音したよな!最後のクイックも俺が言ったとおり……」
ああ、あの人はいつもそうだ。
いい試合が出来た後20分だけ饒舌になって、そのあとまたムスッとして何が楽しいのか分からない顔をして、足を引きずって帰っていくんだ。
ただ、ただプロレスが好きなだけの人なんだ。
日もとっぷり暮れた頃に道場にリングを運び入れる。小鞠たちだけじゃない、手伝いに来てくれたジェロニモの若手も疲労のピークを越えて黙々と作業をしている。
リングの板を2人で運びながら尋ねる。
「小鞠、どうだった?今日は」
「すごかった。瀬尾さんも月岡さんも。そして長谷川さんも。
私もあんな試合がしたい」
「うん」
「で、私たちは何にも分かってなかった。
プロの試合も。
大会を開く大変さも。
チケットを買ったお客さんに、何を見せるのかも」
「このまま……終わりたくない。
私はプロになりたい。
本当のプロに」
「……うん」
小鞠たちは今日、リングの上の煌めきを見てしまった。あまりに強烈な煌めきだった。そして、俺が見せてしまったんだ。
それはある種の呪いだ。
瀬尾さんや俺がかかって、多分一生解けない呪い。
ジェロニモ参戦から1ヶ月ほど経った11月13日、テスト休み前最後の日だ。いつものように練習をしていると、知らない番号から電話が入る。
「もしもし」
「草野さんのお電話で宜しいでしょうか、バトルゲートの月岡と申します。前日はお世話になりました。
瀬尾さんから番号を伺いまして、お電話させていただきました」
「はあ」
「草野さん、今から横浜のバトルゲートの事務所にお越しいただけませんか」
は?何を言ってるんだ、こいつは。
「すぐには無理だ、今部活中だし」
……電話の向こうで誰かと話している様子だ。
「30分でそちらに伺います」
そう言って返事も聞かず電話は切れた。これは瀬尾さんが横に居たな。
「センセ、何の電話だったのー?」
「……今からバトルゲートの瀬尾さんと月岡がここに来る」
「は?なんで?グレート瀬尾Tシャツ着なきゃ!」
「ヤダ、汗まみれでお化粧全落ちなのに!」
「美依希、こないだ持ってきてくれた八ツ橋残ってたか?」
「皆でその日のうちに完食したじゃないですか!」
こいつら、どういう方向でバタバタしてるんだ?
果たして、25分きっかりで瀬尾さんと月岡は来た。瀬尾さんはそういう人だ。
「すみません、小汚いところで」
「……いい道場だな。
月岡、たのむ」
月岡が小さく頷き、話し始める。
「瀬尾さんは、バトルゲートのオーナーから選手のブッキングとマッチメイクを一任されています。
今回お伺いした内容は、補佐の私からお話します」
「バトルゲートは現在、女子部の強化に取り組んでいます。
先日のジェロニモでの試合を拝見し、ぜひ継続しての参戦をお願いしたいと思い、今日はお願いにあがりました」
小鞠たちが色めき立ったが、次のひと言で静まり返る。
「参戦をお願いしたいのは、橋本サーシャ、ビオレータ・リンダの両選手です。
もちろん高校の間は学業最優先で、卒業後は団体所属選手として活躍いただきたいですが、進学等の希望があればご意思を尊重し両立できるようサポートいたします」
「……いや、待ってください。
小鞠と美依希も、というわけには?」
「今のところ両選手はプランに入っておりません」
全員、誰とも目を合わせることが出来ず俯いている。
「あと、もう1名」
「草野龍哉選手にも、所属選手として活躍いただきたいと考えています」
夕闇に紛れて、悪魔2匹が特級の呪いをかけにやってきた。




