22話 プロの仕事場とヒューマンライツ
「では、JKW旗揚げ戦成功を祝して、カンバ〜イ!」
ジュースの入ったコップを合わせる。
共商祭から3日。打ち上げは、交渉の末財布に優しいサイゼリヤになって一安心だ。
「コマちゃん、足はもう大丈夫なの?」
「はい!捻挫だけだったので、あと2〜3日で練習にも復帰します」
「しかし美依希の変わりようがすごかったよな〜」
「恥ずかしいのでやめてください……」
「小鞠のこと踏んづけて『黙りなさい!』痺れましたね!」
「……もう!」
美依希は、いつもの美依希に戻っている。
ドリアだピザだミックスグリルだのがテーブルを埋め尽くした時に電話がなる。長谷川だ。
電話から戻ると、もう半分ほどの料理が若者たちの腹に消えていた。
「皆、長谷川から10/11大会のオファーがきたぞ。受けるか?」
「オファー?ってことは?」
「ジェロニモの第2試合でJKW提供のタッグマッチをやってほしいとのことだ。もちろんギャラも出るってよ」
「お〜、プロみたい!」
「プロみたい、じゃない。ギャラをもらって4000、5000円のチケットを買った客に試合を見せるんだから、プロだ。
それに共商祭みたいに友だちや家族知り合いじゃない、お前たちを知らないプロレスファンに見せるんだ。
覚悟してやらないとダメだぞ」
皆の顔が引き締まる。
「やりまふ!」
小鞠が大声とともに立ち上がり、周りの客が何事かと注目する。
「小鞠さん、いったんボリュームを……」
美依希が裾を引っ張り、小鞠を座らせる。
「せっかくのチャンスだよ!やるよね!」
座っただけで、声はさらにデカくなってるな。あと、食べ終わってから喋ろうか。
「小鞠も復帰したとこで、タッグマッチの練習をやっていくぞ」
9月下旬の道場は、まだまだサウナのような暑さだ。
「じゃあ……優羽!タッグマッチでいちばん大事なことは?」
「え?う〜ん……コンビネーションとか合体技とか?」
「それも大事だが、いちばん大事なのは『出てないほうの人』だ」
小鞠以外はきょとんとしている。
「やってみようか美依希、すみれをこないだみたいにラフに攻めてみて。俺がレフェリーやるから」
美依希が顔面ひっかきから、コーナーに追い詰め踏みつける。反則カウント1、2、3、4でようやく離す。
「今のはタッグでは40点、次は同じ状況で小鞠がすみれのパートナーで」
同じように美依希が攻め始めると、コーナーに控えていた小鞠が飛び出して
「おい!レフェリー!ロープだ、ブレイクさせろ!反則だろ!どこ見てんだ!」
俺は美依希に背を向けて、小鞠のほうに注意にいく。
「分かったから!まずお前がコーナーに戻れ!下がれ!」
「いや先に見ろよ!完全にロープブレイクだろが!早く注意しろよ!」
「いいから戻れ!……ああ!おい!入ってくるな!」
とロープを跨ごうとする小鞠を制止する体勢で2人して止まる。
「……とまあ、これが出てない人の仕事だ」
「夫婦漫才みたいだなあ」
美依希の靴とマットの間から、すみれが評する。
「はは、茶化すなよ。今のはレフェリーの目を引いて反則を見逃させる動きだが、それだけが目的じゃない。
例えば味方が有利なら大喜び、反則されたら激怒する。観客の感情を引っ張り誘導するのが『出てない人』の役目だ」
「出てないときも休んでられないわね」
「ああ、コーナーで声も出さずジッとしているヤツは、業界で『地蔵』っていうんだぞ。
じゃあ、ちょっとした連携とかもいれて練習してみよう!」
試合当日、会場のクラブ・アンダーベースにリングを組み終わったのは10:30頃だった。小鞠たちはもうクタクタの様子だ。
「おい、そろそろベテランの選手が会場入りする時間だぞ、シャキッとしろよ」
「そんなこと言ったってセンセ、小鞠たち7時集合で積込みしてぶっ通しだよ、もうクタクタだよ〜」
「興行ってのはそんなもんだ。主催の長谷川なんか昨晩も営業に走り回って、ほとんど寝てないらしいぞ。
当たり前だが、今日道場にリング戻すとこまであるからな、覚悟しとけよ」
「ゲ〜〜」
「おはようございます!」
周りの若手が、会場に繋がる階段を下りる選手にいっせいに挨拶する。
「センセ、あれ誰ですか?」
「お前なら知ってるだろ、カミカゼ・キッドだよ」
「え?カミカゼ・キッドがあのハゲ散らかしたオッサ……」
慌てて小鞠の口をふさぐ。
「バカ黙れ、皆であいさつに行くぞ」
カミカゼ・キッドこと佐久間さんに部員を紹介し雑談していると、また挨拶の声が聞こえるので入り口の階段のほうに目をやる。
と、昔の緊張感がいっきに蘇ってきて、自分の背筋が伸びるのを感じた。
階段を下りてくる膝下が見えただけで分かる。一年中履いてるシャワーサンダル、あの太い足首とふくらはぎ、右脚を少し引きずる歩き方。
瀬尾さんだ。俺の身体が強張っている間に、長谷川が飛んでいった。
「瀬尾さん、今日は無理言ってすみません。よろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそ宜しく」
瀬尾さんの後ろでスーツケースを運ぶ若手、初めて見るな。長身だしいい身体してるな。あの鞄、いつも俺が運んでいたな。まだ使っているのか、瀬尾さんらしいな……
「先生、挨拶行かなくていいんですか」
美依希の声で我に返る。そうだ。
「失礼します、瀬尾さんおつかれさまです」
「草野か、今日はどうしたんだ」
「俺の高校の部活でやってるプロレスで、長谷川さんにリングを借りていまして。その縁で、今日は前座で呼んでもらいました。
ほら、皆あいさつ」
「よろしくお願いします!」
瀬尾さんは皆をジロリと見回し
「こちらこそよろしく……」
と機械的に言うと控室に消えていった。
瀬尾さんの独特の威圧感から解放されて、俺も含めて肩の力が抜けたところに後ろにいた若手選手が話しかけてくる。
「失礼します、ご挨拶宜しいでしょうか。バトルゲートの月岡竜生と申します。」
瀬尾さんとは打って変わって、柔和で優しげな物腰だ。182cmってところか。メジャーでも通用する身長だ。
そして若い、20歳を越えたぐらいか。
「西東京で瀬尾さんにお世話になってた草野です、宜しくお願いします」
「瀬尾さんから草野さんの話はよく伺っていたので、お会いできて嬉しいです」
と言って笑う。瀬尾さんが俺の何の話をするんだ?
「お嬢さん達も、怪我のないよう頑張ってください。では失礼します」
と、小鞠たちのほうにも笑いかけ控室に消える。
「やだ!プロレスやらせとくには惜しいイケメンだったわね!」
「確かに!顔も小っちゃくて芸能人みたいだったな」
「次世代スター選手の気配がしますね〜」
優羽たちは、色男の登場に色めき立っている。しかし、礼儀は出来てたがなんかトゲのあるいけ好かないやつだったな。
「でも何か、哀しげな感じの方でしたね」
「ミーちゃん、見る目あるわね!どこか影や憂いがあるのがイイ男の条件なのよ」
「そういうものですか……」
そう言って美依希は、俺の横顔をチラ見する。見るんじゃない。
「さあ、設営終わったし移動するぞ。荷物持て。」
「センセ、控室どこですか〜」
「新人のうちは控室なんかなんか無いよ。控室前の廊下に荷物広げるんだよ、邪魔にならないようにな」
「新人には人権無いのかよ〜」
「無いな。人権が発生するのは、最低デビュー5年経過してからだ。
俺なんか、トラックの荷台で荷物と一緒に移動してたんだぞ。
待ってろ、着替えるところだけ確保してくるから」
ドン引きしている小鞠たちを置いて長谷川を探す。
全く、すみれの言うとおりだな。儲からないし、超過酷で封建的な業界だ。
そんなところと分かっていながら、この子たちに片足を突っ込ませた俺は間違っていたのかもしれない。
でも、あと2時間後にはこの子たちも分かってしまう。
リング上で自分自身を表現して、観客から歓声や罵声を受けることの煌めきを。
そう、その煌めきのためなら、人権なんかどうでもいいと思えちゃうんだよ。




