21話 メインイベント、女は常に正しい
いよいよ第2試合、メインイベントが始まる。
ステージ裏で美依希と小鞠に声をかける。
空手の型で身体を温めている美依希は、目を合わせずにひと言
「大丈夫です」
少し離れたところでジャンピングジャックをしている小鞠は、息を弾ませながら
「よろしくお願いしまーす!」
と握手を求めてきた。
2人とも集中している、大丈夫そうだ。
リングに上がりニュートラルコーナーで入場を待つ。
Sakuya2に乗って優雅に魅依綺が入場。白の打ち掛けを羽織って髪を束ね、扇子で顔を隠し気味にしている。
ステージ上で後ろを向いたまま打ち掛けをはらりと脱ぎ、髪をほどいて頭を一振りすると、豊かな黒髪が背中を伝う。
銃声を挟み、音楽がメガデスの『99 ways to die』に替わる。
魅依綺がカカト落としの要領で振り向き足を力強く踏みしめ、会場を一睨みする。
光沢のあるブラックで、ぴったり身体に沿ったジャンプスーツ調のコスチューム。右腕と左脚は袖が切り取られ、長い手足が伸びている。
美依希ファンクラブの連中が歓声をあげるが、見向きもせずに高慢にリングに歩を進める。
『深窓のカラテスナイパー 魅依綺ー!』
コールを受け、ただ髪をかき上げるだけ。それだけで観客の視線を引きつけてしまった。
圧巻の入場だ。
WEST.の『証拠』が流れ、会場の空気が一気に明るくなる。
曲をかき消すほどの雄叫びをあげて、小鞠の登場だ。
深紅で統一した、ホルターネックのトップスにショートタイツ。
誰よりも基礎トレーニングを積んできた小鞠の肉体に映えるコスチュームだ。
満面の笑顔で客席に飛び込んでいき、ハイタッチを交わす。テーマ曲を口ずさみながら、ひとりひとりと。
最初は戸惑っていた観客も、次第に小鞠と同じ笑顔になってくる。
曲が終わりかける頃にようやくリングイン。
『ボンバーガール! こま〜り〜!』
シンプルに右腕を突き上げ、絶叫。
巻き込んだ観客から大きな歓声が起きる。
ボディチェックをしゴング。
ファーストタッチで魅依綺がハイキックを狙う。小鞠がすんでのところで躱し、会場が大きくどよめく。
その後はロックアップからベーシックなレスリングを見せていく。小鞠のリストロックを、魅依綺が顔面へのパンチで返す。
「おい、反則だぞ!」注意する俺に唾を吐いてみせ、客のヒートを煽る。
魅依綺が鋭いミドルキックを連発し追い詰め、ロープに振る。リバースした小鞠がジャンピングニーで反撃、
「おー!」の掛け声。
優勢の小鞠、重いフォーアームスマッシュで攻めたてるが、魅依綺は髪をかき上げて余裕の表情。対して小鞠は、困惑と恐怖の表情。
手刀で小鞠を怯ませ、走り込んで前蹴りを狙う魅依綺。小鞠は躱してバックに回り、コブラツイスト。
「コブラー!」
小鞠が叫ぶ。技をかけて名前を叫ぶなんてバカみたいだが、このバカバカしさがプロレスなんだ。
観客も大喝采だ。
魅依綺が極められている右手で小鞠の髪を掴んで脱出。俺の反則カウントにあわせてぶん投げる。女子プロレスの定番、ヘアホイップだ。小鞠はコマのように回って吹っ飛んでいく。
立ち上がろうとしている小鞠の顔面を、魅依綺が足の甲で蹴り上げる。
『そこまでするか』と観客が息を飲む。
いいぞ。蹴られる直前に小鞠が掌を入れている。掌1枚でダメージは大きく軽減する。信頼関係が無いと出来ないムーブだ。
再度髪を掴んで、場外に放り出す。豪快にアウトサイドする小鞠。
しまった。
場外への落ち方を教えていなかった。
今の落ち方はマズいんじゃないか。
案の定、小鞠は左足を引きずりながら逃げている。
魅依綺が追いかけて場外乱闘。
「下がってくださーい!」
スタッフのソフトボール部たちが大声で叫ぶ。
客席に向かって小鞠をホイップ、イスをなぎ倒して5〜6列めくらいまで吹っ飛んでいく。
場外乱闘は、会場の熱を上げるのに効果的だ。立って逃げ惑い、さっきまで自分が座っていたイスがレスラーの身体でなぎ倒されていく。
目の前で、魅依綺がミドルキックをぶち込み、身体が鈍い音をたてる。
『目の前の臨場感が、観客を当事者にするんだ』
共商祭前の練習で、繰り返し伝えた。
『目の前でやるからこそ、絶対手を抜くな。キックもチョップもイスも、思い切りぶち込め』
小鞠をリングに戻し、魅依綺が客を煽りながら悠然と戻ってくる。素早く小鞠に顔を寄せ確認する。
『足か?』
『足首』
『立てるか?』
『立てるけど走るのは微妙』
『OK』
魅依綺を制止するふりをしながら伝える。
『足首痛めてる、膝を攻めろ』
『!でも……』
『足攻めしたほうが動かなくて済む、
ダメなら俺が止める、
やりきれ』
倒れている小鞠の左脚を持ち上げ、ローキックをいれる。
「アァァー!」
今までと違う悲壮な絶叫、客が眉をひそめる。ロープに縋り立ち上がる小鞠だが左足を残している。
『蹴ってくれ』だな
意図を汲んだ魅依綺がローを蹴ると、小鞠は半回転して倒れる。今度は左足がロープにかかっている。
『踏んでくれ』か
魅依綺が憎たらしく踏みつけ捻る。
ヤジを飛ばした客に「黙ってなさい!」と言い返している。
知らない人と話せなかった美依希が、魅依綺になって、今は客に怒鳴り返している。
魅依綺がさらに足を攻めようと足をとる。エルボーを落とす、1撃、2撃。
3発めを入れようとしたところを小鞠が跳び上がって延髄斬り。2人とも倒れる。
小鞠が天井を向いたまま
「くそ、走れない。
コーナーアタック無しでスラムに変更、ミーキに伝えて」
魅依綺がふらふら立ち上がる。渾身のボディスラムからトップロープに上がりミサイルキック。仕掛けた小鞠も膝をおさえて悶絶しながらもフォール。
小鞠、続けてジャーマンを狙う。魅依綺、前転し膝十字固めに切り返す。なんとかエスケープしてコーナーマットにもたれる小鞠の後頭部にトラースキック!
これはえげつない、小鞠の頭がバスケットボールのようにバウンドし倒れる。
魅依綺が唇に人差し指を当て『シ〜』のポーズ。頃合いを見計らって背中に強烈なサッカーボールキック。
静まった場内にボグォッと鈍い音が響く。すかさず魅依綺、走り込んで小鞠の胸板を蹴り飛ばす、PKだ。
『終わりだー!』
魅依綺が確信のフォール、カウント3ギリギリで返す。魅依綺は『ありえない』と憤怒の表情。
乱れた前髪の間から、爛々とギラついた目で魅依綺を見返しながら立ち上がる小鞠を、魅依綺が憎々しげに足蹴にする。
とどめと仕掛けたブレーンバスターを小鞠がぶっこ抜く。魅依綺もすぐ立ち上がりフォーアーム。
そこからはフォーアームの撃ち合い20往復だ。2人とも泡を吹き目が飛びながら撃ち合う。
しびれを切らした魅依綺が走り込んで前蹴り、かわした小鞠、そのまま痛めた足で走り抜けてスピアー、ジャックナイフ固め!
部活紹介で美依希から取ったコンビネーション、魅依綺は3ギリギリで返す。
立ち上がった魅依綺のバックに回りジャーマンスープレックス。いや、踏ん張りが効かない左足を上げて右脚一本のジャーマンスープレックス!
フラミンゴジャーマンだ!
3カウント!優羽とすみれもリングになだれ込んでくる。
両者とも突っ伏して、肩で息をしている。
美依希に駆け寄る。
「大丈夫か?」
「草野先生に受け身教わったんですよ、大丈夫に決まってます」
小鞠のほうに駆け寄ると
「くっそー!足痛くて動けなかった!」
「ナイスリカバリー、気にするな、よかったぞ」
2人の回復を待って、5人で手を上げてあいさつする。締めは部長の小鞠だ。
「皆さん!楽しんでいただけましたか!」
歓声があがる。
「私たちもです!
痛くてつらくて、でもその100倍楽しかったです!
また一緒に楽しみましょう!
今日はありがとうございました!」
……終わった!
ひとりずつに声をかけようと思った時、小鞠が背中にハンマーパンチを落としてくる。
すみれがロープに振ってドロップキック、倒れたところに優羽がセントーン、顔を上げたところに美依希がトラースキック。痛ってぇ、こいつらやりやがった。
引きずり起こされ、小鞠は一番最初に教えたヘッドロック。きっちり手首の骨で頬骨を絞めてくる。
「いてててて!」
たまらずタップする。
倒れた俺に4人が次々と覆い被さってきてフォール。自分たちで3カウントをいれて大笑いしている。
リング上で5人が折り重なって出来た山のなかは、会場の大歓声が遮られて不思議な静けさが流れている。
「センセ!惚れ直しましたか!?」
「うん、惚れ直した。お前たち最高だ」
どさくさに紛れて小鞠が俺の頬に唇を寄せてくる。おい、待て。4人乗ってて全く動けないんだ。
小鞠の唇が、試合後の上気した体温を感じられる距離まで近づいてくる。観念して目を閉じる。
「わーーっ!」
あと数センチというところで、美依希たちが小鞠の顔を引きはがす。
「小鞠さん、抜けがけにしては堂々としすぎですよ」
「クサリュウ、あんたも避けなかったでしょ、というか目閉じてなかった?」
「ありえねーな、エロ教師!」
再度、瀬尾さんの言葉が脳裏をよぎる。
『いいか草野。常に女が正しく、男は間違っている』




