18話 JKW、再始動!
9月1日、今日から2学期が始まる。
始業式が終わり、1年A組のホームルーム。
「皆さん、夏休みは有意義に楽しみましたか?」
元気な返事が返ってくる。
俺もだ。人生でいちばん色々あった夏だった。
「まだ夏休みボケもあるかもしれませんが、約2週間後には共商祭、その後には中間テストと、2学期も盛りだくさんです。
明日から頑張っていきましょう」
そう、共商祭まではあと2週間ほどしかない。小鞠はどうするつもりなんだろうか。
ホームルームが終わると、F組から走ってきたであろう小鞠が、勢いよく引き戸を開ける。
「センセ、行きますよ!」
バックステージカメラのロック様のように、小鞠が肩を怒らせながら廊下を歩いていく。
「小鞠、どこへ行くんだよ?」
「生徒会室です!」
生徒会室の重厚な観音扉を、小鞠が勢いよく開ける。と、会長席のすみれの前に美依希と優羽がいる。
「小鞠さん……」
「クサリュウ」
3人とも、驚きとともにバツの悪い顔をしている。
美依希が遠慮がちに前に出て話し始める。
「先生、小鞠さん。
私、自信が無くなってしまって。
退部させていただこうと、伺ったところなんです。申し訳ありません」
「分かったよミーキちゃん。
ユウさんとスミレちゃんも同じってとこ?」
優羽とすみれも俯きながら頷く。
小鞠は、ひとつ深いため息をつくと話し始めた。
「JKWプロレス研究部の部長として話すと、退部する意思のある人を引き留めることなんかできないです。
それがどんな理由であっても」
小鞠が事情を知っていることを察したのだろう、優羽たちは目を伏せた。
「だけどプロの端くれとして言わせてもらうなら!
たかだか惚れた腫れたでケツ割るなんて、プロ失格だろうが!」
「アタシたち、別にプロじゃないし……」
優羽が弱々しい声で反論する。
「いいや!私たちはプロだ!」
そう言って小鞠は、チケットの束とクシャクシャの千円札1枚を叩きつけた。
「昨日私が、500円のチケットを2枚売った!
たった2人でも私たちの試合を観るためにお金と時間を費してくれる人がいる以上、私たちはプロだ!
お金を出してくれたお客さんの期待に応える義務があるんだ!」
「……皆、センセが好きなんでしょ!
小鞠も大好き!大好き!
センセが惚れちゃうぐらい
最高の試合、共商祭で見せてやろうよ!」
小鞠はもう、ボロボロと泣きながら叫んでいる。
この2週間、泣きたい気持ちをおさえて独りで駆けずり回って売った、チケット代1000円。
思いが溢れて仕方ないんだろう。
「外部からの集客には生徒会の承認が……」
言いかけてハッとしたすみれは、分厚いファイルをめくり出した。
「オレが不在にしてるあいだに申請されて、副会長印で承認してある……
数年前の吹奏楽部の実績を参考にして、販売予定枚数も金額も適正だ…」
「コマちゃん、こういうのいちばん苦手だったのに……!」
優羽も驚いている。
「放送部に、リングアナウンサーと音響係も依頼しました!」
おい
「ソフトボール部の友だちにチケットのモギリとかのスタッフも依頼しました!」
おいおい
「2試合じゃ物足りないので、軽音部の友だちにミニライブも依頼しました!」
おいおいおい
「新聞部に、ポスター50枚も発注しました!明日の共商新聞に対戦カード入りで記事が掲載されます
これが諸々の契約書です!」
と言って書類の束を叩きつける。
「おいおいおいおい!
家庭科部にコスチューム依頼して、部費なんかほとんど残ってないんだぞ!
どうやって報酬支払うんだよ!」
俺より先に、すみれがツッコミをいれる。
「すみれちゃん、契約書をよく読んでください。
『報酬はイベント収益からの後払いとする』
って書いてあるでしょ?
いや〜、ここが交渉するのいちばん苦労しましたよ〜」
小鞠の熱に当てられて全員流しかけていた涙も引っ込んで、あっけにとられる。
沈黙の時間がしばし流れた。
優羽がチケットの束を手に取り、ため息をつく。
「は〜、どうやらアタシたち、桂木小鞠という人間を分かってなかったみたいね」
「チケットは、あと198枚?
アタシで100枚は余裕ね」
「優羽さん!」
小鞠の目が輝く。
「アタシ商店街では、『八百橋のサーシャちゃん』で通ってて顔が利くのよ。
まあ任せなさい」
すみれが契約書の束をめくりながら言う。
「これだけ人呼ぶなら、調理部に焼きそばとかの屋台出してもらおうぜ。1食100円マージンもらえば多少の足しになるだろ」
「あとはグッズだな。
小鞠、プロレスグッズといえばやっぱりTシャツか?でも原価がなー」
「すみれちゃん、最近はブロマイド作ってる選手も多いですよ」
「それだ!各選手50枚……
美依希だけ2パターン100枚作ろうぜ
魅依綺バージョンと制服清楚バージョンと。
美依希ファンクラブの連中が買うだろ」
「私にファンクラブなんてありませんよ……!」
「美依希ファンクラブの存在知らないの、学校でミーキちゃんだけだと思うよ」
うん、俺も5月中にはその存在を認識している。
「コスチュームもそろそろ出来てるだろうし、ブロマイド撮影の段取りもしなきゃですね!」
「ブロマイドなら写真部じゃない?
リングカメラマンもしてもらったらどう?」
「家庭科部寄ってから、さっそく交渉行こうぜ!
あ、小鞠これ」
と言ってすみれは、小鞠に3通の封筒を渡す。
退部届だ。美依希と優羽とすみれの。
小鞠は頷いて受け取り、微笑んで俺に渡す。
「センセは雑用係なので、これシュレッダーにかけといてくださいね」
皆のほうを見て確認する。
「小鞠さんにまた負けちゃいました」
「クサリュウ、ちょっと見ないうちに尻に敷かれてるね」
全くだ。ここについてから、ひと言も喋っていない。
家庭科部ではコスチュームが出来上がっていたようだ。
トルソーに着せてあるのを見ると、どれも上々の仕上がりだ。
「皆さんお時間ある?
着てみてもらって、細かいところのサイズ調整をしたいんだけど」
「OKです!」
ということで、俺はまた外に放り出され、廊下で待機の時間。
「小鞠ちゃん、胸回りが少し大きくなってない?最近恋でもした?」
「デヘヘ〜、分かります?」
「衣笠部長、これデザイン画より布が少なくなってないですか……!」
「市川さんをイメージすると、つい鋏が進んじゃって」
「こ、困ります!」
う〜ん、俺ここにいないほうがいいような。
「センセ、入っていいよ〜」
コスチューム姿の4人。水着より浴衣より、うんと眩しい。
「皆、よく似合ってる。立派なプロレスラーだ」
小鞠と優羽は堂々と、美依希は少し恥ずかしそうにしている。
そしてすみれは、優羽に促されて一歩前に出た。
濃い紫と薄紫が複雑に組み合わされ、スミレの花模様が無数にあしらわれたマスクとコスチューム。
そのスミレの模様に触れながら、すみれはマスク越しに潤む目で俺を見つめた。
「パパが居なくなってから母さんも苦労ばかりでさ、なんで死んだのって恨んだこともあったし、最近はパパのことを思い出せなくなってたんだ。
でも、先生がくれたビオレータ・リンダのおかげで、パパとまた一緒にいれる気がするんだ。
ホントにありがとう、先生」
他の3人はもうドボドボに泣いていて、俺は涙が溢れないように上を向いて歯を食いしばるのが精いっぱいだった。
突然小鞠が、所在なげに立つ3人を俺のほうに突き飛ばしてひとかたまりにする。
そして、長くはない腕で全員を抱きしめ泣き笑いの声で叫ぶ。
「皆大好き!」
写真部に行く道中で美依希が尋ねる。
「ところで小鞠さん、コスチュームの写真が無いのにポスターのデザインはどうしたんですか?文字だけとか顔だけとか?」
「ミーキちゃんいい質問だね!刷り上がってるかもしれないから新聞部寄ってこうか」
新聞部で刷り上がったポスターを見て、全員固まった。
上に
『JKW旗揚げ大会!』
下に
日付、時間、会場、対戦カード
ここまではいい。
真ん中の選手の写真が載る部分に、葉山の海で撮った水着姿で笑顔の4人の写真が刷られていた。
「4人で写ってるのこれしかなくてさ、皆お盆以降連絡取れなかったし」
「こ、これを学校やお店に……!?」
「これはアタシも覚悟がいるわね……!」




