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プヲタJKとアラサー俺、プロレス部をつくる  作者: 遊星


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16話 地獄の夏合宿(後編)

「なんで気配を消せるんだよ優羽」


「いつもアンタが気づかないだけでしょ」


言いながら俺の横に腰掛ける優羽。


「眠たくないのか」


「クサリュウも」


「疲れてるはずなんだが目が冴えちゃってな。優羽にもコーヒー淹れようか」


「それ一口もらうわ」


そう言って俺のマグを取って一口飲み、黙っている。


「今日はホントに楽しかった、誘ってくれてありがとう。皆にも言いたかったけど機会がなくてさ」


「そうね」


「4人と一緒にプロレスしてるのが幸せなことだって、あらためて思ったよ、優羽が入部してくれたのにも、感謝してる」


優羽はマグのコーヒーを波立たせて見つめているだけだ。


「珍しく無口だな優羽。

あ、さっき見てたんだが星がすごいぞ。川崎とは全然違うな」


「ホントね」


星を見上げている優羽の横顔を見ていると、ふと気づいた。


「優羽、眼の色が青っぽいんだな。星明かりのせいかな」


「……アタシ、ハーフだよ。本当に鈍感だね。本名は橋本・アレクサンドラ・優羽。母親がロシア人。

家ではサーシャって呼ばれてるわ」


「へー、知らなかった。何だかカッコいいな」


「嫌なことの方が多かったよ。

子供の頃は母親が授業参観に来ると揶揄われて、柔道始めて頑張って強くなっても『留学生枠』なんて言われてね。

髪も黒く染めてるんだよ」



「もしかして柔道辞めたの、それもあったのか」


「柔道は好きだったけど、怪我もしたし何か頑張る気も失せちゃってさ。それで、治ってるのに保健室に入り浸って」


「そんな時、冗談だったかもしれないけど、アンタが誘ってくれたじゃん、プロレスやろうって」


優羽はマグを俺に返して、立ち上がり後ろを向いた。


「すごく嬉しかった。

アンタと居たかったから」


「え?」


「1年の時からずっと好きだった。気づかなかったの?ホントにバカね」


「アタシみたいにハーフで太ってて強い女に、色眼鏡無しで接してくれてさ」


「どうせ覚えてないだろうけど、柔道部の稽古にアンタが初めて来て、私と寝技の組手やった時」


「女の私に負けたのに、悔しがるでも恥ずかしがるでもなく『橋本!すげえな!』って目をキラキラさせてさ」


覚えていない。覚えていないけど俺ならそんな感じだろうな。


「バカみたいな男だなと思ったけど、その時からずっと……好き」


「JKWは楽しいわよ。

あの子たちもかわいいし、すみれちゃんとルチャの練習してプロレスの面白さも分かってきたつもり。

なにより、毎日アンタと一緒にいると、もっともっと好きになった」


「あの子たちも、皆アンタが好きよ。私のと違って、さすがに鈍いアンタも気づいてるか」


「見てたのよ、アタシ」


「道場の前で泣いてるアンタを抱きしめてる美依希も、街中でアンタに抱きついてるすみれちゃんも」


「それは……!」


「言っとくけど、たまたまだからね。別にストーカーしてるわけじゃないからね」


「それをどうこう言うつもりは無いのよ。ただ、アタシはアンタが好き。こんな時じゃないと言う機会も無いから、伝えたかっただけ」


立ち上がりかける俺を、優羽が制する。


「何も喋らないでよ、龍哉。

気の利かないアンタが何喋ったってアタシを傷つけるだけだからね」


「してほしいことはあるけど、あの子たちとずっと居るとそれを望んでるのかもう分からなくなっちゃった。

じゃあ、おやすみ」


走り寄ってきて一瞬だけ俺にバフッと抱きつくと、玄関のほうに戻っていく。


帰って行く優羽を目で追うと、玄関の前に美依希とすみれがいる。マジか。


「ミーちゃん、すみれちゃん、立ち聞きは良くないけど、もし順番待ちだったら、お待たせしたわね」


優羽を見返す美依希とすみれの目には、明らかに敵意が含まれていた。

やめてくれ、その目はプロレスラーの目じゃない。


すみれが、つかつかと俺の目の前まで歩いてきて


「オレも先生好きだから!」


と、果し合いを申し込むような口調で言い、美依希のほうをチラ見して去っていった。



美依希は俺の目の前より少し離れたところまで来て


「……私も好きです」


と言い逃げていった。回覧板を回しにきたくらいの速さだった。



3人が居なくなって、しばらく立ち尽くした。台風に枝葉を折り落とされた立木はこんな気持ちなのかと思った。

静寂が戻ると、庭に面した和室から小鞠のいびきがかすかに聞こえてきた。




一睡も出来ないまま、朝食のテーブルについた。3人も寝不足なのか泣き腫らしたのかひどい顔だ。

小鞠だけがツヤッツヤの顔をしている。




カチャ……カチャ……と食器の音だけが食卓に響く。

俺も、こんなに音を立てないように食べたのは初めてだった。


「ミーキちゃんジャム取って〜」


1人だけ気楽な小鞠。

美依希が無言で瓶を滑らせる。


「皆目玉焼きは何派〜?」


「お醤油です……」


「ソース……」


「塩コショウ……」


一刻も早くこの場から立ち去りたい……!




2日目は八景島シーパラダイスに行って帰る予定だったが、美依希が


「ごめんなさい、今朝から体調を崩してしまって……」


と切り出すとすみれと優羽も


「オレも」「アタシも」と続いてキャンセルになった。3人の方針は一致していたが、軽く睨みあっていた。


早く、早く帰ろう。



4人を川崎の駅に送り届けて自宅に帰ると、比喩でなく玄関で倒れ込んだ。10kgほど痩せてるんじゃないかと疑って鏡を見たが、ただひどい顔をした草野龍哉がいるだけだった。


顔を洗って鏡の中の自分を見ていると、昔瀬尾さんに言われた言葉が蘇ってきた。




俺は大学進学の為に上京して、西東京プロレスに入門した。というか、プロレス団体に潜り込むために東京の大学に進学した。ひどい親不孝者だ。


通学しながら練習に通い、20歳の時にデビューした。生まれて初めての恋人ができたのはその頃だった。


彼女とケンカして瀬尾さんに愚痴を言った時、瀬尾さんは


「それはお前が悪い」


と言った。でも……と反論する俺を制して瀬尾さんは続けた。


「男と女が喧嘩した、揉めた、意見が違う、まあ色々あるが、常に正しいのは女で間違っているのは男だ。」


「カラスが黒いか白いか、卵焼きが甘いかしょっぱいか、野球を見るかサッカーを見るか、常に女が正しい。あきらめろ」


「もう一度言うぞ、常に女が正しく男が間違っている。事情は関係ない。分かったか草野」


「まあ、経験としては否定しないが女なんてものは適当にきり上げて、プロレスをやれ、プロレスを」




盆休みが明け、練習再開の8月17日。

道場に来たのは小鞠1人だけだった。

リングのロープを締めなおす作業も、2人だと倍以上時間がかかる。


「センセ、なんで皆来ないんですかねー」


「さ、さあな。

ほら、皆旅行の2日目に体調崩してただろ。まだ調子悪いんじゃないか?」


「もう3日経ってるのになー

LINEもスルーだし……

センセ、なにか知りません?」


「知らん!絶対に知らん!」


「急に大声出すからビックリした!

センセ汗すっごいですよ」




その日は練習再開初日ということもあり、マット運動、受け身、ロープワーク、チェーンレスリングなどの基礎的な動きを流して終わりにした。


「な、なんか2人だと疲れますね!」


「ホントだな!

今日は早めに帰って休もう!な!」


大急ぎと悟られないように大急ぎで片付けをして、ドアノブに手をかけた瞬間に後ろから声がかかった。


「センセやっぱりおかしいです。

なにか小鞠に隠してませんか。

オンナの勘は鋭いんですよ」


全身の汗が、一気に引いていくのを感じた。



瀬尾さん、どうやら俺は間違え続けたようです。


今、どえらいことになっています。


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